想像力をかきたてる『不思議な幾何学』!!ー位相幾何学(トポロジー)入門ー

理学部・数理科学科 福井 和彦教授

 理学部の福井 和彦先生は位相幾何学(トポロジー)が専門。「不思議な幾何学」トポロジーとは? 聞けば聞くほど、その不思議ワールドから面白くて抜け出せません。福井 和彦先生にトポロジーの入り口と、大学で学ぶ数学の一端をお聞きしました。

三角形の内角の和は180°?

 「三角形の内角の和」は必ず180°。でも、それは“ユークリッド幾何学の世界”での話です。三角形がふつうの平面じゃなくて、ボールの表面のような「球面」に描かれていたら、どうでしょう? 内角の合計は180°より大きくなるはずです。極端に言えば「三つの角が全部90°」なんていう三角形だって描けてしまうでしょう。球面上の世界では、私たちの知っている図形の定理は当てはまらないのです。こんなふうに、いままでの“常識”が通用しないような世界、“非ユークリッド幾何学の世界”で“図形”について考えるのが、私たちの研究の出発点です。
 右の四種類の図形を見てください。この中で、どれが“仲間はずれ”と言えるでしょうか。「答は見方によっては、どれも仲間はずれになる」ということです。
 たとえば「左右対称である/ない」という点で分けると、2.が仲間はずれ。「角がある/ない(滑らか)」なら3.が仲間はずれ。そして「閉じている/開いている」という見方をすれば、4.が仲間はずれになりますね。このように「図形をどう見るか」によって、いろいろな幾何学が成り立ちます。
 私の専門であるトポロジーでは、この場合3番目の「線が閉じている/いない」ことに注目します。図形を作っている要素の「つながり方」に目をつけて考えるわけですね。

ドーナツとコーヒーカップは同じ形?それでは人間は?

 中学校の三角形や平行四辺形の勉強でもそうですけど、幾何学では「どんな場合に図形を“同じ形”と見なすか?」が重要になります。
 私たちが注目するのは、図形を形づくっている辺や面の「つながり方」です。つまり、角度も、長さも、大きさも関係なく、辺や面のつながり方が同じならば「同じ形」(難しい言葉で言えば、「同相」といいます)と考えるわけです。
 たとえば平面図形でいえば、三角形も、四角形も、円も、あるいは凸型や凹型、ハート型に至るまで、みんなつながり方でいえば同じ図形、同相ということになります。このことは、自在に伸び縮みするゴムでできた図形をイメージしてみると分かりやすいでしょう。要するに、三角形だろうと円だろうとハート型だろうと、みな一本の“輪ゴム”で作ることのできる図形ということになるのです。

 同じように、空間図形をトポロジー的に分類すると、ボールも、サイコロも、ピラミッドも、茶碗も、みんな「同じ形」とみなされます。これも変形が自在にできるゴムのボールで考えてみればいいでしょう。丸いボールは、つながり方を変えずに、サイコロや三角すいなどに変形できますね。

 しかし浮き輪やドーナツとなるとどうでしょう。 これらには“穴”が空いていますから図形としての「つながり方」から見れば、丸いボールとは異なったものということになります。また“穴がひとつ”という点に着目すると、浮き輪やドーナツは、「取っ手付きコーヒーカップ」と同じ形になります。人間も、口から肛門まで一本の管でつながっていると考え、頭の中でこの穴を広げていけば、ドーナツと同じ穴が形だということができます。
 一つひとつの図形について、面積や円周の長さや体積をきちんと計算するのとは別に、このようなとらえ方をすることもできるわけです。

数学は時間の関数だ!

 大学で学ぶ幾何学は、平面(2次元)や空間(3次元)の世界だけではありません。4次元、5次元といった高次元の世界もあるわけです。その場合、図形を思い浮かべるだけでも大変です。そのためには、日頃から想像力を鍛えておく必要があります。今まで学んだ世界から離れてもっと高いところに登って眺めてみることも大切でしょう。うまく登ることができれば、今まで見えなかった新しい景色が広がってくるはず。数学の本当の面白さ、楽しさがわかるはずです。
 ただし、アルプスのような高い山に登ろうとすれば、それなりのトレーニングも、装備も必要になってきます。ドーナツとカップが同じ形、というところまでは直観的に分かったとしても、それを数学的にきちんと示すには、いろいろな知識・方法、計算技術が必要です。それを学んでいくのが大学の数学ということになりますね。
 数学は万人に分かる学問。でも、それは“時間の関数”でもあるわけです。つまり、大切なのは日々の積み重ね。途中で投げ出さず、コツコツ学んでいけば、必ず、だれでも、少しずつ上に登っていくことができます。
 もちろん、登るための土台作りは自分でやるしかありません。でも“少し上の世界”を示して、『土台ができたらこれに挑戦できるよ』と、励ましてあげることはできます。それが私の役割だと思っています。

トポロジーをもっと知るために…

ユークリッド幾何学・非ユークリッド幾何学

 中学校の幾何で学んだ「平行線、三角形、四角形、円などの性質」などは、ギリシャ時代に完成された「ユークリッド幾何学」と呼ばれるものです。大学の「幾何学」では、それとは対照的な「非ユークリッド幾何学」というものも学びます。
 「非ユークリッド幾何学」とは「ユークリッド幾何学」の公理(*)である「直線外の1点を通り、この直線に平行に引ける直線はただひとつである(**)」を否定し、「そういう直線が2本以上引ける」、あるいは「ただひとつもない」という公理に置き換えて成立する幾何学で、19世紀末に誕生しました。発表当初は日常感覚とずれたこの幾何学の考え方は多くの批判を受けたようですが、この幾何学を土台として、アインシュタインの有名な「一般相対性理論」が誕生したのです。
 非ユークリッド幾何学の誕生をきっかけに、それまでとは価値観が異なる多くの幾何学が構築されるようになりました。福井先生の研究されている「位相幾何学(トポロジー)」もそのひとつです。
(*)…理論の前提(**)…「平行線の公理」という。

社会のどんなところで役立っているのだろう

 「トポロジー」が構築された段階では、それが世の中の役に立つかどうかなど誰も考えていなかったかもしれません。しかし現在では、私たちの生活の身近なところでもこの幾何学の考え方は大いに利用されています。
 具体的には、「一筆書き問題」、 「色の塗分け問題」、 「路線図」、 「電気回路」、 「化学構造」、「DNAの結び目」、 「たんぱく質の構造」などがこの考えをもとに表されています。また、数学以外の研究分野では「宇宙論」、「物理学」などでも数多く活用されています。
 今後、この幾何学の研究が進めば、さらに他の研究分野でも新たな発見が生まれる可能性が開けてくるでしょう。

理学部・数理科学科 福井 和彦教授

プロフィール

 仕事を離れたときは何もしません。携帯電話も持ちません。独りでボーとしているのが大好きです。ただ時たま数学が頭の中に浮かんでしまうときがあって、そういう時は食事中でもいきなり考え込んでしまいます。家族は「何考えてんの?」と思っているでしょうね。

 理学部・数理科学科。専門は位相幾何学。最近の研究テーマは「幾何構造を保つ同相群の研究」。

PAGE TOP