彗星の酸素輝線の謎を解明

2022.05.21

京都産業大学 神山天文台の研究グループは、彗星が太陽紫外線放射を浴びることで発する「酸素原子オーロラ輝線(酸素輝線)」の原因が、従来その主な原因と考えられてきた「ライマン・アルファ輝線」よりも高いエネルギーの光子であることを突き止めました。また、本研究によって得られた理論的知見により、彗星「核」の氷成分として最も重要なH2OとCO2の成分比を、より厳密に測定する手法の確立に見通しが開けました。
今回の研究成果は「酸素原子オーロラ輝線の起源」に関する議論に終止符を打つものであり、小天体の地上観測手法を飛躍的に改善させる重要な知見となることが期待されます。
 

リリース日:2022-5-21
 

本件のポイント

  • 彗星は太陽紫外線放射を浴びることで赤や緑色の「酸素原子オーロラ輝線(酸素輝線)」を発します。従来、その主な原因は、太陽紫外線放射の非常に強い成分である「ライマン・アルファ輝線」であると考えられてきました。今回我々は、理論面での再検討と過去の観測データの詳細な分析とから、実際にはその原因が、「ライマン・アルファ輝線よりも高いエネルギーの光子」であることを突き止めました。
  • また、本研究によって得られた理論的知見により、彗星「核」の氷成分として最も重要なH2O(水)とCO2(二酸化炭素)の成分比を、より厳密に測定する手法の確立に見通しが開けました。
  • 本研究成果は、彗星科学において40年間にわたって続いていた「酸素原子オーロラ輝線の起源」に関する議論に終止符を打つものであり、小天体の地上観測手法を飛躍的に改善させる重要な知見となるでしょう。

背景

彗星や小惑星などの「小天体」は“始原天体”や“太陽系の化石”とも呼ばれ、太陽系研究において重要な天体です。小天体には、太陽系が誕生した46億年前の情報が現在でも保持されていると考えられています。小天体を研究することは、太陽系や地球生命の起源を探求することでもあります(宇宙航空研究開発機構/JAXAの探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウのサンプルを採取して帰還したのは記憶に新しいところでしょう)。
リュウグウのような小惑星は岩石質の小天体ですが、彗星は氷を主成分とします。彗星の「核」は氷およびダスト(塵)から成り、太陽に近づくと氷が昇華して、ダストやガスを周囲に撒き散らします。これらのガスやダストの広がりが「コマ」と呼ばれる部分です(図1)。
この核が彗星の本質であり、その組成を分析することが、彗星研究の大きなテーマのひとつです。彗星氷はH2O(水)が主成分であり、以下CO2(二酸化炭素)、CO(一酸化炭素)などの成分が含まれています。彗星が形成された約46億年前の太陽系誕生期の情報を得るには、これらの組成比を調べることが重要です。
通常、コマ中の各種分子は太陽光を受けるとそのエネルギーを吸収・再放出し、これが彗星を発光させている一因なのですが※1、主成分であるH2O分子の発光は、地上からは可視光線で観測することがほとんどできません(地球大気そのものがH2Oを多く含むためです)。そこで従来研究では、彗星H2Oの量を推定するために、H2Oが太陽紫外線を受けて壊れる「光解離(ひかりかいり)反応」により生じた「(電子的に励起された)エネルギーの高いO原子」の発する特殊な発光を手掛かりにしてきました(図2)。この酸素原子による発光は、地球のオーロラに見られるもので「酸素原子オーロラ輝線」とも呼ばれます※2。この「酸素原子オーロラ輝線」には緑色と赤色があるのですが、彗星H2O量を測定する際には、彗星において強く発光する赤色輝線を利用してきました。
ところで、酸素原子オーロラ輝線が彗星H2O分子を起源としているという考えには、説明困難な問題がひとつありました。
「光解離反応」の要因は、太陽スペクトル中のライマン・アルファ輝線と呼ばれる非常に強いエネルギーの光子です(図3)。約40年前、Festouによる1980年代の先駆的な研究 以来、ライマン・アルファ光子によってH2Oが壊された際に生じたO原子が得る余剰エネルギーは、赤色輝線を発するO原子よりも緑色輝線を発するO原子の方が小さく、赤色輝線よりも緑色輝線の方が輝線の波長幅は狭くなるはず、と考えられてきました(図4、図5)。しかし2000年代になって、まったく逆の結果、つまり赤色より緑色の方が幅広いことを示す観測結果が次々と得られるようになってきたのです(Cochran 2008 など)。この矛盾が解消されない限り、そもそも、酸素原子オーロラ輝線の起源が彗星H2O分子であるという考えから疑わなくてはなりませんし、酸素原子オーロラ輝線を手がかりにして彗星H2O量を測定してきた従来手法に問題がある、という疑念を抱かざるをえません。このように、彗星の酸素原子オーロラ輝線の問題は、彗星科学の根底をゆるがしかねないものだったのです。

研究成果

今回、京都産業大学神山天文台(河北秀世台長)は、彗星における酸素原子オーロラ輝線の輝線幅問題の解決を図るべく、最新の実験研究成果をもとに、太陽紫外線によるH2O分子の光解離現象について再検証を行いました。その結果、「H2O分子は、太陽紫外線スペクトル中のライマン・アルファ輝線によって光解離される」という考えは、酸素原子の発する赤色輝線については正しいけれども、緑色輝線については間違っていたことが分かりました。緑色輝線の輝線幅が赤色輝線よりも幅広いことについては、本研究で改めて行った理論計算から自然に導き出され、従来の観測結果とも矛盾しません。またこの研究結果から、赤色輝線を用いてきた従来の彗星H2O量の推定については、大きな問題は無いことも確認できました。

1  Festou (1981), Astronomy and Astrophysics, vol. 96, no. 1-2, Mar. 1981, p. 52-57.
2  Cochran (2008), Icarus, Volume 198, Issue 1, p. 181-188.

