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重力レンズでより遠くの宇宙を見る—不思議な天然の望遠鏡—
理学部 物理科学科 米原 厚憲 准教授
不思議な天然の望遠鏡
私たちは普段、光は直進するものとして景色を見ています。そのため、密度の異なる空気の層によって光が屈折する蜃気楼を不思議な光景に感じます。しかし、その仕組みは単に光の経路が曲がったというだけで幻でも何でもないのです。地上の蜃気楼と同じような現象を宇宙でも見ることができます。宇宙で起きるその現象は重力レンズ現象と呼ばれ、もっとスケールが大きく、星などの天体の明るさを何百倍や何万倍にもすることがあります。この不思議な現象を天体観測に活かそうと研究している米原厚憲先生に詳しくお話しいただきました。
遠くを見ることの難しさ
天文学にとって遠くの天体を観測することは、重要な使命の一つです。宇宙は誕生以来膨張を続けているため、遠くの宇宙を見ることは過去の宇宙を見ることと同じ意味があります。過去の宇宙を見ることで、宇宙の最初の頃の銀河はどんな特徴があるのか、現在の宇宙との違いはないのかなどを調べることが、宇宙の誕生にまつわる謎を解き明かすことにつながるのです。
一方、私たちは遠くの宇宙を見るための資源を無限に持っているわけではありません。例えば、観測できる限界の更にの明るさしかない天体でも、2倍大きな面積のレンズや鏡を持つ望遠鏡を使うか、2倍の時間をかければ、観測が可能になります。極端なことを言えば、直径100メートルの望遠鏡を特別に作って、何年もの長い時間をかけて観測すれば、相当遠くの暗い天体まで鮮明に見ることができるでしょう。しかし、これは現実的な話ではありません。
現在、人類が使えるもっとも大きな光・赤外線望遠鏡は地上のもので直径10メートル強(カナリー大型望遠鏡)、宇宙空間に浮かべているもので直径2.4メートル(ハッブル宇宙望遠鏡)です。そして、これら世界最大級の望遠鏡は多くの研究者が使いたいものなので、ひとつの天体を何年も観測するわけにはいきません。現在地上に直径30メートルの次世代望遠鏡の建造が計画されていますが、完成したとしてもひとつの観測に使える時間は限られることでしょう。※
比較的近い天体でも暗いものや小さなものは、遠くの天体と同じように観測が難しくなります。惑星やブラックホールなど、宇宙には小さく暗い天体や、そもそも光らない天体がたくさんあります。特に惑星については、私たちは近くにあるごくわずかなものしか知りません。私たちが観測できていないだけで、宇宙には私たちの想像を超えた奇妙な暗い天体があるかもしれないのです。
※ 電波望遠鏡には直径100mのものや、複数の望遠鏡を合成して何千kmにも相当する望遠鏡として使う場合がある。
不思議な重力レンズ
そこで、望遠鏡の大きさや観測時間などの制約に捉われることなく、遠くの天体や暗い天体を見るための工夫が必要になります。そのひとつの方法として、私の研究対象である「重力レンズ」現象を利用する方法があります。
重力レンズ現象は、アインシュタイン( AlbertEinstein 1879 - 1955)が理論的に予想した現象で、重力によって光の経路が曲げられることを表しています。この重力レンズ現象は後に観測によって実際に起きる現象であることが確かめられました。単に光の経路が曲がるというだけではなく、本物のレンズ同様、天体を10倍〜100倍に拡大する( すなわち10倍〜100倍明るくする)という効果があります。中には1万倍にも拡大する場合もあります。望遠鏡の直径が10メートルから30メートルになっても面積は9倍にしかならない(つまり、それまで観測可能だった天体のの明るさの天体までしか観測できない)ことを考えると、この天然のレンズがいかに優秀な観測装置であるか分かってもらえると思います。また世界最大級の望遠鏡でしっかりと重力レンズ現象を観測すれば、さらに暗い天体の観測も可能になりますから、まさに「鬼に金棒」ということになります。
重力レンズ現象によって天体は不思議な姿を見せることがあります。同じようなクェーサー(とても明るい天体。詳細は後述)が2つ近くに並んで見えていたのが、実は重力レンズ現象によって1つのクェーサーが2つに見えていたという「双子のクェーサー」や、1つのクェーサーが重力レンズを中心にして上下左右4つに分かれて見える「アインシュタインの十字架」などの特殊な天体、遠くの天体が重力レンズの縁に沿ってリング状に広がり、湾曲して見える「アインシュタインリング」と呼ばれる現象など、神秘的で美しい天体ショーを演出しています。
