微分積分と変分問題—シュレディンガー方程式の解からシャボン玉の膜まで計算する—

理学部 数理科学科 渡辺 達也 准教授

シュレディンガー方程式の解からシャボン玉の膜まで計算する

 みなさんも高校で習う微分積分ですが、一体何の役に立つのかわからないという人も多いでしょう。しかし、今みなさんが学習している微分積分は、大学で学ぶいろいろな学問の基礎になっています。さらに、実は微分積分が関わってくる問題は、私たちの身の回りのあちこちにもあるのです。この微分積分の発展形が「変分問題」です。ある場所からある場所まで歩くのに、一番短い経路はどこか?適当に曲げた針金をシャボン液につけると、膜ははたしてできるのか?変分問題は、このような疑問から物理学の難解な方程式まで解決してしまうのです。変分問題と微分方程式が専門の渡辺達也先生にお話を伺いました。

切り刻んで足し合わせる

 高校の数学で、微分積分は必ず出てくる分野です。しかし、扱うのは計算問題ばかりで、実際に微分積分を使って何ができるのかよくわからない人も多いでしょう。

 ところが、微分積分は今日のあらゆる学問で登場します。物理学や生物学といった理系の学問はもちろん、経済学などでも必須のツールです。そして、微分積分を使ってできることの一つの到達点が、変分問題なのです。

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 微分積分のアイデアを理解するために、曲線の長さを測る問題を考えてみましょう。曲線といっても、色々なものがあります。円の外周を求めるのは簡単ですが、放物線の長さを求める問題は、高校でもまず教わりません。このようなシンプルな曲線でも、案外難しいのです。

 どんな曲がりくねった曲線も、細かく切り分けていけば、一つ一つはほぼ直線とみなせます(図1)。微分とは「接線の傾き」を求める計算だと教わったかもしれません。実際に、この一つ一つの直線の傾きは、その場所での曲線の接線の傾きとほぼ等しくなります。傾きが分かっている直線の長さは簡単に求めることができます。このように、全体はわからなくても細かく刻んでそれぞれの微小な部分を見ていけば、大きさや変化がわかるというのが微分のアイデアです。

 次に、今長さを求めた直線の断片の数々を、全て足し合わせます。それが曲線全体の長さです。いくつもの部分を足し合わせるということは、積分に他なりません。

 細かく切り分けて、足し合わせる。この微分と積分の組み合わせによって、様々な曲線の長さを出すことができるのです。

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 同じ考え方で、曲面の面積を求めることもできます。たとえば、ある帽子の表面積を計算したいときは、表面を細かくメッシュに分けていきます。一つ一つの曲がった欠片も、小さく切り刻んでいけば、平らな板とみなせるでしょう。あとはその板の面積を求めて、全て足し合わせれば、面積を出すことができます(図2)。

微分から「変分問題」へ

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 これまで見てきたのは、曲線を表す関数から「曲線の長さ」を求める問題でした。変分問題は、この「曲線の長さ」に大きく関わってくる問題です。図3のように、山の頂上から麓まで歩くときに、どの道が最短距離かという問題があったとしましょう。空中を飛んだり地面に潜ったりして良いのであれば、頂上と麓を結んだ直線が最短ですが、実際にはそうはいきません。山はでこぼこしていて、考えられる道筋はいくらでもあります。このような最短経路を探すものが「変分問題」です。

 ここで、求めたいものは「道の長さ」ではなく「道」そのものを表す関数です。ところで、「道の長さ」とは先程見たように、「道」の関数を微分した後に積分することで出てくる値でした。つまり、「道の長さ」は「道」という関数の関数になっているわけです。

 簡単な数式を使えば、道を表す関数をf(x)とすると、道の長さを出す関数はL(f(x))となります。

 すると、最短経路を求める問題は、この「関数の関数」=L(f(x))を最小にするような道の関数=f(x)を求めよ、という問題であるとわかります。

 数式で書くと難しそうに見えますが、実は同じようなことは高校の微分積分でもやっています。三次曲線などの関数があったときに、その極大値や極小値を求める問題です。関数の微分が0になる点で、関数は極小値もしくは極大値をとると習ったことがあると思います。ここでは、L(f(x))の微分が0になる式を立てて、それを計算すれば、最短経路を求めることができます。方法としては2ステップで、まず最小値を与える関数が存在することを証明し、その上で具体的な関数を求めていきます。

 ポイントは、最大値などの「値」を求める問題と違って、答えが「関数」の形になっていることです。関数の微分が含まれた式を解いて、元の関数を導くような方程式は、微分方程式と呼ばれます。

