あなたの好みを見抜くコンピュータ —感性モデリングで個人の感性を模倣する—

コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 荻野 晃大講師

感性モデリングで個人の感性を模倣する

 コンピュータはすっかり身近なものになってきました。生活のさまざまな面で利便性が高まっていますが、一方でコンピュータを使っても一向に便利にならない分野が依然として残っています。感性に関する分野がその一つ。「格好いい靴」や「かわいい服」という言葉のニュアンスをコンピュータはうまく理解してくれません。計算速度も記憶容量もどんどん高まり、ソフトウェアの使い勝手も改良が重ねられているのに、人の感性に関してはまだほとんど手がつけられていない状況です。感性情報学がご専門の荻野晃大先生に、コンピュータに人の感性を理解させるための技術についてお話しいただきました。

感性モデリング

感性モデリングの3人のユーザの例
画面上のユーザは「色」に加え襟の形も重視しているのに対して、中央のユーザは「茶色」「灰色」「濃い青色」など「色」が選好に大きく影響していることが分かる。

コンピュータは優秀な店員?

 みなさんはネットショッピングをしたことはありますか? ある商品を購入すると、さらに別の商品を勧められることがあります。このようなレコメンド(推薦)システムは、闇雲に推薦する商品を選んでいるわけではなく、ユーザの購入履歴や閲覧履歴などを記録しておいて、それらのデータをもとに、ユーザが興味を持つ可能性が高そうな商品を選んで推薦しています。レコメンドにつられてついつい衝動買いをしたことのある人も少なくないのではないでしょうか?

 しかしながら、現在のレコメンドシステムにはある根本的な機能が備わっていません。それは「ユーザの好みを把握すること」です。そのため「Aという商品を買った人の多くがBという商品も買っている」という統計データから「Aを好きな人はBも好きだろう」と推測はできても「このユーザはAのような商品は好きだが、Bのような商品は好きではない」という個人の好みは無視されてしまうのです。

 レコメンドシステムが個人の好みを理解するためには、コンピュータに「感性」を持たせなくてはなりません。しかしながら、感性をどうやってコンピュータに分からせるのかは大きな問題となっていて、現在、私が最大の研究テーマとして取り組んでいる問題でもあります。

ラフ集合に基づく感性モデルの構築

 感性をコンピュータに分からせようとする研究を感性工学といい、ユーザの感性をコンピュータに模倣させる仕組みのことを感性モデルといいます。ユーザの感性モデルがより正確に構築されることで、コンピュータはユーザの感性に基づいたレコメンドを行うことができるようになります。

 感性モデリングにはさまざまな方法が考えだされていますが、ここでは私が実際に使っている「ラフ集合」という考え方に基づく方法を説明しましょう。

 たとえば、Tシャツの好みを調べるため、表1のサンプルが与えられたとします。

表1

素材 イメージ ポケット
s1 無彩色 Vネック 綿 カジュアル 有り
s2 無彩色 丸襟 綿 アウトドア 無し
s3 有彩色 丸襟 合成繊維 モード 無し
s4 有彩色 Vネック 合成繊維 カジュアル 有り
s5 有彩色 丸襟 合成繊維 カジュアル 無し
s6 無彩色 丸襟 綿 アウトドア 有り

 s1〜s6はサンプルの名前、最上段の「色」「イメージ」などは属性、各サンプルの属性の値「Vネック」や「カジュアル」は属性値と呼びます。これは説明のために作った表であり、Tシャツを表す属性や属性値がこのとおりと言うわけではありません。実際には属性が100 個や200個という場合もあり、サンプル数はユーザがシステムを利用するたびに増えていきます。

 実際には100個以上もの属性があるため、サンプルを区別するための最小限の属性だけを抽出する作業が必要となります。この手順は「縮約」と呼ばれます。1つずつ見ていくと、色だけでは明らかに6つのサンプルを区別することはできません。次に、色と襟ではどうでしょうか?s2とs6が「無彩色」「丸襟」で、s3とs5が「有彩色」「丸襟」で同じになってしまいます。このようにして、計算をしていくと色、イメージ、ポケットの3属性か、素材、イメージ、ポケットの3属性によって6つのサンプルは区別することができるため、これら 3属性まで縮約することができます。

 一方、感性をコンピュータに学ばせる手順は次のようになっています。各サンプルをユーザに見てもらい、「興味がある」(1)、「興味がない」(2)という属性( 選好)を加えます。説明のためポケット属性は省きました。また、各属性をA〜 D、属性値をA 1、A 2などに置き換えます。

表2

サンプル A B C D 選好
s1 A1 B1 C1 D1 1
s2 A1 B2 C1 D2 2
s3 A2 B2 C2 D31 2
s4 A2 B1 C2 D1 1
s5 A2 B2 C2 D1 2
s6 A1 B2 C1 D2 1

