日常を快適にするデータベースシステム—今ある仕組みを活かして世の中を変える—

コンピュータ理工学部 ネットワークメディア学科 大本 英徹 教授

今ある仕組みを活かして世の中を変える

 携帯電話やインターネットに囲まれた私たちの日常には、様々なデータが溢れています。そのデータをわかりやすく整理し、まとめたものは「データベース」と呼ばれます。情報が蓄積されたデータベースは、そのままでは意味を為しません。この情報をどのように活かせば、私たちの生活はより良いものになるのか。その鍵は、データベースに基づいて構築されたシステムにあります。実際に役立つデータベースシステムの構築を行なっている大本英徹先生に、日常に密着した新しいシステムの中身について、お話しいただきました。

コンピュータの大きな裏方データベース

 私が研究しているのは、データベースシステムを応用した情報システムです。世の中で利用されている様々なシステムの裏側では、データベースが動いていて、そこに色々な情報が蓄積されています。データベースとは、そのような様々なデータを整理、統合し、欲しいデータの検索を容易にする仕組みです。この仕組みを活用して日々の生活を便利にするシステムを研究し、実際に開発するのが私の仕事です。最近は学生と一緒に開発することが多く、カメラに写した手の動きを認識してパソコンを動かすシステムや、大勢で別々のパソコンからデータ編集ができるソフト、剽窃(ひょうせつ)レポートの自動検出システムなど、様々なシステム開発に取り組んできました。

 ここでは、その中でも特に成功した具体的な二つの例についてお話しします。

携帯電話を活用した出席管理システム

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 最初に取り上げるのは、学生の出席を自動的に管理するシステムです。このシステムを作った当時、Javaというプログラミング言語で書いたプログラムを携帯電話で動かすのが流行っていました。

 せっかくプログラムが動くというのに、当初のJavaプログラムはせいぜいゲームぐらいのものでした。それだけではさほど価値はありませんが、私たちは携帯電話が情報端末、すなわち何かのシステムを使うときの窓口になりうるという点に着目しました。

 スマートフォンが普及してきた今日では珍しくない発想ですが、当時はメールがせいぜい、インターネットはようやく繋がるといった程度でした。ビジネス分野では多少研究されていたものの、学生が利用するサービスで携帯を端末装置として使ったものはありませんでした。そこで、学生の目線から役に立つものを作ろうと考えたのです。

 当時から携帯電話にはカメラがついていて、QRコード認識機能が使えました。そこで、机の上にQRコードを貼り付けておき、それを画面に写してボタンを押すだけで出席がとれるというシステムを実現しました。

 単に自動化されるだけでなく、この出席管理システムを使えばどの学生がどの席に座っているのか特定できるので、大教室での講義でも学生をピンポイントで名指しすることができます。そうすれば教室の雰囲気も引き締まり、授業の活性化が期待できます。

 この研究の延長として、ネットワークに繋がったカメラを教室に据え付けて、講義を聴く学生の映像に「誰が座っているのか」という情報を重ねて映すシステムも開発しました。名前と学生証番号を映像に重ねて表示するところまで実現させましたが、技術的には、名前だけではなくて、出席率や取得単位も表示できるでしょう。そうすると授業の方法や雰囲気が大きく変わる可能性があります。眼鏡型ディスプレイなどが何らかのきっかけで普及すれば、眼鏡をかけて学生を見るだけで様々なステータスが表示される、AR(拡張現実)のようなシステムもできるかもしれません。

 実は当時、Javaを動かせる端末はNTTDocomoのみで半数程度の学生しか利用できないという難点がありました。また、同じプログラムでも、キャリアや機種が変わるだけで動かなくなることもあります。商用のプログラムであればすべての機種への対応をチェックしますが、そこまでのコストはかけられません。

 そこで注目しているのがスマートフォンに用いられているOSであるAndroidです。Android端末ではキャリアや機種の違いをあまり気にせずにプログラムを書くことができます。今後Androidが普及し、一般的になれば、さまざまな端末で最低限の動作が保証されます。そうすると、システムを公開して色々な大学に自由に使ってもらうことも可能になるでしょう。

読んだ人すべての記録が残る電子署名システム

 次に、より一般に向けて研究しているシステムの例についてもお話ししましょう。一つのファイル(電子データ)を何人かの手を経由しながら作っていくとき、「誰が最初にファイルを作ったのか」「誰がどこをどう編集したのか」といった情報を知りたい場合があります。そういうときに役立つのが、電子署名と呼ばれる技術です。

 MS WordやExcelなど、最近のワープロソフトで一般的に使われている電子文書フォーマットに、XMLという言語があります。XMLは汎用性が高く、文章用だけでなく画像用など色々な用途に使うことができます。

 この言語は、XMLタグというものを使って、文書に新しい情報を付け加えることができます。ポイントは、元のデータと全く無関係な情報を埋め込んでも、表面上は元のファイルと全く同じように扱うことができるという点です。この機能を使い、ワープロ文書の中に、電子署名、変更日付、ファイルのどこが変更されたかという差分情報を埋め込んでいくのです。そうすると、一見普通の文書でありながら、データを読み込めば隠された情報を復元することができます。

 電子署名は電子暗号の技術に基づいた、個人を特定するデータです。この技術は、法的に誰が書いたのか証明しなくてはいけない場合や、著作権関係に効力を発揮します。仕様を知っていても書き換えることができないので、極めて証明能力が高いのです。