微分される前の姿を求める微分方程式

 微分方程式という言葉に、馴染みのない人も多いでしょう。微分方程式とは、ある関数を微分したもの(導関数)が式に含まれる方程式です。一番簡単なものは a=d/dxf(x) などです。この方程式を解くということは、微分される前のf(x)を導くことに相当します。なお、今の例では、答はf(x)=ax+C(C:定数)になります。正しいかどうかは、出てきた答を一回微分すればすぐに確かめることができます。

 代表的な微分方程式にはニュートンの運動方程式があります。物理で誰もが習うF=maという有名な式がありますが、これも正確に F=m d2r/dt2 という、位置rの微分を含んだ微分方程式です。放射性物質の半減期を求めたり、経済の動向を調べたりするのにも、微分方程式は必須の道具です。

シャボン膜の変分問題

 私が専門にしているのは実はこの逆で、解きたいけれども解けない微分方程式があったときに対応する「関数の関数」を作り、変分問題に変換して解があるかどうかを調べることです。その中でも、物理学で出てくるシュレディンガー方程式と呼ばれる方程式に解があるかないかを調べる問題を特に扱っています。そこでは非線形楕円型偏微分方程式というものが出てくるのですが、ここではもう少し簡単な話題について見てみましょう。

 シャボン玉で遊んだことがある人は多いと思います。丸い枠をシャボン液につけると、平たい綺麗な膜が張ります。しかし、もし針金を適当に曲げて作った枠をシャボン液につけたとしたら、一体どんな膜ができるでしょうか。平らな枠なら形は想像できますが、三次元的に曲がりくねった針金では、全く想像もつきません。そもそも、本当に膜が張られるかどうかもわからないと思います。

 実はこれも、変分問題の一種なのです。そもそも、ある枠があったときに膜が張るのは、表面張力によるものです。数学的には、その枠を通るような様々な曲面を考えて、その中で表面積が最小になるものが膜になります。膜が張られるかどうかという問題は、枠という条件を与えたときに、それを満たすような表面積最小の曲面があるかどうかという変分問題に置き換えられるのです。この問題は今から何十年も前に解かれていて、どのような歪んだ枠を考えても、必ずシャボンの膜はできるということが証明されています。

 そもそも、微分方程式は具体的な解を求めるのが困難な場合がほとんどです。方程式を満たす関数があることがわかっていても、具体的に書くことができないことが多いのです。更に複雑な方程式になると、解の存在すら分からない場合もあります。そこで、最初のステップとして、解があるかどうかを証明しなくてはいけません。その上で解がどういう振る舞いをするのかを確認するのです。

 現在は、弾性膜の変形を記述する数理モデルにも興味を持っています。対応する微分方程式においても面白い問題が数多く残されているので、今後はこれらにも挑んでいきたいと考えています。

高校と大学の数学の違い

 大学の数学は、高校までと違って極めて抽象性が高いものになります。それは、大学の数学は厳密性を重視するためです。微分積分学の世界では、ε-δ論法という有名な論法があります。これは収束に関する議論で、例えば lim x→∞=1/n=0 という極限の式を定義するものです。分母をどんどん大きくしていけば 1/n は限りなく0に近づくから0とみなそうと高校では教わりますが、大学ではこの議論を疑うところから始めます。nが百だろうと1億だろうと、正確に0にはならないでしょう。そこで、より厳密に極限を定義してやる必要があるのです。

 私自身もこの議論には悩まされました。今となってはその必要がわかりますが、知っていることをわざわざ難しく定義されても困るという人がいるのもわかります。しかし、数学で一番大事なのは上手く定式化することです。そのためには曖昧さはあってはいけない。言語や感覚的に理解してきたことを、全て数学の中で理解することこそが、大学数学の重要なポイントです。

アドバイス

 高校生の皆さんには、とりあえず3年間習う数学をきっちりやって来てほしいですね。あと、私は問題集をやっていて分からない問題があったら、とりあえず答えをみて、その後何も見ずにできるまで繰り返し解いていました。その辺のスタイルは人それぞれだと思いますが、数学には粘り強さが重要なので、一つ一つの問題を根気よくやってほしいですね。

 そして、現時点では微分積分を何に使うかわからないかもしれませんけど、いつかは役に立つと信じて愚直に学んでほしいと思います。

理学部 数理科学科 渡辺 達也 准教授

プロフィール

博士(理学)。専攻は関数解析学。中学時代に出会った矢野健太郎さんのエッセイを読み、数学者にあこがれを抱く。関数のグラフを書くことや微分積分が好きといった関数好きが高じてこの世界に身を置くことに。現在は、変分構造を持つ様々な微分方程式の中で、特に非線形シュレディンガー方程式の定常問題として現れる非線形楕円型偏微分方程式の解析を主に行っている。2010年度大阪市立大学数学研究会特別賞を受賞。私立早稲田大学高等学院OB。

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