光を使って物の性質を調べてみよう—波動光学入門からコロイド結晶の仕組みまで—

理学部 物理科学科 愿山 毅教授

 物質の構造や性質について調べたり、新たな物質を作るための基礎的な研究を行うのが、物理学の中でも最も範囲が広いといわれる“物性物理学”。物の性質を調べるには、目で見ることに加えて、光を当て、その曲がり具合など(干渉、回折)を調べるのも極めて有効な方法です。その際、基礎となるのが中学や高校で習う光学。物理学では極めて大事な分野で、科学の伝統を重んじるヨーロッパでは、ニュートン力学と同等に取り扱われています。長い間、結晶について研究を続け、今はコロイド結晶と呼ばれる不思議な結晶の解明に取り組んでいる愿山毅先生に、光学の大切さと現在の研究の一端をお聞きしました。

波動光学への誘い

 物の性質を調べるのに有力な方法として光を使う方法があります。光を調べたい物質に当て、その波の性質によってもたらされる干渉や回折の様子からその物質の構造を解析するのです。もちろん使うのは目で見える光だけではありません。音や電波、そしてレントゲン撮影に使われるX線などの電磁波など、波の性質を持っているものはすべて同じように使えます。このうち音だけは波の振動する方向が、その進む方向と一致している縦波ですが、他はすべて進む方向とは垂直な方向に振動する横波で同じ仲間です。ただ波長の違いで調べるのに適した対象が分かれるだけです※1

 光についての学問や研究はたいへん古くから行われてきましたが、光が波の性質を持つことがわかった19世紀以降は、波動光学と呼ばれてきました。時代が進むにつれ、目に見える光だけでなく、様々な波が発見され扱う対象も広がってきました。しかし光についての研究でそれまでに得られた知見は、新しい波の理解にもそのまま当てはまったり、そのための基礎になったりしてきたのです。光はその後、波であると同時に粒子でもあることがわかり、伝統的な波としての光の理解は、ニュートン力学とともに20世紀物理学の最大の成果の一つである量子力学の成立にも、大きく貢献したといってよいでしょう。

 波動光学はこのように伝統的な学問ですが、同時に時代の最先端の学問であり、またその技術を支えるものでもあります。X線の発見、レーザー光の発明のように、新しい波、新しい光源が出現すると、それを使って、これまでにはわからなかった物の構造や性質が明らかになったり、そこから新しい研究分野や新しい技術が生まれてきたりしたからです。宇宙からの微弱なX線や電波をキャッチできる観測装置が作られると、観測技術が進化し、新しい宇宙像が描かれるようになりました。最近では、X線SORと呼ばれる、これまでとはケタ違いの強さのX線を発生させる装置が世界各地で作られ、筋肉が伸び縮みする際の分子一つ一つの動きまでもが、X線の回折で解明されようとしています。また近年の光通信などのように、私たちの生活になくてはならない、光を使った新しい技術の発展もあります。

 ただ残念なのは、波動光学はこのように物理学においてはニュートン力学に匹敵する大事な基礎的な学問であるにもかかわらず、日本の中学や高等学校での扱いが、ニュートン力学に比べてやや心もとないことです。科学を生み、長い伝統を持つヨーロッパでは、波動光学はニュートン力学とほぼ同等に扱われています。とくにフランスで盛んということはありますが、ニュートンを生んだイギリスにおいてさえこの傾向は変わりません。現代物理学の入口であり、またそれを発展させる鍵を握っている波動光学ですから、日本の教育界においても、もう少し取扱を重視してほしいというのが、私たち波動光学に携わる者の願いです。

※1 人間の眼が捉えることのできる波長を持つものを私たちは光―可視光―と呼んでいます。

コロイド結晶を極める

 今見てきたように、物の性質を調べることと、光を使うことには切っても切れない関係があります。原子などの超微小なものはもとより、光学顕微鏡などで見ることのできるかなり大きなサイズのものでも、光(波動)を使うことでより正確な構造を知ることができます。現在私が取り組んでいるコロイド結晶という珍しい結晶の研究もその一つです(写真①)。

 コロイドというのは、泥水や牛乳のようにある大きさの粒子が溶媒の中に分散している状態のことをいいます。一方、結晶とは原子や分子が周期性を持って規則正しく並んでいるものです。コロイド結晶は、同じ大きさ(単分散性)の高分子などでできたもっと大きなコロイド粒子が、規則正しく並んだ特殊な結晶です。コロイド粒子は水などの媒質の中に半ば浮かんだような状態になっていて、それを取り囲むように反対符号の電荷をもつイオンが雲状に分布し安定な状態を保っています。自然界でもごく稀に存在していて、宝石のオパールなどがその代表的なものですが、固体であるのは長い年月をかけて、媒質である水が乾燥してなくなった結果です。コロイド状物質は、かつては研究材料に使われたこともありましたが、粒子の大きさが揃った状態のものが少なく、長らく見捨てられていました。しかし最近になって、単分散のコロイド粒子からなるコロイド結晶が人工的に作られるようになり、結晶構造や格子定数※2などを研究目的に合わせて制御できるようになってきました。また、コロイド結晶は非常にやわらかい結晶なので、超高圧下での結晶の安定性のような問題が、コロイド結晶では容易に実現できることがわかってきたため、再び脚光を浴びるようになってきたのです。