これまで、理論的な化学計算や詳しい実験の結果から、「H2O分子のエネルギーとライマン・アルファ光子のエネルギーを加えた値」は、「H2分子とO原子が別々に存在する場合のエネルギー」よりも大きいことが分かっていました。そのため、ライマン・アルファ光子によってH2OはH2分子とO原子に解離すると、余ったエネルギー(ライマン・アルファ光子のエネルギーから解離に必要なエネルギーを引いた残り)が運動エネルギーとなって分子や原子の動きを激しくさせる(活発化させる)と考えられてきました(図4)。その場合、赤色輝線を発する酸素原子(1D状態)を作る反応よりも、緑色輝線を発する酸素原子(1S状態)を作る反応の方が余剰エネルギーは少なくてすむ(そのために輝線の波長幅が狭くなる)と考えられてきたのです(図5)。
ところが昨年、Changら (2021) が、実験室においてH2O分子の光解離により酸素原子の緑色輝線発光を生じさせた場合、光解離で生じたH2分子が大きな振動を示すことを発見しました。Changらはこの発見を、宇宙空間におけるH2分子ガスの赤外線振動発光に関連付けて議論をしていたのですが、神山天文台の研究者は、この実験結果が彗星科学における問題の解決にも応用できることに気づきました。Changらの実験結果を彗星科学の視点で詳細に検討したところ、従来の考えとは異なり、「ライマン・アルファ光子では緑色輝線を発する酸素原子(1S状態)がほとんど作られない」ことが分かったのです。計算結果は、ライマン・アルファ光子よりもエネルギーの大きな(波長の短い)光子が、緑色輝線を発する酸素原子(1S状態)の生成に重要な寄与していることを示しています(図6)。神山天文台では、この事実に基づいて光解離反応に関する詳細な計算を行い、太陽光による光解離反応率(反応の起きやすさ)や同反応によって生じる余剰エネルギーを求めたところ、これまで彗星で観測された「緑色輝線と赤色輝線の強度比」および「緑色輝線、赤色輝線の波長幅」を矛盾なく説明しうるという結果が得られました。ここに、彗星におけるオーロラ輝線発光の起源が提案されて以来40年間以上にわたって彗星研究者を悩ませてきた酸素原子オーロラ輝線の謎が解明されたのです。


今後の展開

彗星における酸素原子オーロラ輝線は主な起源がH2O分子の光解離ですが、CO2の光解離によって生成される酸素原子もオーロラ輝線を発光します。ただし、H2Oの場合と比べて「緑色輝線と赤色輝線の強度比」および「緑色輝線、赤色輝線の波長幅」が異なるため、実際にはH2Oの寄与とCO2の寄与が一定の比率で混ざっています。逆に言えば、彗星において観測された輝線強度比や輝線幅から、彗星におけるCO2とH2Oの混合比を精度よく求めることが可能になります。CO2ガスの輝線は地上から直接観測できないため、今後、本手法を活用して求められる様々な彗星の氷成分比は、太陽系が誕生した頃の物質成分や温度を知る手がかりとなります※3。

用語・事項の解説

※1

共鳴蛍光散乱と呼ばれる発光原理で、各種分子の種類によって決まる複数の特定波長で太陽光を吸収・再放出することで発光します。彗星におけるほとんどの分子・原子発光はこの原理です。今回の成果のテーマである酸素原子のオーロラ輝線は、これとは別の発光原理です。

※2

禁制遷移と呼ばれる非常に確率の低い遷移の一種であり、地球のオーロラ発光と同じものですが、彗星と地球では、その起源は異なります。彗星の場合は、H2O分子の光解離が原因と考えられています。

※3

CO2はH2Oについで彗星氷中に豊富と考えられており、CO2/H2O比率は彗星氷ができた環境の温度などによって決まるため、46億年前の太陽系誕生の頃の様子を探るために重要な手がかりとなります。

論文情報

タイトル Photo-dissociation rate, excess energy, and kinetic total energy release for the photolysis of H2O producing O(1S) by solar UV radiation field
(太陽紫外線放射によってH2Oから1S状態の酸素原子を生成する光解離反応における反応率、超過エネルギー、反応生成物の運動エネルギーについて)
掲載誌 天体物理科学雑誌「Astrophysical Journal」(オンライン版)
掲載日 2022年5月21日(土)午前0時(日本時間)
著者 河北 秀世(京都産業大学)
DOI 10.3847/1538-4357/ac67e2

参考図

図1:彗星の模式図。
(クレジット:国立天文台 天文情報センター)
図2:H2O分子の光解離によって生成された酸素原子からのオーロラ輝線発光
図3:太陽紫外線スペクトルとライマン・アルファ輝線
図4:ライマン・アルファ光子(紫色)による光解離(青色)と余剰エネルギー(黄色)
図5:余剰エネルギーの大きさと輝線の波長幅との関係
図6:波長ごとの光解離反応率(反応の起こりやすさ)
お問い合わせ先
内容について:京都産業大学 神山天文台 河北 秀世 教授
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
E-Mail: kawakthd@cc.kyoto-su.ac.jp

取材について:京都産業大学 広報部
Tel.075-705-1411
PAGE TOP