 更に電子署名を用いて、元のファイルを一切変更せずに「見た」という印をつけることも可能です。企業では、稟議書や企画書などを「見た」ことを証明するのによく印鑑を用いますが、この技術を使えば、印鑑どころか紙に文書を印刷する必要さえなくなるのです。

 商用アプリケーションでの開発はまだ難しいので、今は無料で配布されているオープンソースソフトウエアのOpenOffice.org向けに開発をしています。これが商用アプリケーションで使えるようになれば一層便利になるでしょう。

実用的なシステムを目指して

 「実際にできる」と「実用的である」ということは違います。

 拡張現実のメガネ型ディスプレイのように、技術としては既に可能であっても、一般に普及していないものを用いて開発するのはコストがかかります。大学教育分野は市場マーケットとしては小さすぎるので、より広く社会的に普及するものでなければ実用化は困難です。このような場合、他で使われている技術を転用できれば、上手くいく可能性は高くなります。

 私自身は、論文の上では出来ていても実社会では使えないようなシステムにはあまり興味がありません。私が興味を持っているのは、現実に動く新しいシステムです。欲しいけれども存在しない、そういうものを開発していきたいですね。その上で、携帯電話のように普及しているシステム要素をうまく活かせれば、社会的にも大きなインパクトがあります。

 情報系の研究環境、例えば携帯電話を取り巻く環境は、わずか数年で次々と状況が変わります。実際スマートフォンがこんなに普及するとは4、5年前には予想できませんでした。時代に対応するシステムを作っていくのも、また大事なことです。

 これからも、ユーザーの一人として「できたらいいな」と思うことを、新しく見つけて解決していきたいと考えています。

講義収録システム

 私が整備・構築しようとしているものの一つに、講義収録システムがあります。ネットワークに接続するビデオカメラで講義を撮影し、授業で使用したパソコンのスライドや図版もあわせて、配信するものです。予め収録するスケジュールを決めておけば、特定の曜日、時間帯に勝手にビデオを撮影して、サーバーにアップロードしてくれるでしょう。このシステムを使えば、授業の復習が容易にできます。

 さらに、動画を各自のパソコンにダウンロードして、最終的にiPodなどの携帯プレイヤーに入れて持ち運べるポッドキャストの形式をとれば、通学等の空き時間に見ることができます。

 こういうサービスを行うと出席者が減るかもしれませんが、意欲的な学生は講義に来ると思いますので、問題はないでしょう。リアルタイムで出席を取ったり、小テストやグループワークを行えば、出席率の低下も防げるかもしれません。

電子署名の基本的な考え方

 まず、あるデータに対応するハッシュ値を計算します。ハッシュ値とは、あるデータから数学的計算によって出てくる値で、もとのデータを少し変えるとガラッと変わってしまうという性質を持っている数列です。同じデータであれば、何度計算しても全く同じハッシュ値が出てきます。

 このハッシュ値を、公開鍵暗号と呼ばれる方式で暗号化します。公開鍵暗号方式の特徴は、暗号化するのは本人だけが可能な一方で、暗号を戻すのは誰にでもできるという点です。暗号化には「秘密鍵」と呼ばれるものを使いますが、これは暗号化する本人にしかわかりません。他の人に暗号を解読してもらうためには、暗号に「公開鍵」と呼ばれるものを添付しておきます。「公開鍵」は暗号を解くための鍵です。この鍵を使って暗号が解けたならば、間違いなく暗号化したのが本人であることがわかります。また、「公開鍵」自体が真正(本物)である事を証明するために、やはり公開鍵暗号に基づくPKI (Public Key Infrastructure)という仕組みが使われます。

 こうして、データから実際に計算したハッシュ値と、暗号を解読して得られたハッシュ値が一致したならば、そのデータを作成したのは暗号を作成した人であるということが証明できます。この原理を使って、本人証明を行うのが電子署名のアイデアです。

アドバイス

 昨今、日本語力・文章力が足りず様々な局面で苦労している学生をよく見かけます。試験の答案やレポートから、就職活動時のエントリーシートまで、文章力は必ず要求されます。しかし、書くためにはそもそも読む能力がなければいけません。今の学生は読書量が非常に少ない傾向にあります。

 そこで、高校生の皆さんには、時間が十分にある今のうちにぜひ読書習慣を身につけてほしいと思います。数学や物理の勉強はもちろん大切ですが、理工系の学問は暗記ではなく、原理や仕組みの理解を問うものがほとんどです。従って、理解したことを言葉で表現できなくては、理解していると見なしてもらえないこともあるのです。

 読書は受験に直結しないように見えますので軽んじられがちですが、間接的には必ずつながってきます。文章を読むことは、習慣がついていない最初のうちはしんどいかもしれません。しかし、そこを超えたところに面白さがあるので、脳の筋トレだと思って頑張ってほしいです。読書によって得られた力は、やがて一生の財産になるはずです。

コンピュータ理工学部 ネットワークメディア学科 大本 英徹 教授

プロフィール

博士(工学)。専門はオブジェクト指向データベースとマルチメディアデータベース。小学校2年生のときから当時まだパンチカードで動いていたコンピュータに興味を持ち、関係する仕事につきたいと思っていた。大学に入った当初はコンピュータ専門ではなく、ロボットや光センサーを扱う制御工学をメインに学んでいたが、研究室配属時に、情報科学専門の先生と出会いデータベースを学ぶ。大学院修士課程では最後の最後まで就職志望で内定まで決まっていたが、兄弟との些細なやりとりから、一転して進学へ。結果的にそのときの五分間が人生の転機となり、現在に至る。兵庫県立伊川谷高校OB。

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