電波を知れば携帯電話の未来が見える—携帯電話は無線通信技術の粋—

コンピュータ理工学部 ネットワークメディア学科 竹内 勉教授

携帯電話は無線通信技術の粋

 電波を利用した通信技術はもはや私たちの生活にとってなくてはならないものになりました。古くはラジオやテレビの放送から、現代の携帯電話、通信衛星による通信システム、無線LANなど、目には見えない電波がたくさんの情報を運んでいます。今、この瞬間にも、みなさんの周囲には情報を伝えるための電波が飛び交っています。特に携帯電話には電波を使った通信技術の中でも最先端の成果が詰め込まれています。電波の伝搬特性についての研究がご専門の竹内勉先生に、携帯電話を中心とした無線通信技術についてお話しいただきました。

なにげなく携帯電話を使っているけれども……

 主要な都市であれば、日本中どこにいても簡単に電話をかけたり、メールを送受信したりすることができる携帯電話。今や累計で1億台以上が普及していて、持っていない人を探すほうが難しいぐらいです。多くの人が普段なにげなく使っている携帯電話ですが、ちょっと立ち止まって考えてみてください。

 携帯電話は、固定電話のように電話線でつながっているわけではないのに、空間的に広がるはずの電波が混信することなく、自分宛の電話やメールだけを着信できるというのは不思議なことではないでしょうか?

 また、電波は何もない宇宙空間のようなところでは直進することができますが、ビルがたくさん立ち並ぶ都心では、壁に当たって反射します。そのため、携帯電話は、まっすぐに飛んできた電波と反射して遅れてきた電波(遅延波)との両方を受信することになります。それでも、問題なく通話やメールの送受信ができるのも不思議なことに思えませんか?

 さらに、電波にはアンテナの位置によって受信しやすい場所、受信しにくい場所が出てきます。テレビなどのようにあらかじめ電波状況のいい場所を探してアンテナを固定することができない携帯電話は、どうやって一定の通話品質を保っているのでしょうか?

 私たちがなにげなく使っている携帯電話は、上記のような数々の難題をクリアして実用的な技術へと発展してきたのです。

電波を有効利用するために ― 第2世代と第3世代

TDMA・CDMAのイメージ

 電波を混信させないもっとも基本的な方法は、周波数によって分けることです。ラジオやテレビのチャンネルがこの方法によって分けられています。それぞれのチャンネルごとに別々の周波数を使うことで混信を避けているのです。携帯電話でも第1世代と呼ばれる自動車電話が主体であった時代には、周波数によって個々の通話を判別していました。

 しかし、この方法には限界があります。それは、利用できる周波数には限りがあるからです。意味のある情報を送るためにはある程度の周波数の幅(周波数帯域)が必要であり、一定数以上に利用者を増やすことができないのです。一方向への通信であるテレビやラジオであれば、局を増やせなくても利用者はあまり困りませんが、双方向通信である携帯電話にとって、通話ができる人数の制限は致命的な問題となります。

 そこで、第2世代ではTDMA(時分割多重接続:Time Division Multiple Access )方式という方法が新たに開発されました。TDMA方式では、圧縮した音声を時間をずらして送信し、受信側で圧縮したデータを復元するという方法を使うことで、1つの周波数を複数の利用者で共有することを可能にしました。

 さらに、近年話題となった第3世代にはCDMA(符号分割多重接続:Code DivisionMultiple Access)方式が導入されました。「拡散符号」と呼ばれるコードを、元のデータに掛け合わせることで、同じ周波数で受信しても元の拡散符号と同じ符号を使わなければ意味のある情報として復号できないようになっています。利用者ごとに拡散符号を変えておけば、複数の利用者が、時間を分けることなく同時に、1つの周波数帯域を利用することができるのです。

遅れて来る電波も利用する

遅延波のイメージ

 都市部などでは必ずしも電波がまっすぐ飛んでくるわけではない遅延波の問題をいかに解決するのかが大きな課題となっていました。第2世代まではノイズとなる遅延波をいかにうまく削減するのかが課題とされていましたが、第3世代のCDMA方式の採用で状況が大きく変わりました。拡散符号は0と1の符号が時系列に並んでいます。そのため、遅延波が運んできた情報であっても、符号を目印にすることでどのぐらい遅れているのかが分かるようになったのです。都市部で受信される遅延波は1個以上の場合があり、それらをかき集めれば情報の再現精度を高める(ディジタル信号の誤りを減らす)ことができます。

