京大根からわかる先端バイオテクノロジーの世界ー人類の役に立つ新しい植物をつくろうー

工学部・生物工学科 山岸 博教授

 自分の遺伝子に他の個体の遺伝子を組み込み、新しい性質を得ようという遺伝子組換え技術などのバイオテクノロジー※1。遺伝子の解読が進むなか、急速な勢いで進歩しています。医療分野においてはもちろん、世界的な人口の急増を受けて食糧危機への不安が高まるなか、食糧増産には欠かせない技術としても期待が膨らみます。京大根に魅せられ、これまでにない高品質の大根など、人の役に立つ新しい野菜づくりに挑む山岸博先生に、身近でわかりやすい植物バイオテクノロジーの世界を案内してもらいます。

大根もいろいろ。ミトコンドリアDNAからわかる進化の歴史

 現在、わが国ではたくさんの種類の大根が栽培されています。京都に固有の“京大根※2”と呼ばれるものだけでも右図のように5種類もあります。これは長年にわたる品種改良の成果です。
 大根に限らず、できるだけたくさんの収穫を得(大きくすることも含めて)、味を向上させたいというのは人類の願いです。そのため人々は、野生の植物を栽培化し、さし木や継ぎ木でふやしたり、交配などで品種改良を行ってきたのです。
 大根の種類が多い原因は、他にもあります。日本の大根の祖先を調べていくと、ユーラシア大陸に自生する何種類かの野生種に行き着きます。それらは長い年月の間に変異したり、人に栽培されたり、お互いに交雑しあったりしてたくさんの種類に分かれました。そして東へ進んだもののなかには、海を渡って日本へ伝えられるものも出てきました。日本ではそれらが元になり、さらに野生種から作られた栽培種も加わって新たな交雑が起こったのです。
 ところで、このように祖先を調べるのには、ミトコンドリアという細胞内の小器官に含まれるDNAを使います。ミトコンドリアが母方からしか受け継がれないという特徴を利用して、DNAで母方の祖先を直線的に辿るのです。※3ミトコンドリアのもつこの特徴は、次にお話しする細胞融合においても大切な役割を果たします。

※1:バイオテクノロジー
遺伝子工学(遺伝子を操作する技術を利用する学問分野)を駆使して細胞に目的に沿った操作を加えたり、細胞や組織を人工的に培養したりすることなどにより、生物を利用する技術のこと(啓林・生物II)
※2:京大根
京都固有の野菜を最近は“京野菜”とブランド名で呼ぶようになりました。千枚漬けで有名な聖護院カブラ、賀茂ナスなどが有名ですが、それにならって京都固有の大根を京大根と呼んでいます。
※3:ミトコンドリアDNAとミトコンドリア・イヴ
人類をはじめ有性生殖で子孫を残す生物は、核にあるDNAについては父方と母方から、それぞれの半分ずつを受け継ぎます。そのため、遺伝子を追跡しようとしても祖父母の代では1/4、その先では1/8と、どんどん薄くなっていき、うまくいきません。その点、ミトコンドリアに含まれるDNAは、ゲノムの大きさでは核のものに比べるとごく僅かですが、母方をそのまま遡っていくことができます。突然変異の確率が計算で求められるようになった今では、近縁種との枝分かれの時期を特定し、樹系図を逆向きに辿るように祖先を確定していくことができるのです。これまでは諸説のあった人類の起源も、この方法でほぼ明らかにされました。今から約20万年前のアフリカにいた一人の女性が、全人類の共通の祖先だと特定されたのです。彼女はミトコンドリア・イヴと呼ばれています。

細胞融合を説明する前に、植物バイオテクノロジーの全体像を見ておきましょう。これを示したのは植物の改良や作物の増産を考える際、分野ごとの研究や開発も大事ですが、全体をみて総合的に計画を立てることも重要だからです。

細胞融合

 細胞と細胞とを、電気的な刺激や、ポリエチレングリコールという薬品を使って直接くっつけるのが細胞融合です。くっつけた細胞を無菌状態で培養(細胞培養)し、そのまま成長させていけば(右写真)、種子を経由せずに新しい雑種を作ることができます。もう品種改良に長い年月をかける必要はありません。細胞融合はまた、品種改良にミトコンドリアの性質を使う場合にも欠かせない方法です。ミトコンドリアは、遺伝子組換えができないからです 上の写真は、花粉を殺すミトコンドリアをもつためオシベをつくれない大根の花です。この花は、他の仲間の花粉がつかなければ種子を残せません。見方を変えれば、欲しい性質をもつ仲間の花粉だけを人為的に受粉させるには、大変都合の良い性質をもっているのです。例えば、虫に強いキャベツ(大根と同じアブラナ科)をつくろうと思えば、まずこの大根の細胞とキャベツの細胞とを融合させて花粉のできないキャベツをつくります。そして次に、そのキャベツの花に虫に強い仲間の花粉を受粉させればいいのです。またこの性質を利用すれば、生態系への影響が未知数の遺伝子組換え植物を、一代限り(種子をつくれない)にすることもできます。

