遺伝子銃で葉緑体を狙い撃ち!—オルガネラゲノムの遺伝子組換えを究めるために—

工学部 生物工学科 寺地 徹教授

 遺伝子銃(別名:パーティクルデリバリーシステム)は、“遺伝子組換え”を行う際に、組換えたい有用遺伝子を直接細胞内へうち込むための重要な器具です(コラム参照)。これを使いこなせないと、遺伝子組換えのスタートラインに立つことができないといえるかもしれません。
 うち込む植物細胞の大きさは20〜40μm(マイクロメートル)ほどです。1μmは1mmの1000分の1ですから、肉眼ではもちろん確認できません。それほどまでに小さな細胞の中にある、さらに小さなオルガネラ※1ゲノムに有用遺伝子を届かせるには、腕と努力と、少しの運が必要なのです。日進月歩のバイオの分野で「オルガネラゲノムの遺伝子組換え」という最先端分野に取り組み、この春、見事、有用遺伝子を葉緑体ゲノムに命中!!させた寺地徹先生に、現在の研究と今後の展望についてお話いただきました。

※1 オルガネラは細胞内に存在する一定の構造と特定の機能をもつ構造物(細胞小器官)の総称。核、葉緑体、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体など。

遺伝子銃発射の準備にかかる

遺伝子銃発射の準備にかかる。
クリーンルームの中のさらに
クリーンベンチの中で、すべて消毒して行う。

葉緑体の遺伝子組換え

 植物の細胞内では、核以外にも、光合成を行う葉緑体、呼吸をつかさどるミトコンドリアがそれぞれ遺伝子をもっています。オルガネラと呼ばれる細胞内小器官の中で、独自の遺伝子をもつのは葉緑体とミトコンドリアだけです。これらの遺伝子の集まりはオルガネラゲノムと呼ばれています。通常の遺伝子組換えは、核の遺伝子を対象にしたものですが、私はこのオルガネラゲノムを研究対象にしていて、主に葉緑体の遺伝子組換えを行っています。現在、葉緑体の遺伝子組換えには核の遺伝子組換えにはないメリットがいくつもあることがわかっています。

 1つ目は母性遺伝、すなわち、遺伝子が種からのみ伝わり、花粉から伝わらないというオルガネラゲノム特有の性質です。そのため、組換えた遺伝子が花粉を通じて他の作物を汚染する危険性がほとんどありません。2つ目は、組換えたもの(遺伝子産物)がたくさんできる点です。核は細胞内に1つしかありませんが、葉緑体は100個もあります。さらに、1つの葉緑体の中に遺伝子の集まりであるゲノムが100個程度ありますから、1つの細胞内に合計1万個もの葉緑体ゲノムが存在することになります。そして、それだけ遺伝子産物が多くできるのです。

 また、核では1回に組換えられる遺伝子は原則1つですが、葉緑体では、組換えたい複数の遺伝子を列車のようにABC…と連ねて入れることができます。核の場合、AとBの遺伝子を組換えるために、Aの遺伝子を入れた組換え植物と、Bの遺伝子を入れた組換え植物を交配させる必要があることを考えると、ずいぶん画期的です。

 他にも、組換えた遺伝子が思ったように働かなかったり、周りの似た遺伝子の働きまで止めてしまったり(ジーンサイレンシング)という核の遺伝子組換えでよく起きる問題が、葉緑体にはありません。さらに、組換える遺伝子のゲノム上の位置を指定することができるため、同じ組換え植物を何度も作ることができます。

目標1:社会に役立つ作物を作る

 遺伝子組換え技術は、人口の急増による食糧難や温暖化など、危機に瀕する地球を救う技術としても注目を集めています。私も、いくつかの目標をもって、葉緑体の遺伝子組換えを行っています。

 いま、世界で1番多い栄養障害は鉄分不足です。人口の3分の1にあたる約20億人が貧血の主な原因にもなる鉄分欠乏の状態にあるといわれています。鉄製剤などの薬が配られてはいますが、数量に限界がありますし、できれば普段口にする食べ物からとれる方がいいですよね。

 そこで、考えられるのが鉄分を多く含んだ野菜を作ることです。まず着目したのは、鉄を細胞内に閉じ込める働きをするフェリチンというタンパク質です。もともとフェリチンは葉緑体の中で働いていますが、遺伝子は核にあります。そこで、その遺伝子を葉緑体のゲノムに組み入れて大量発現させ、葉緑体の中にフェリチンタンパク質をたくさん作り、鉄を溜め込む仕組みを作りました。現在、大豆の遺伝子を組み込むことに成功しています。組換え後の葉の鉄分含有量は、通常の3倍になっていました。

 ストレスに強い植物作りの研究も進められています。みなさんも先生に怒られたり、試験で悩んだりすると、ストレスを感じ、体調が悪くなりませんか。植物も同じです。植物でも、強い光や寒さ、乾燥など、周りの環境からストレスを受けると、酸素が変化してできる活性酸素という有毒な物質が発生します。細胞を酸化させる活性酸素は、ヒトでは「肌の老化」の原因になるといわれますが、植物はこの活性酸素が増えると、枯れたり、成長がとまったりします。そして、その活性酸素が発生する場が、主に葉緑体なのです。

 そこで、植物がもともともっている活性酸素を除去するAPX(アスコルビン酸ペルオキシダーゼ)やGR(グルタチオンレダクターゼ)など5つの酵素の働きをよくしようと考えました。現在、5つのうち4つの酵素遺伝子を葉緑体ゲノムに組み入れることに成功していて、酵素活性は50倍にも高まっています。