 ここで「興味がある」とされたs1、s4と「興味がない」とされたs2、s3、s5とを対比させます( s6はs2と同じなので含みません)。すると表3が得られます。

表3

s2 s3 s5
s1 B1,D1 A1,B1,C1,D1 A1,B1,C1
s4 A2,B1,C2,D1 B1,D1 B1

 s1、s4とs2、s3、s5とを比べて異なる属性値が記されています。サンプルごとに見てどの属性値が「興味がある」に影響を与えたのかを調べているのです。そして「興味がある」と「興味がない」とのすべての違いを書き出し、それらの違いの共通部分を論理演算で求めます。

 s1の行では

(B1∨D1)∧(A1∨B1∨C1∨D1)∧(A1∨B1
∨C1)
=(B1∨D1)∧(A1∨B1∨C1)
=A1∧D1∨B1∨C1∧D1
 同様にして、s4についても求めると
(A2∨B1∨C2∨D1)∧(B1∨D1)∧B1
=(A2∨B1∨C2∨D1)∧B1
=B 1  さらに、これらを1つの式に合わせると
(A1∧D1∨B1∨C1∧D1)∨B1
=B1∨A1∧D1∨C1∧D1

※∨:和集合 ∧:積集合

 このようにして求められた「違いの共通部分」が「決定ルール」とされます。すなわち「決定ルール」は「B1(Vネック)」「A1∧D1( 無彩色かつカジュアル)」「C1∧D1( 綿かつカジュアル)」の3つです。

 これらの決定ルールは、すべて同じ重みを持つわけではなく、それぞれ「興味がある」を選ぶのに与えた影響が異なります。各決定ルールがどのぐらいもとのデータをカバーしているのかは「カバリングインデックス(C.I.)」で表されます。たとえば、ルール「B1」は元の「興味がある」とされたサンプル3つのうち2つに含まれているため、C.I.がとなり、他の2つのルールのC.I.よりも比較的強いルールだと見なされます。

広がる応用分野

 感性工学には広い応用分野が期待されています。これまで説明してきたネットでのショッピングに応用されるだけではなく、一人ひとりの感性モデルを構築していき、似たような感性を持った人たちをグループとして見ることで、新たなマーケティングの手法や商品開発の支援を行ったり、販売店と協力することで個人の感性に合うショップやブランドを紹介することも考えられます。

 また「格好いい」「さわやか」「かわいい」といった印象語には個人差があり、従来の技術ではこれらの単語を使って目的の品物を検索で見つけ出すことはできません。感性モデルを応用することで、ユーザにとっての「格好いい」とは具体的にどんな属性値から成り立っているのかをコンピュータに学ばせることができれば、印象語を使った検索に応用することも可能です。  さらに先の話として、コンピュータの感性がもっと豊かになれば、ユーザの感性モデルを基にして、ユーザ自身は選ばないけれども、選んでみると気に入るかもしれない色やデザインやコーディネートを提案する、といった気の利いた機能も実現されるかもしれません。

 他にも、感性工学の発展は身近で生活に直結する分野に大きな影響を与えるでしょう。デザイン工学と人の心のモデル化が結びつくことでコンピュータの可能性は飛躍的に広がるのです。

ドラえもんはすごい!

 感性についての研究を進めれば進めるほど「人間というのはすごい」ということを思い知らされます。

 人間のプロのデザイナーは、何百という属性値を持ったたくさんのサンプルから算出される人々の好みを、瞬時に見抜いたり、従来のサンプルからは算出されないような卓越したものを作り出したりすることができるのです。

 マンガ『ドラえもん』では、ドラえもんはのび太くんの直面した問題に対応して、時には適度に役に立つ道具を、またある時には少しずれた解決策となる道具を、柔軟に提案します。そして、のび太くんの人間的成長を考慮に入れて、100%助けるようなことはしません。賢く道具を使った場合に問題が解決されるよう配慮がなされているのです。

 将来の情報社会は、コンピュータが人間の感性までコントロールしてしまう社会ではなく、ドラえもんのように、私たちの選択権を尊重しつつ、さりげなく感性を豊かにする提案をするシステムが支えてくれる社会になればいいと考えています。

コンピュータに分からせるためにまず自分が理解する

 感性モデリングを実現するためには対象となる分野 についての専門的な知識が必要になります。洋服の好みについて感性モデルを作るならば、そもそも洋服にはどんな属性があるのかを詳しく知らなければできないからです。洋服には洋服の理論があり「服飾造形学」の理論に基づいて作られています。そのため、私は「服飾造形学」と「カラーコーディネート」の理論について勉強しました。コンピュータ以外のことを勉強してそれをコンピュータの研究に活かすことはとても面白く感じました。人間や社会とコンピュータをつなぐ感性工学は一度勉強するとやめられない奥深さがあるのです。

コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科 荻野 晃大講師

プロフィール

博士(工学)。専門は感性情報学・メディア情報学。高度情報社会が実現しつつあるにもかかわらず、洋服などの買い物では、手元に自分の持ち衣装の一覧画像がない、欲しい服を探してお店を何軒も回っても収穫が1着もない、というアナログな状況がいまだに続いていることから、服選びでコンピュータが支援できることはないかという問題意識にたどり着く。「コンピュータが好きなだけではなく、現状の技術に疑問がある人や持ち物にこだわりのある人に来てもらいたい」とのこと。岐阜県立多治見北高校OB。

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