熱帯・中高緯度変動の共働が引き起こした「令和3年8月の大雨」
2023.12.14
令和3(2021)年8月は日本周辺域に前線が停滞し、まるで梅雨が戻ったような持続的な大雨が発生しました。この要因について、熱帯と中高緯度の遠隔影響が共に作用する共変動メカニズムを解明しました。本成果は亜熱帯気候力学の幕開けを告げるものであり、季節予報の精度向上が期待されます。
日本周辺地域では夏季に前線が停滞し、これに伴って持続的な大雨が発生することがあります。この現象は地球規模の大気や海洋の変動と密接に関連していることが知られています。その要因としては、大きく分けて熱帯域と中高緯度域からの遠隔影響がそれぞれ指摘されてきました。しかし、両者の連動性については十分に明らかにされていませんでした。
本研究では、西日本から東日本の広い範囲で大雨となり、記録的な自然災害を引き起こした「令和3(2021)年8月の大雨」事例を対象に、熱帯と中高緯度からの遠隔影響が連動して大雨をもたらしたメカニズムをコンピューターシミュレーションなどによって解明しました。
この大雨期間には、オホーツク海高気圧、朝鮮半島上空のトラフ(気圧の谷)、北西太平洋亜熱帯高気圧の三つの高/低気圧が南北方向に並び、その勢力を強めていました。
観測データや全球大気データ、最新の寒冷渦指標、数値モデルを用いた解析の結果、上空に発生していたブロッキング高気圧によって小さな寒冷渦が朝鮮半島付近に集中するプロセスや対流圏上層の高気圧が誘起する地表付近の大気の流れが、隣り合うこれら三つの高/低気圧を結び付ける要素になっていたことが分かりました。これに加えて、熱帯域内の積雲対流によっても北西太平洋亜熱帯高気圧が強められていたことが分かりました。こうした熱帯・中高緯度変動の共働によって日本付近で水蒸気の集中や上昇気流が生じ、大雨が持続して発生したと結論付けました。
本研究は水蒸気輸送に重要な役割を担った北西太平洋亜熱帯高気圧の形成・維持メカニズムについて、熱帯域の波動力学と中高緯度域の準地衡風力学の両方の視点から解明しました。これらの成果は亜熱帯気候力学の幕開けを告げるものであり、このような大気の大規模な流れの生じる要因を深く検討することで、異常気象の理解や季節予報の精度向上に貢献することが期待されます。
研究代表者
筑波大学生命環境系
植田 宏昭 教授
新潟大学自然科学系(理学部)
本田 明治 教授
京都産業大学理学部 宇宙物理・気象学科
高谷 康太郎 教授
研究の背景
夏季の日本周辺地域においては、前線が停滞し、それに伴って大雨が持続的に生じることがあります。その結果引き起こされた自然災害は、社会に甚大な影響を及ぼします。こうした大雨の発生は地球規模の大気や海洋の変動と密接に関連していることが知られており、これまでの研究では大きく分けて熱帯域からの遠隔影響と中高緯度域からの遠隔影響がそれぞれ指摘されてきました。しかしながら、こうした熱帯と中高緯度に位置する要因間の関連性や連動性については十分に明らかにされていませんでした。
令和3(2021)年8月は記録的な大雨が続き、まるで梅雨が再び出現したような気候状態になりました。本研究では、この「戻り梅雨」のような事例を対象に、熱帯・亜熱帯地域と中高緯度地域に位置していた大雨のさまざまな要因が連動したメカニズムについて、観測データや全球大気再解析データ、最新の寒冷渦指標※1、渦位の逆変換※2、数値モデルなどを用いて調査しました。
研究内容と成果
図1に2021年8月の大雨期間(8/5~20)の対流圏下層と中層の低気圧/高気圧の配置を示します。オホーツク海高気圧、朝鮮半島トラフ、北西太平洋亜熱帯高気圧が北から南に並んでいることが分かります。本研究ではこれらをまとめた「南北3極子構造」に着目し、それぞれを結ぶ力学メカニズムを解析しました。その結果、以下のような一連のプロセスで南北3極子構造が形成・維持されたことを明らかにしました。
オホーツク海高気圧の形成に伴って、東シベリア上空にはブロッキング高気圧※3が発生しました。このブロッキング高気圧によって、対流圏上層の総観規模の渦(小さな寒冷渦やトラフ)が朝鮮半島に移動して集中し(図2)、朝鮮半島トラフが深まったと考えられます。
さらにこの朝鮮半島トラフから南東方向に定常ロスビー波※4が伝播することにより、北西太平洋亜熱帯域の対流圏上層に高気圧偏差が形成されました。この上層の高気圧偏差はその下層の地表面付近に高気圧性循環を誘発し、その東風偏差は日本の南東海上で海洋側の比較的冷たい空気を運び込むことで下層の北西太平洋亜熱帯高気圧を強めるように働きました(図3)。この時、高気圧偏差の軸は下層から上層に向かって北に傾いています。加えて、熱帯対流活動の季節内振動※5による大気の加熱・冷却の組み合わせによっても北西太平洋亜熱帯高気圧は強化されていたことも分かりました(図4)。