 アンテナの位置によって受信状況が変わる問題に対しては「ダイバーシチ」という技術が使われています。ダイバーシチとは、複数のアンテナを使うことでいずれかのアンテナが電波状態のいい場所に置かれる可能性を高め、装置全体では常に電波を強い状態に保とうとする技術のことです。第2世代の携帯電話には2つのアンテナが組み込まれています。携帯電話に使われる電波は波長30cm程度なので、1つ目のアンテナから15cm離れたところに2つ目のアンテナがあると波長の半分、7.5cm離せば波長の離れていることになります。波長の数分の1離れている位置にアンテナがあると高いダイバーシチの効果が得られる可能性があります。

第4世代携帯電話は大きな変革になる

  現在、第3.5世代や第3.9世代の携帯電話が登場し、いよいよ第4世代へ向かう転換期に差し掛かっています。

 しかしながら、第4世代とは何かというと、具体的にはほとんど決まっていない状態であり、世界中が納得するような決定的な革新技術は出てこないと思われます。重要な決定がなされないまま「第4世代」という言葉だけを先に打ち上げて、実態は後から作り上げていこうという方式で進められています。

 ただ、明らかなことが2点あり、1つは、IP(Internet Protocol)化の流れ、もう1つは次世代規格に対する中国の影響力の増大です。

 携帯電話がIP化することによって、利用者にとっては、インターネットへの直接接続や無線LANとの連携といった携帯電話の利用方法が大きく広がるメリットがあり、運営側にとっても、すでに進んでいる電話網のIP化を回線の末端まで行き届かせることで、運営コストを低減できるというメリットがあります。もちろん、セキュリティ面や下げざるをえない通話料金で携帯電話会社の経営が圧迫されないのかといった問題もあります。

 また、日本が第4世代携帯電話の規格を定めたとしても、今後、世界で最大の市場となる中国の動向によっては、その規格自体が無意味なものとなる可能性があります。私たちの考えている第4世代携帯とは無関係に、中国が定めた次世代規格が第4世代となることも大いにあり得ます。

 第3世代を決めるときにも世界中で意見が割れて、混乱がありました。ヨーロッパでは第3世代すら定着していません。使えるのが当たり前という状況に慣れてしまうのではなく、電波を使った通信の将来について、一度考えてみる必要があります。

電波は誰のもの?

 あらゆる無線通信に使われている電波ですが、電波はそもそも誰のものでしょう?みなさんの中には「電波は物理現象なのだから誰のものでもない」と考えている人もいるかもしれません。ところが「自作の無線通信機を作ったから今日から無料で携帯電話かけ放題だ」とはならないのです。

 電波は携帯電話のみならず、航空通信や船舶通信、レーダーなどさまざまな目的で利用され、それぞれに使うことができる周波数が定められています。定めるのは日本では総務省です。総務省のホームページには使用状況も掲載されています。

 つまり、電波は国民全体の共有資源であり、その割り振りをしているのが総務省なのです。一般の人が使える周波数もありますが、電波を使うためには電波利用料を支払わなければなりません。アメリカやヨーロッパでは周波数の使用者をオークションで決めたこともありました。

 2011年のアナログテレビ放送の終了によって、それまでアナログテレビに使われていた周波数の枠が空くことになります。この枠がどう使われるか、非常に興味のあるところです。

アドバイス

 通信や無線の分野に興味があるのならば、基本的な物理と数学の知識は欠かせません。特に、確率・統計や複素数の計算、電気の分野が重要です。研究を行うための基礎になるのは、物理・数学の「感覚」――法則や数式について感覚で理解できることです。この感覚は通信や無線の分野に限らず、みなさんの将来にとっても、学んでおくべき基本的なことだと思います。入試に必要かどうかにかかわらず、広く正しく物理と数学を学んでおいてください。

コンピュータ理工学部 ネットワークメディア学科 竹内 勉教授

プロフィール

工学博士。専門は移動通信、電波伝搬。京都大学大学院を修了後、電電公社(現在のNTT)横須賀電気通信研究所で衛星通信の研究に従事し、京都大学工学部勤務を経て、1994年に京都産業大学へ着任、現在に至る。子どものころからアマチュア無線に興味があり無線装置を自作していた。まだ携帯電話がなかった時代から移動通信の研究に携わり、屋内での遅延波を高い精度で測定する研究に取り組んでいる。京都府立乙訓高校OB。

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