葉の形を変えて水中で生き延びる植物の謎を解明 !!水陸両生植物Rorippa aquaticaのゲノム解読と異形葉性のメカニズム

2024.04.18

京都産業大学生命科学部 木村成介教授らの研究グループは、水陸両生植物Rorippa aquatica(ロリッパ・アクアティカ)を用いて、植物ホルモン・エチレンが水没という環境変化に作用し、葉の形が変わる、という「異形葉性のメカニズム」を突き止めました。
今回の研究成果により、植物に備わっている能力を用いることで、環境変動下でも持続的に生産が可能な農業の実現につながることが期待されます。
 

リリース日:2024-04-18

発表論文

「A chromosome-level genome assembly for the amphibious plant Rorippa aquatica reveals its allotetraploid origin and mechanisms of heterophylly upon submergence」
(水陸両生植物Rorippa aquaticaの染色体レベルのゲノム解読の結果から、異質4倍体起源と水没に応答した異形葉性のメカニズムが明らかになった)

本件のポイント

  • Rorippa aquaticaは、陸上でも水中でも生育できる水陸両生植物で、陸上と水中で葉の形を大きく変える異形葉性という興味深い性質を持つ。この植物は水没に応答して葉身が針状になった葉をつくることで、水中でも生き延びることができると考えられている。
  • 本研究では、水陸両生植物としては世界で初めてとなるR. aquaticaの染色体レベルでのゲノム解読に取り組み、その結果から異形葉性の仕組みを解明することを試みた。
  • ゲノム解読に成功した結果、この植物が進化によって異質4倍体となったことを示すことができた。また、遺伝子レベルでの研究を実施するための基盤が整った。
  • 得られたゲノム情報を活用した遺伝子発現解析の結果から、R. aquaticaが水没すると、逃げ場を失った植物ホルモン「エチレン」が植物体内に蓄積し、蓄積したエチレンが葉身の成長を抑えることで葉の形が針状に変わる、というメカニズムで異形葉が生じることがわかった。
  • 本研究の成果のように植物が環境の変化に機敏に応答して自らの性質を変化させる仕組みを知ることができれば、気候変動から植物を護る方法や、環境が変化しても生産性が落ちない農作物の実現を考えるうえで有用な手がかりが得られる。

概要

京都産業大学の坂本智昭博士研究員、木村成介教授らの共同研究グループは、水陸両生植物Rorippa aquatica(ロリッパ・アクアティカ)のゲノム解読に成功しました。得られたゲノム情報を活用した遺伝子発現解析の結果から、水没という環境変化が植物ホルモンであるエチレンを介して機敏に感知され、葉の形成に関わる遺伝子の発現が抑制されることで葉の形が変わる、という「異形葉性のメカニズム」を突き止めました。本研究の成果を応用すれば、植物自身が持つ環境変化に応答する適応能力を用いることで、環境変動下でも持続的に生産が可能な農業を実現できると期待されます。この成果はSpringer Nature社が発行する国際学術雑誌Communications Biology(2024年4月18日(木)PM 18:00付(日本時間) )に掲載されました。

背景

今から約4億5千万年前、生物進化の過程で水中藻類から分岐したものが陸地に進出しました。これが現在、陸地に繁栄している陸上植物の起源です。陸上植物は、上から降り注ぐ光を効率的に受けて光合成をするため扁平な葉を持つのが普通です。ところが陸上植物の一部には再び水中環境に進出したものがあり、一般に水草と呼ばれています。水草の多くは、葉身が細かったり、切れ込みの深い葉を持ちます。これは、水の流れを受け流したり、表皮からの拡散によって行われるガス交換の効率を高めるのに役立っています。自然界に見られる葉の形が多様なのは、植物が生育する環境に応じて進化してきた結果だと考えられているのです。
さて、植物種の中には、陸上でも水中でも生育できるグループがいます。これを「水陸両生植物(amphibious plant)※1」と呼びます。水陸両生植物は河川や湖沼などの水辺に生育していて、水没すると水草のように、また干上がると再び陸上植物のようになって生き延びることができます。水陸両生植物の環境応答能力には目を見張るものがあり、その性質を遺伝子レベルで明らかにできれば、植物の持つ高い能力の解明だけでなく、環境変動に強い植物の作出にも役に立つはずです。
アブラナ科植物の一種である「Rorippa aquatica※2(ロリッパ・アクアティカ、以下R. aquaticaと略称)」は北米大陸原産の水陸両生植物で、「異形葉性」という興味深い性質を持ちます。この植物は、陸上では幅広の葉を発生しますが、水没すると葉身が針のようになった、水中生活により適した形の葉を発生します(図1)。このような異形葉性は、現象としては水陸両生植物でよく観察されてきましたが、どのように水没を感知して葉の形を変化させているのかという仕組みについては、これまでわかっていませんでした。