写真①

 私がコロイド結晶について研究し始めたのは、それをモデル物質にして原子や分子といった小さなサイズ(ナノスケール)の物質で作られている通常の結晶について、現段階では電子顕微鏡などで、直接、調べることのできない構造や生成の過程について、何らかの手掛かりが得られないかと考えたからです。実際コロイド結晶では、コロイド粒子が原子核に、まわりのイオンの雲は電子(電子雲)に比較できるというように、構造自体が通常の結晶とよく似ています。また直径0.6ミクロンと、原子のおよそ数千倍、原子と日常われわれが肉眼で目にするものとの中間的な大きさで、研究対象としては程よい大きさです。しばらく研究の対象から外されていたこともあって、 “見捨てられた(失われた)ディメンション”、などとも言われていて、未知の部分が多いことも魅力です。光学顕微鏡を使うと、構造自体だけでなく、コロイド結晶を構成する個々の粒子の熱運動の様子についても、直接目で確かめることができ、しかも粒子が大きく動きがゆっくりなため、コロイド結晶が次第に形成されてゆく秩序形成の過程も細かく追跡、記録できます。原子や分子による結晶ではその過程は瞬時に起こるため、観測不能ですが、もしかすると同じような過程を経ていることも十分考えられ、その場合には大きなヒントになるのではないかと私は期待しています。

 現在行っている研究では、ポリスチレンなどの合成の高分子の粒子を純水を媒質にして透明な石英光学セル(写真②)に閉じ込め、これに一旦乱反射させたレーザー光を当てその回折の記録から、その秩序形成の過程を調べています。この際、通常の平面波ではなく乱反射によって得られる球面波を使ったコッセル線回折法を用いるのが大きな特色です(写真③・④)。この方法は数学的には難解でいまだに正確な解も見つかっていませんが、精密にコロイド結晶の生成の過程を調べるには最適な研究方法です。これまでのところ、あるコロイド結晶では、コロイド粒子がランダムなブラウン運動をしている状態(融液状態)→二次元の六方最密構造→ランダム層状構造→ (準安定状態)→面心立方構造→体心立方構造(熱力学的に安定な結晶状態)といった過程で結晶が作られていくことがわかっています。つい最近には、上の準安定状態の場所に、いままでは確認されたことのなかった六方最密構造(図)の存在を実際に確かめることもできました。

 今後は、コロイド結晶の構造や、その秩序形成の過程を調べるだけでなく、結晶としては特異な性質を持ち、しかも様々な目的に使える準結晶と呼ばれる物質を作ることにも力を入れていきたいと考えています。

※2 回折格子のスリットの間隔(隣合う溝の距離)〈啓林館・物理T〉

写真②・③・④

未来の光学素子、フォトニック・クリスタル

 コロイド結晶はその光学的な特性からフォトニック・クリスタルとも呼ばれるように、多くが虹彩色をしている(七色に光り輝く)のが大きな特徴です(写真②)。ちょうど宝石のオパールのような輝きをしていますね。この特徴を生かして、光通信分野において光を制御する高性能の素子として商品化が進められています。私たちの研究室では光の回折を使ってコロイド結晶の構造を解析するわけですが、この場合は分光といって光をコロイド結晶などに当てて、それぞれの色ごとに分ける技術を使います。光の扱い方としてはちょうど逆向きですが、原理はまったく同じです。色の一つ一つに伝えたい情報を乗せてそれをまとめて送信し、受信側で分光して、それぞれの色に乗せられている情報を取り出そうというものです。この方法だと、現在よりも格段に多くの情報を正確にしかも短時間で送ることができますから、分光の際に素子として使えるフォトニック・クリスタルには、世間から熱い注目が寄せられているわけです。

 また、私たちが今研究しているコロイド結晶では、その構成コロイド粒子は球状ですが、これが楕円状になったものが液晶で、共通する点も多々あります。いずれもこれからの時代にコンピュータや家電製品などの広い分野で、高性能の素材として、またそれを使った新しい技術として、大きな期待が寄せられています。光学はまさに未来の技術を支える物理学でもあるのです。

アドバイス

自分で考える習慣を身につけよう。

 数学や物理の公式はよく覚えていても、応用問題になったとたんに考え込んでしまう人が少なくありません。自分で考える訓練ができていないのかもしれません。確かに公式を覚えるよりも自分の頭で考えることのほうが楽ではありません。しかし覚えたことは忘れることもあり、しかも限りがあって発展性がありません。それにひきかえ、自分の頭で考え、一旦理解したことはなかなか忘れません。しかも考えることは、慣れてくると楽しいことでもあるのです。高校時代、入試のために暗記しなければいけないことが多くて物理は面白くないと思っていたけれど、大学へ入ってから面白くなったということもよくあるのです。

クローズアップ

どんな研究・進路

 レーザー光線を使って、様々な結晶の性質を調べたり、結晶を使った新しい技術の可能性を探ります。就職ですが、ここ1、2年は、電機メーカーへ進む人も増えてきました。大学院へは2〜3割の人が進学します。

理学部 物理科学科 愿山 毅教授

プロフィール

中学、高校と物理が好きで大学は理学部へ。ちょうど電子顕微鏡が日本でもようやく本格的に使えるようになった頃で、結晶物理学が花開いた時代だ。一口に結晶といっても、現実の有様は“結晶の乱れ”といわれるように理論上とは違って完全ではない。理想結晶は存在するのか、あるいはどのようにしたら作ることができるのか、を追い求めて現在に至る。コロイド結晶の研究もその通過点だ。大阪府立富田林高校OB。

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