北米に侵入したオオスズメバチは近交弱勢の影響を受けにくい在来個体群を母集団とする可能性を集団ゲノミクス解析により解明

2024.05.17

京都産業大学 生命科学部の高橋 純一准教授は、アメリカとカナダの政府機関や大学と共同で2019年に北米大陸に侵入したオオスズメバチについて根絶に向けた調査を進めています。今回、原産地である日本を含めた東アジア地域と、アメリカおよびカナダの侵入個体を対象に全ゲノムデータによる集団ゲノミクス解析を行いました。その研究成果の一部が今回学術雑誌 Scientific Reportsに2024年5月11日付のオンライン版で公開されました。なお本研究は、本学の高橋 純一准教授の他、パデュー大学のHarpur BA准教授、Taylo BA博士、コロラド州立大学のTembrock LR博士、コロラド大学ボルダー校のSankovitz M博士、ワシントン州農務局のWilson TM博士、Looney C博士、アメリカ合衆国農務省のGilligan TM博士、Smith Pardo AH博士との共同研究で行われました。

リリース日:2024-05-17

概要

オオスズメバチ(Vespa mandarinia)は、東アジアおよび東南アジアに生息している真社会性昆虫です。原産地では食物連鎖の中で上位に位置する高次消費者として存在しています。本種は大型の巣をつくり、働きバチは毒性および攻撃性が高く、毎年多くの刺傷被害が発生している衛生害虫です。また、ミツバチを捕食することから養蜂上の害虫でもあります。本種が2019年にカナダとアメリカで初めて確認され環境、公衆衛生、農業への潜在的な影響が懸念されています。
オオスズメバチとアメリカでの駆除の様子
北米大陸へのオオスズメバチの侵入は、在来生態系への影響だけでなく、農業や公衆衛生に重大な打撃を与える可能性があります。そのため、研究グループは、在来個体群と外来個体群の100個体以上の全ゲノム解析を行いました。そこから得られたデータからSNPs領域を単離し、分子系統解析を行いました。その結果、カナダに侵入した個体群は、日本に由来することが示されました。一方、アメリカに侵入した個体群は、韓国周辺を起源とする可能性が示唆される結果を得ました。外来種の侵入経路の特定は、今後の監視戦略の策定に役立つ情報となります。
1.03MのSNPを用いたMidpoint-rooted最尤系統樹.GTR+I+G4モデルを用いて計算している
次に全ゲノム領域に存在するSNPsを対象にしたオオスズメバチの集団ゲノム構造を詳細に調査し、在来個体群と外来個体群の遺伝的多様性と近親交配の度合いを分析したところ、アメリカの個体群で高度な近親交配の発生が確認されました。侵入地域の祖先集団は、極めて少数の個体から形成されていたことが予測されました。これは多くの外来種でみられる遺伝的特徴です。研究グループは、長期的に存在している一部の在来個体群にも同様に近親交配が起きている遺伝的特徴を確認しました。特に日本や台湾の自然集団は、遺伝的多様性を維持する一方で、一部の個体群は高い近交係数を持ちながら存続していることがわかりました。
各個体群内の血縁度係数のヒートマップ.日本の個体群は広い地域にまたがる近交系集団として存在している.台湾とアメリカの個体群は非常に高い(1次以上の)血縁度を示し、広範囲に及ぶ近親交配が起きていることを示す
各個体群における個体のゲノムで3つの長さの異なるROHが見られる割合.長いROHの割合が高いほど近親交配が最近起きたことを示す
近交弱勢に耐性のある集団が侵入先の母集団となると、駆除活動により個体数を減らし、遺伝的多様性を低下させたとしても、わずかな個体が生き残っていれば再び個体数が回復する可能性を示唆しています。つまり近親交配が必ずしも北米に侵入したオオスズメバチのような外来種の存続に致命的ではないことを示唆しています。今回の結果は、さまざまな外来種の管理戦略を考える上でも重要な知見となります。

論文情報

Population genomics of the invasive Northern Giant Hornet Vespa mandarinia in North America and across its native range

Benjamin A. Taylor 1*, Luke R. Tembrock 2, Madison Sankovitz 3, Telissa M. Wilson 4, Chris Looney 4, Junichi Takahashi 5, Todd M. Gilligan 6, Allan H. Smith‑Pardo 6 & Brock A. Harpur 1

  1. Department of Entomology, Purdue University
  2. Department of Agricultural Biology, Colorado State University
  3. Department of Ecology and Evolutionary Biology and BioFrontiers Institute, University of Colorado Boulder
  4. Washington State Department of Agriculture
  5. Faculty of Life Sciences, Kyoto Sangyo University
  6. USDA Animal and Plant Health Inspection Service

*Corresponding Author

Scientific Reports
https://www.nature.com/articles/s41598-024-61534-0
14, Article number: 10803 (2024)

関連論文

Wilson TM, Takahashi J, Spichiger SE, Kim I, Van Westendorp P (2020) First reports of Vespa mandarinia (Hymenoptera: Vespidae) in north America represent two separate maternal lineages in Washington state, United States, and British Columbia, Canada. Annals of the Entomological Society of America 113: 468–472.

専門用語

  • 近交弱勢:近親交配を繰り返すと、劣性遺伝子として隠蔽されていた有害遺伝子がホモ接合化し、その有害な効果が表現形質として現れることで近親交配の家系や個体群サイズの小さい集団の適応度が低下する。一般的に絶滅リスクが高くなる。
  • ROH:Long runs of homozygosityは個体のゲノム内で連続するホモ接合体(homozygous)ゲノムのサイズのこと。両親から同一のハプロタイプが継承されると長いゲノム領域でホモ接合型となる。ROHの値は近親交配や劣性遺伝の程度を予測することができる。
  • SNP:Single Nucleotide Polymorphism(一塩基多型)は個体のゲノム間で一塩基の異なっている部分のこと。
  • 外来種:意図的・非意図的を問わず人為的にもともと生息していない地域に生物を移動させることにより生息するようになった生物種のこと。
  • 集団ゲノミクス:同種や近縁種の個体群について多数の個体のゲノムを解析し、環境適応にかかわる遺伝的背景や、種や集団の進化史を解明する研究分野。
  • 個体群:繁殖可能な地域内に生息する同種の個体のすべてを含んだもの。
お問い合わせ先
京都産業大学 広報部
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
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