また、宇宙全体の質量というものを考えたとき、光の経路の曲がり方には宇宙の質量の分布の有り様が反映されているはずですから、そこから逆算すれば、宇宙全体の質量の分布や構造の進化を知ることもできるのです。
暗くて見えない惑星を見つけ出す
近年、太陽系外惑星が次々に見つかっています。私たちの太陽系以外にも地球のような惑星があるかもしれないとわくわくさせられますが、今まで見つかった太陽系外惑星は、実際にその惑星を目や望遠鏡で直接「見つけた」わけではありません。惑星が恒星の手前を横切って恒星がその分少し暗くなったとか、惑星の重力で恒星がわずかに揺らされているといった間接的な発見がほとんどなのです。
惑星も重力レンズとしてはたらきます。他の方法に比べて、惑星の質量が小さくても影響が小さくなりにくいため、地球程度の小さな惑星まで発見することが可能です。また、惑星であれば暗くても構わないので、遠くの惑星を探すための強力な手段でもあります。
ブラックホールの謎に迫る
クェーサーという天体は、銀河の中心にあるブラックホールにガスが高速で流れ込んで、ガスが高温、高密度になって光り輝いている天体です。ブラックホール周辺の強い重力場に流れ込むガスが強烈に光っているため、せいぜい太陽系ぐらいの大きさにもかかわらず、その明るさは銀河の明るさを凌駕します。
それだけ明るいクェーサーですが、遠くにあるためサイズが小さく、30メートル望遠鏡ができてもはっきりと見ることはできません。クェーサーの中心部(つまりブラックホール周辺)は非常に強い重力と数百万度もの高温になったプラズマがうずまく想像を絶する世界です。もちろん理論による計算や予測は行われていますが、実際にプラズマがうずまいている様子を詳しく見た人は誰もいません。
重力レンズ現象では小さい天体ほど拡大率が大きくなりえます。これは、ゾウの体に虫眼鏡を近づけても皮膚が詳しく見えるだけでゾウ全体が大きく見えることはありませんが、アリの体に虫眼鏡を近づけるとアリ全体が大きく見えることと同じです。従って重力レンズ現象を利用すれば、銀河など外側からの光はそのままに、クェーサー中心部からの光だけを大きく拡大し、その様子を詳細に調べることが可能になります。このような観測から、実際のクェーサーの姿が明らかになり、ひいては謎の多いブラックホールそのものについても多くのことが解明されるようになるでしょう。
神山天文台も活躍
重力レンズは、うまく拡大率が大きくなるように天体が並びさえすれば、1万倍もの明るさになることがあるため、比較的小さな望遠鏡でも新たな発見が十分に可能です。
幸い、京都産業大学には、私立大学で国内最大級となる口径1.3mの反射式望遠鏡があり、研究・教育に利用できます。惑星探しやブラックホールの謎の解明に向けて、学生のみなさんにも実際に観測・研究に取り組んでもらいたいと考えています。
アドバイス
高校生のみなさんには、知らないことに壁を作らずに多くのことに興味を持ってほしいと思います。知らないから分からない、ではなく、知らないから分かるまでやってみよう、分からないなら分かるまでやってみよう、という姿勢が後々の大きな力になります。
私自身、研究をはじめた最初は全く分からないことがいくつもありました。1つの論文を2週間ずっと分かるまで読み続けたこともあります。腰を据えて徹底的に取り組むという経験を必ず一度はしてほしいですね。そういった経験を通して理解できたことはずっと知識として残っていきますし、その経験が自信にもつながります。
天文学を学びたいからといって、必ずしも物理ができる必要はありません。知識は大学に入ってからでも十分間に合います。それよりも、論理的に考える力が大切です。答えが出ればそれで終わりではなく、なぜその答えになるのかまで含めた勉強をしてください。
理学部 物理科学科 米原 厚憲 准教授
- プロフィール
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博士(理学)。専攻は天文学。大学では人と違った研究がしたいと考えて、宇宙物理学教室で当時まだ誰もやった学生がいなかった重力レンズの分野を選ぶ。ブラックホールには高校生のころから興味を持っていたこともあり、その謎に迫ることができる分野として重力レンズが直感的に面白いと思った。現在、太陽系外惑星の探索とクェーサーの研究に力を入れている。私立広島学院高校OB。