このように対流圏上層の小さな渦の動きや波の伝播、上層から下層へのフィードバックによって結び付いた南北3極子構造の循環偏差によって、熱帯域から日本付近への水蒸気の輸送と上昇流が生じやすい場が形成されたことで、2021年8月の持続的な大雨が生じたと結論付けました(図5)。





今後の展開
この南北3極子構造は梅雨期の大雨時にも共通する特徴的な大規模循環場です。他の過去の大雨事例にも今回提案したメカニズムと同様なものが内在しているのか、近い将来に発生する大雨ではどのように変化するのかなど、減災・防災に向けてさらなる研究が待たれます。また、水蒸気の輸送に重要な役割を担った北西太平洋亜熱帯高気圧が位置する亜熱帯地域は、大気力学分野で各々独自に成熟した熱帯域の波動力学と中高緯度域の準地衡風力学の両方から理解することができます。しかしながら、これまでそれらの連動性については十分考慮されず、遠隔影響の観点においてもいずれか片方のみに着目し考察することが多い状況にありました。本研究グループは、こうした状況を見直し、「亜熱帯気候力学」として再整理する必要があると考えています。
用語解説
※1 寒冷渦指標:大気の等圧面データから寒冷渦/トラフを検出する手法。Kasuga et al. (2021)によって新たに提案された。寒冷渦/トラフとは、対流圏の中上層に発生する冷たい空気を伴った低気圧性の渦や気圧の谷のことを指す。この指標では等圧面データの幾何学的な凹み具合を用いて寒冷渦やトラフを連続的に検出することができる。
※2 渦位の逆変換(PV inversion):空気塊の渦極性と安定性を示す渦位(potential vorticity)の性質を利用し、一部の渦位を逆変換し、周囲の流れの場を推定する手法。本研究では、対流圏上層200hPaの渦位(地衡風渦位)を逆変換することで、対流圏上層の渦が地表面付近に作る流れを推定した。
※2 渦位の逆変換(PV inversion):空気塊の渦極性と安定性を示す渦位(potential vorticity)の性質を利用し、一部の渦位を逆変換し、周囲の流れの場を推定する手法。本研究では、対流圏上層200hPaの渦位(地衡風渦位)を逆変換することで、対流圏上層の渦が地表面付近に作る流れを推定した。
※3 ブロッキング高気圧:中高緯度対流圏において偏西風の蛇行や分流に伴い発生する高気圧。ひとたび発生すると長期間停滞する。
※4 ロスビー波:地球上に存在する大規模な波動で、自転によって生じるコリオリの力の南北勾配によって生じる。
※5 熱帯季節内振動:熱帯域において活発な積乱雲群が東に向かって移動するマッデン-ジュリアン振動(MJO)や夏のインド洋~熱帯北西太平洋域を北東方向に移動するboreal summer intraseasonal oscillation(BSISO)などがある。
参考文献
Kasuga, S., M. Honda, J. Ukita, S. Yamane, H. Kawase, and A. Yamazaki, 2021: Seamless detection of cutoff lows and preexisting troughs. Monthly Weather Review, 149(9), 3119-3134.(プレスリリース:https://www.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/09/210915rs.pdf)
研究資金
本研究は、文部科学省・科学研究費補助金「梅雨前線の形成・変動の理解に向けた新しい気団形成論の構築」の支援を受け実施されました。
掲載論文
題 名 | Coherent amplification of the Okhotsk high, Korean trough, and northwestern Pacific subtropical high during heavy rainfall over Japan in August 2021 (2021年8月の大雨期間におけるオホーツク海高気圧、朝鮮半島トラフ、北西太平洋亜熱帯高気圧の同時増幅) |
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著者名 | 倉持将也※ (筑波大学理工情報生命学術院)、植田宏昭 (筑波大学生命環境系)、井上知栄 (筑波大学生命環境系)、本田明治(新潟大学自然科学系(理学部))、高谷康太郎(京都産業大学理学部宇宙物理・気象学科) ※責任著者 |
掲載誌 | Progress in Earth and Planetary Science |
掲載日 | 2023年12月6日 |
DOI | 10.1186/s40645-023-00598-4 |
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京都産業大学 広報部
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