研究成果

R. aquaticaのゲノム解読による進化の起源の推定

これまで、水陸両生植物でゲノム※3が解読されている種はありませんでした。そこで、本研究では、水陸両生植物のR. aquaticaのゲノム解読を行いました。まず、染色体ペインティング法※4(Chromosome painting)という染色体※3を塗り分けて可視化する方法で、R. aquaticaの染色体構造を解析しました。その結果、R. aquaticaの染色体は倍化※3しており、また、一部の染色体が融合していることがわかりました(図2)。
そこで、Hi-C法※5により、R. aquaticaのゲノム配列を解析しました。その結果、染色体15本、ゲノムサイズ約440 Mbpのゲノム配列を解読することに成功しました(図3)。また、近縁の植物とゲノム配列や染色体構造を比較することで、R. aquaticaは、進化の過程において起源となる2種類のRorippa属植物が交雑することで成立した異質4倍体植物※3であることを明らかにしました(図4)。
以上のゲノム解読により、R. aquaticaという種の成立過程が明らかとなりました。また、この成果は遺伝子レベルでの研究を進めるための研究基盤が整ったことも意味します。

異形葉性のメカニズムの解明

気中(陸上)で生育させたR. aquaticaは、葉身が幅広い葉(気中葉)を作ります(図1左)。一方、水中で生育させたR. aquaticaの葉は針のようになります(水中葉)(図1右)。そこで本研究では、この異形葉性のメカニズムを解明するため、気中で育てたR. aquaticaを水没させて、葉の形がどのように変化するかを経時的に観察しました。その結果、水没4日後という早い段階で若い葉の形の変化が見られることがわかりました。このように成長中の若い葉の形を針状の水中葉へ素早く変化させることにより、R. aquaticaは、水没しても問題なく成長を継続することができるということが判明しました。
本研究ではさらに、R. aquaticaの異形葉性の仕組みを詳しく知るために、植物体全体を水没させる前と後でそれぞれどのような遺伝子が働いているかを比較しました。分析にあたっては、「RNA-seq解析※6」を利用し、今回解読したゲノム情報を活用しました(図5)。
その結果、植物ホルモンである「エチレン※7」に関係する遺伝子群の発現が水没した後では大きく上昇していました。そこで、陸上で育てているR. aquaticaにエチレンを添加したところ、陸上にもかかわらず水中葉の形成が促進されました(図6)。また、水没後、葉の表裏の形成に関わる遺伝子であるKANHD-ZIPIIIなどの発現が抑制されていることがわかりました(図7)。葉の発生過程で扁平な形の葉身になるためには、葉がまだ若い時期に表と裏が決定してその間の部分が成長する必要があることから、エチレンが葉の形を決めるための鍵となっていることが分かりました。
エチレンは水に不溶性の気体なので、植物を水没させると逃げ場を失って植物の体内に蓄積されます。R. aquaticaでは、この蓄積したエチレンが、KANHD-ZIPIIIなどの遺伝子発現を抑制することで、葉身の成長が抑制され、葉の形が針のようになると考えられました。つまり、我々は「植物が水没するとエチレンが体内に蓄積し、KANHD-ZIPIIIなどの葉の表裏の決定に必要な遺伝子の発現を抑制することで、水中葉への変化が素早く起こる」ことを突き止めました(図8)。このように水中葉形成のメカニズムを遺伝子レベルで明らかにしたのは、世界で初めての成果です。

今後の展望

本研究で、水陸両生植物が水没などの環境変動にどのように応答しているのか、その一端を明らかにすることができました。近年、地球温暖化に伴う大規模な環境変動が人類を脅かす危機として顕在化しています。とりわけ洪水が頻発し、農業生産に甚大な被害を与えると予想されています。今後も研究を進展させ、水位の変動が激しい環境への植物の適応機構の詳細を明らかにすれば、その成果を応用することで、洪水が多発するような劣悪環境での農業生産性の向上や陸上生態系の保護などに寄与できるでしょう。

責任著者コメント

地面に根を張っている固着性の生活をしている植物は、もしも環境が悪化しても逃げることができません。植物には静的なイメージがあるので、周囲の環境の変化に動的に応答しているようには感じないかもしれませんが、実は、移動できないからこそ、環境の変化に応じて機敏に性質を変えることで生き延びているのです。本研究では、水陸両生植物R. aquaticaのゲノムを解読することで、変動環境での植物の生存戦略を遺伝子レベルで研究する基盤を整えることができました。そして実際に、R. aquaticaがどのように水没を感じ取り、葉の形を変化させているかを明らかにすることができました。今回の成果を取っ掛かりにして、植物がいかに巧みに環境変化に応答しているのかについてさらに研究を進め、将来的に地球温暖化などへの対策にもつながる成果を出していきたいと思っています。

用語・事項の解説

1. 水陸両生植物

気中でも水中でも生育できる植物。気中と水中で葉の形や性質を大きく切り替える能力があるため、どちらの環境でも生育できる。

2. Rorippa aquatica

アブラナ科イヌガラシ属の水陸両生植物。水没すると葉の形や性質を大きく変化させる。責任著者らの研究室により、水陸両生植物のモデルとして開発され、植物の水環境への適応機構の研究に利用されている。

