【情報理工学部】コントラストに合わせて信号伝達する特徴の細かさを瞬時に調節し、 脳内の画像情報伝達を最適化する仕組みを解明

情報理⼯学部の⽥中 宏喜 教授と澤田 凌平さん(2022年 情報理工学部卒)は、脳視覚野の細胞が画像のコントラストに合わせて、信号伝達する特徴の細かさを瞬時に調節していることや、その計算過程を今回初めて明らかにしました。この成果は、脳の視覚情報処理の仕組みの理解を深めるとともに、効率の良い画像処理システムの開発につながる可能性があります。本研究は大阪大学で収集された実験データをもとに解析が行われ、研究成果は9月14日付けで国際学術誌Journal of Neuroscienceの電⼦版に掲載されました。

本研究は、情報理⼯学部教員を中⼼とする京都産業⼤学先端科学技術研究所ヒューマン・マシン・データ共⽣科学研究センターの研究活動の⼀環としても実施しました。

研究背景

脳視覚系の重要な課題の⼀つは、絶えず変化する視覚環境にたいして最適な情報伝達を⾏うことです。脳内で画像情報は、最初の処理部位である第⼀次視覚野(V1 野)で、様々な向き、細かさ、位相の縞状の輪郭特徴(図1 に例を⽰す)に分解されて伝達されており、このとき個々の神経細胞は、⾃分が担当する範囲の細かさや向きの特徴だけを伝えます。このような特性をチューニングといいます。外界の正確な認識のためには画像情報は詳細に伝達されることが望ましいわけですが、⾃然界の光景では細かな特徴ほど信号は弱くなります。そこで、細胞は、刺激のコントラスト(明暗の差異)に合わせてチューニング範囲を変化させており、全体として信号の弱い低コントラストでは、刺激情報を頑強に伝達するために、(信号の強い)粗い特徴のほうにチューニングをシフトし、⾼コントラストでは、詳細な画像情報伝達のために、細かい特徴のほうへチューニングをシフトします。図2の上図は、⾼コントラストの画像(左)にたいし、ある細かさレベルの特徴にチューニングした細胞集団で伝達される画像情報をコンピュータ上で再現したもの(右)で、この集団は⽐較的細かな特徴も伝達しています。これにたいして、図2 の下には、同⼀細胞集団が、画像が低コントラストのときに伝達している画像情報の再現です。細胞集団の細かさにたいするチューニングが変化して、画像をより粗く伝達している様子を示しています。

コントラストは⽬を動かすたびに(1秒間に3、4回)変わりうるので、この調節は迅速に⾏われる必要があります。細胞がチューニングの変化を⽰すことはこれまでにわかっていましたが、この調節がどれくらい早く、またどのような仕組みで⾏われているのかはわかっていませんでした。

研究概要

V1野の細胞の受容野に図3のような縞刺激を瞬間的に呈⽰した場合、細胞はそれからおよそ20~100ミリ秒後の短い期間だけ応答します。いくつかのコントラストで、様々な細かさの縞にたいする実際の神経細胞の応答データを解析し、細胞の縞の細かさにたいするチューニングが、この短期間のうちに時間変化するのかを調べました。図4 に典型的な細胞の例を模式的に⽰します。横軸に縞の細かさを表す空間周波数(細かいほど⼤きい値をとる)、縦軸に細胞の応答量をとり、細胞がどの細かさに応答するのかを線で表したグラフ(チューニング)を、早い時間から後の時間にかけて⽰しています(図4左列)。⾚が⾼コントラスト、緑が低コントラストの場合です。初期の時間帯では、細胞が応答する縞の範囲にコントラスト間で差はみられませんでした。しかし⾼コントラストでは、時間とともに、細かな特徴に反応するよう変化していきました。低コントラストではそのような変化はみられませんでした。各時間のチューニングカーブの時間平均をコントラストごとに求めたところ、コントラストによってチューニングは⼤きく異なっていました(図4右)。以上のことは、通常ものをみているとき、視覚野細胞は、刺激のコントラストに合わせて、100ミリ秒以内にチューニングを変化させて、低コントラストでは粗い特徴、⾼コントラストでは細かい特徴を優先処理していることを⽰しています。

今後の展開

さらに詳細なデータ解析を行なった結果、この調節には網膜や視床など眼から脳までの中継部位よりも、脳視覚野の抑制回路がより大きく関与している可能性が高いと考えられます。この神経回路の実体や、そこでの計算過程を調べていくことが今後の課題の一つになります。

脳のメカニズムに関する知⾒は、コンピュータービジョンに応⽤することで、⼈々の⽣活、産業、社会の発展に⼤きく寄与してきました。最近のAIの物体認識や画像⽣成は、驚くほど⾼性能ですが、これらは脳視覚系の神経回路を模倣することで実現されてきたものです。本研究の成果を、コンピュータビジョン上で実現する研究を進めることで、より効率のよい画像処理システムの開発につながることが期待できます。

論文

タイトル Dynamics and mechanisms of contrast-dependent modulation of spatial-frequency tuning in the early visual cortex
掲載誌 国際学術誌 Journal of Neuroscience (電⼦版)
掲載日 2022年9月14日
著者 Hiroki Tanaka, Ryohei Sawada
DOI JN-RM-2086-21
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