遺伝子銃

遺伝子銃

シュート(若芽)を形成したタバコの葉

シュート(若芽)を形成したタバコの葉

葉緑体へ有用遺伝子を導入する方法

目標2:植物工場で医薬品成分を生産

 医療分野で役立つ遺伝子組換えの研究も進んでいます。医薬品の有効な素材の1つはタンパク質です。例えば、抗凝固剤として血栓治療などに使われている「ヒルジン」というタンパク質があります。環形動物※2のヒルが、ヒルジンを出すことで血を固まらせずに動物や人の血を吸うことで知られています。このヒルからヒルジンを作る遺伝子を取り出して葉緑体に組み込むことで、植物の中で「ヒルジン」を大量に生産し、そこからヒルジンを精製することが可能になっているのです。

 医薬品の材料となるタンパク質は、自然界から精製する場合はもちろん、現在研究が進んでいるカイコなどの体液中で生産させる方法でも、高度な技術力が求められ、しかもかなりのコストがかかります。しかし、葉緑体内で大量生産が可能になれば(いわば「植物工場」)、コストは下がり、医薬品が不足しがちな途上国でも取り入れやすくなるはずです。

 今後はさらに、抗原を食べることによって免疫力をつける「食べるワクチン」への応用にもつなげたいと思います。これは人だけでなく、例えば昨年問題になったような鳥インフルエンザなど、動物を介して感染するような病気にも有効かもしれません。広範囲の動物に注射器などで予防接種することは困難ですが、食べるワクチンであれば、より簡単に予防できるからです。ワクチン入りの飼料やワクチン入りの健康レタス、といったものができる日も、そう遠くないかもしれません。

※2 体節をもつ無脊つい動物の一門。「外骨格をもたず、体節ごとに一対の排出器や神経節がある」(啓林館、生物II)。ゴカイ、研究に使用する植物を栽培するための温室内。ミミズ、ヒルなど。

キーワードは「人類の役に立つ」:今後の課題とミトコンドリアの遺伝子組換え

 現在、文部科学省の私立大学学術研究高度化推進事業の1つとして「高等植物のオルガネラゲノム工学」というプロジェクトに関わっています。「植物のオルガネラゲノム(葉緑体ゲノム、ミトコンドリアゲノム)の操作を通じて、人類の役に立つ遺伝子組換え植物を育成する」ことを目標に、これまで説明したような実験に日々取り組んでいます。

 ただ、今はまだ実験が、タバコを使った基礎研究の段階です。葉緑体の遺伝子組換えにおける1番の問題点でもありますが、これらを実際に「役立てる」ために、他の作物に広く応用する手法を開発することが、今後の大きな課題です。

 また、今後、世界的にも成功例がない植物のミトコンドリアゲノムを使った遺伝子組換えを成功させたいと思っています。葉緑体とミトコンドリアはそれぞれ違う働きを担っていますから、ミトコンドリアの遺伝子を組換えることによってはじめて役割を果たすものもあるのです。葉緑体の遺伝子組換えは、私が学生の頃は想像もしていなかった技術です。現在は小さすぎて技術的に大変むずかしいミトコンドリアの遺伝子組換えも、いつかは可能になる日がくるはずです。まだまだ未開拓の部分も多いバイオの分野ですが、だからこそ、予期せぬ研究成果が楽しみでもあります。

遺伝子銃で金を撃ち込む!?

 遺伝子組換えの基礎研究は、タバコの葉で行われている。キャベツなどの葉もの野菜とは異なり、葉切片からも芽がたくさん出るなど、分化能力が高く使いやすいからという。実験方法は、組換えたい有用遺伝子を遺伝子銃によって直接細胞内にうち込む「パーティクルガン法」。遺伝子銃の中は真空状態。有用遺伝子を含むプラスミドDNAを、非常に小さな金の粒子にまぶして、ヘリウムガスの圧力によってタバコの葉にうち込む。この時のスピードは音速に近いくらい。強すぎると細胞が壊れてしまうし、弱すぎると奥まで届かない。微妙な圧力の調整がむずかしい。小さな細胞内にある、さらに小さな葉緑体ゲノムの中に有用遺伝子を効率よく送り込めるようになるまでに、5年を要したという。

アドバイス

高校生へのメッセージ

 高校では、生物、化学、そして英語を重点的に鍛えてきてほしいですね。この3つは、大学へ入ってからも役立ちますし、身につけておくと、おもしろい研究にも結びつきます。また、自分の考えをしっかり伝えられるコミュニケーション能力も必要です。あと1番大切なのは「好奇心をもって楽しく実験できること」かもしれません。研究室に入ると、月曜から土曜まで、毎日長時間、研究室にこもる場合もありますから。

 研究室で取り組む研究テーマについては、なるべく学生の意見を取り入れるようにしています。“ストレスに強い植物作り”も学生の発案で始まったものです。学生には、4年次に楽しく卒業研究に取り組んで充実した時間を過ごすためにも、3年次までに卒業単位はほぼとり終えておくよう、常日頃からアドバイスしています。就職先として学部卒では食品業界やMR(医薬品会社の医薬情報担当)をめざす人が多く、3、4割の学生は大学院へ進学しています。

工学部 生物工学科 寺地 徹教授

プロフィール

 北海道から生物の研究者をめざして京都大学農学部へ。父親が高校の生物の先生だったこともあって、昔から自然や生物に興味をもっていた。研究室では、コムギを中心とした植物の遺伝と進化について研究。自然雑種と倍数化を特徴とする、コムギとその仲間の母系の祖先を明らかにするため、母性遺伝する葉緑体のDNAを調べて以来、オルガネラゲノムと関わり続けている。ここ10年ほどは“葉緑体の遺伝子組換え”に取り組んできた。タバコであれば自由に組換えができる技術力は世界的にも稀少。北海道函館中部高校OB。

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