3. ゲノム、染色体、2倍体、倍化、異質4倍体生物

ゲノムとは、ある生物が持つ遺伝情報の全体を指す。遺伝情報は、細胞の核の中にあるDNAという化学物質に書き込まれている。DNAがヒストンというタンパク質と結合して折りたたまれてできる棒状の構造体を染色体という。多くの生物は、体細胞に2本で一対となる複数の染色体を持つため、2倍体と呼ばれる。例えばヒトの場合、23対(46本)の染色体を持つ。細胞分裂の異常や雑種の形成など、さまざまな要因で体細胞に含まれる染色体の数が2倍になることがあり、これを倍化という。異なる2種の祖先種からの雑種形成により染色体数が倍化した生物を異質4倍体生物という。

4. 染色体ペインティング法

蛍光標識したDNAを用いることで、染色体の構造を可視化する方法。本研究の場合、近縁のモデル植物シロイヌナズナの既知のDNAを蛍光標識したDNAを使うことで、R. aquaticaの染色体構造を可視化した。

5. Hi-C法

次世代シークエンサー※8を用いて、核内の空間的に近い位置にあるゲノム領域を網羅的に検出する方法。さまざまな目的で利用されるが、本研究では、染色体スケールのゲノム配列情報を得るために使われた。

6. RNA-seq解析

細胞内のmRNAを取り出し、次世代シークエンサーを用いて網羅的に配列を解析することで、転写されている遺伝子(発現遺伝子)を同定する方法。解析対象の生物が持つ全遺伝子の発現情報を一度に得ることができる。

 

7. エチレン

植物ホルモンの一種で、可燃性の気体である。ポリエチレンなど様々な化学工業製品の原材料にもなる。りんごから出るエチレンがバナナの追熟に働くことで有名。

8. 次世代シークエンサー

DNAの配列を高速かつ大量に読むことができる配列解析装置(シークエンサー)。2000年代に入って性能が飛躍的に向上した次世代シークエンサーが登場したことで、それまでは非常に難しかった全ゲノム解析が研究室内でも実施できるようになり、生命科学に大きな革命をもたらした。

 

論文情報

論文タイトル A chromosome-level genome assembly for the amphibious plant Rorippa aquatica reveals its allotetraploid origin and mechanisms of heterophylly upon submergence
(水陸両生植物Rorippa aquaticaの染色体レベルのゲノム解読の結果から、異質4倍体起源と水没に応答した異形葉性のメカニズムが明らかになった)
掲載誌 国際学術誌  Communications Biology (Impact Factor: 5.9)
掲載日 2024年4月18日(木)PM 18:00(日本時間)
著者 (1筆頭著者、2責任著者)
1Tomoaki Sakamoto, Shuka Ikematsu, Hokuto Nakayama, Terezie Mandáková, Gholamreza Gohari, Takuya Sakamoto, Gaojie Li, Hongwei Hou, Sachihiro Matsunaga, Martin A. Lysak, and 2Seisuke Kimura
DOI 10.1038/s42003-024-06088-7

研究者一覧

  • 木村成介:京都産業大学生命科学部産業生命科学科/京都産業大学植物科学研究センター教授
  • 坂本智昭:京都産業大学植物科学研究センター博士研究員
  • 池松朱夏:京都産業大学植物科学研究センター博士研究員
  • 中山北斗:東京大学大学院理学研究科助教
  • Terezie Mandáková:マサリク大学(チェコ)Central European Institute of Technology研究員
  • Gholamreza Gohari:マラーゲ大学(イラン)園芸学部 教授
  • 坂本卓也:神奈川大学理学部 准教授(元東京理科大学理工学部 講師)
  • Gaojie Li:中国科学院水生生物研究所 助教
  • Hongwei How:中国科学院水生生物研究所 教授
  • 松永幸大:東京大学大学院新領域創生科学研究科 教授(元東京理科大学理工学部 教授)
  • Martin A. Lysak:マサリク大学(チェコ)Central European Institute of Technology教授

※所属先は2024年4月1日現在

謝辞

本研究は、文部科学省および日本学術振興会の科学研究費補助金(21H02513, 20H05911, 22H00415)、文部科学省の私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1511023)の支援を受けて実施しました。

参考図

図1 Rorippa aquaticaの異形葉性
図2 染色体ペインティング法による染色体構造の解明
図3 Hi-C法による染色体レベルのゲノム解読
図4 R. aquaticaの異質4倍体の成立
図5 RNA-seqによる遺伝子発現解析
図6 エチレンが葉の形に与える影響
図7異形葉性のメカニズム
お問い合わせ先
内容について:京都産業大学生命科学部 木村 成介 教授
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
E-Mail: seisuke@cc.kyoto-su.ac.jp

取材について:京都産業大学 広報部
Tel.075-705-1411
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