遺伝子組換えーゴールデンライスを作る

 外国の研究ですが、アグロバクテリウムを使った世にも珍しいゴールデンライスの作り方を例に見て行きましょう。ゴールデンライスは日本ではほとんど知られていませんが、東南アジアやアフリカでは、ビタミンA不足に悩む人々にとても役に立つお米です。
 アグロバクテリウムは細菌の一種で、植物の遺伝子組換えでは最も普通に使われます。地中にいて特定の植物の根に取り付き(感染)コブ状の病気を引き起こし、なおかつその植物から養分をもらって増殖します。この菌の面白いのは、自分のDNA以外にTiプラスミドという居候のDNAを持っていることです。アグロバクテリウムは、目標となる細胞にとりつくと、T-DNAと呼ばれるその一部を切り出します。T-DNAは感染した細胞壁をすり抜け、核の中ヘ入り込み相手のDNAに結合します。(上図)T-DNAには細胞を増殖させる遺伝子と細菌のための栄養分をつくる遺伝子があります。それらが相手の核の中で働き出すと、取り付かれた植物の根近くの茎にはコブができ始め、細胞はみな栄養分をどんどんつくるようになります。
 ゴールデンライスづくりでは、まずこのアグロバクテリウムのT-DNAから細胞を増殖させる遺伝子を取り除きます。次に栄養分をつくる遺伝子をカロチン(ビタミンA)をつくる遺伝子に置き換えます。こうしておいて、このアグロバクテリウムを稲に感染させれば、稲にはコブができず(病気が起こらず)、やがてその稲穂にはカロチンをたくさん含んだ金色のお米が実るようになるのです。

爆発する人口、植物バイオテクノロジーに高まる期待

 最後に一番上の図をもう一度見てください。横軸は大根に含まれる発ガン抑制物質の含有量、縦軸は現在農家でどれだけ栽培されているか、つまり消費者にとってどれだけ人気があるかを示しています。私たちの目指しているのはもちろんのゾーンで、発ガン抑制物質を辛味大根や佐波賀大根並みに含む青首大根ということになります。このように、植物バイオテクノロジーを使えば、これまでは考えられなかったような、人の役に立つ植物をつくることも夢ではありません。もちろん、栽培面積当りの収穫量を増やすことも大切です。1960年から2050年にかけて、地球上の人口は約3倍に膨らみます。私たちは、1980年から2000年までの人口増に対しては、交雑によって作物の収量を増加させることで乗り切ってきました。しかしそのやり方はもう限界です。これからは今見てきたような新しい技術を使って、食糧を増産するなり、質の高い作物をつくっていかなければならないのです。

クローズアップ

どんな授業

 4年次の卒業研究では、キャンパス内の実験室、培養室や温室などを使い、1.細胞融合、遺伝子組換えを使った新規作物の作出、2.分子遺伝学的な手法を用いた作物の進化過程の解明、3.地域在来作物における遺伝的な変異の解明と保存策の検討、などを実地に行い、その結果をレポートにまとめます。キャンパスには小さな畑もあり、長靴姿に首に手拭い、手にはスコップといういでたちで授業に臨むことも珍しくありません。最近はさつまいも掘りは幼稚園以来とはしゃぐ学生もいるとか。
 1年次生対象の基礎教養科目「遺伝と進化」は、進化のしくみと身近な遺伝現象を扱っていて、他学部の学生にも人気があります。

アドバイス

高校生へのメッセージ

植物を扱いますから、やはり生物に興味があることが必要です。高校時代は、大学で学ぶ基礎として生物か化学のどちらかは学習してきて欲しい思います。

卒業したら…

卒業後の進路は、現在は大学院進学が15%ぐらい。ほかには国立や県立の研究所、種苗会社、製薬や化粧品、食品の企業に進む人も多いですね。

工学部・生物工学科 山岸 博教授

プロフィール

 長野県の伊那地方で豊かな自然に囲まれて高校時代までを過ごす。昆虫少年ではなかったが、生き物大好き人間だったとか。新しい植物をつくり、人の役に立ちたいという志を抱いて、京都の大学へ。植物育種の研究の中で京大根と運命的な出会いを果たす。

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