2019/20年の記録的暖冬はインド洋・太平洋の複合効果が原因だった

2021.09.15

2019年12月~2020年2月の日本の平均気温は統計開始以降最も高く、記録的な暖冬でした。熱帯のエルニーニョ現象が暖冬を引き起こすことはよく知られていますが、この年にエルニーニョ現象は発生していませんでした。本研究では2019/20年の東アジアにおける暖冬発生要因について、熱帯大気-海洋からの影響に着目し、観測値を反映させた再解析データと数値モデルを用いて調査しました。
暖冬をもたらした直接的な要因は、東アジアモンスーンの弱化に対応して日本上空に存在する気圧の谷が弱まったこと(高気圧偏差)でした。数値モデル実験を行った結果、海洋大陸(インドネシアやその周辺)領域において対流活動(降水)が平年よりも抑制されたことで偏西風の蛇行を生み、この高気圧偏差が形成されたことが示されました。さらに別の数値モデル実験結果から、海面水温が平年よりも高くなっていた熱帯インド洋西部と熱帯中央太平洋で上昇流が強化された結果、海洋大陸付近ではそれを補うように下降流が卓越し、対流活動が抑制されたというメカニズムが示されました。
つまり、東アジアの暖冬をもたらした海洋大陸領域における対流活動の抑制は、インド洋西部の昇温に対応する「正のインド洋ダイポールモード現象」と中央太平洋の昇温に対応する「エルニーニョモドキ現象」の組み合わせ効果から説明できることが分かりました。

研究代表者
筑波大学生命環境系
植田 宏昭 教授
気象研究所
小林 ちあき 主任研究官
京都産業大学理学部
高谷 康太郎 教授

リリース日:2021-09-15

研究の背景

2019年12月から2020年2月の日本の平均気温は気象庁の1898年冬の統計開始以降最も高く、記録的な暖冬でした。同時に降雪量は最も少なくなり、スキー場は雪不足に悩まされるなど、経済的な影響も生じました。また、東アジアで領域平均した地表面気温も1979/80年の冬以降、最も高温となりました。
こうした異常気象の要因の一つとして、熱帯を起源としたテレコネクション注1)が考えられます。特に、熱帯太平洋東部で海面水温が上昇するエルニーニョ現象は、大気のテレコネクションによって東アジアの暖冬を引き起こす典型的なパターンとしてよく知られています。しかし、2019/20年冬にエルニーニョ現象は発生しておらず、暖冬となった別の要因があると考えられました。気象庁(参考文献[1])は、熱帯からの影響として、積雲対流活動(降水)の、インド洋西部での強化・海洋大陸付近での弱化・中央太平洋での強化を挙げていますが、それぞれの寄与の大きさや対流活動変調の詳細なメカニズムの解明には至っていませんでした。そこで本研究では、2019/20年の東アジアにおける暖冬の発生要因について、熱帯大気や熱帯海洋現象に着目し、それらの影響を調査しました。

研究内容と成果

2019/20年の冬の間、日本上空には高気圧偏差注2)が存在し続けていました。この高気圧偏差は冬季モンスーンの弱化に対応し、東アジアの暖冬の直接的な要因となりました。まずはこの高気圧偏差がどのように形成されたかを調べるため、線形傾圧モデル(LBM)を用いて感度実験を行いました。
気象庁が挙げていた積雲対流活動偏差の3極子構造(インド洋西部の強化、海洋大陸領域の弱化、中央太平洋の強化)それぞれによる加熱・冷却をモデルに与え、日本上空においてどの程度高気圧偏差や高温偏差が再現されるかを調べました。その結果、3極子構造の中では、海洋大陸領域の対流活動の弱化が最も大きく寄与していたことが分かりました(図1)。これは、抑制された積雲対流活動が大気に対して冷源として働き、循環が励起され、偏西風中のロスビー波束注3)の伝播によって高気圧偏差が形成されたと解釈できます。
続いて、さらに要因をさかのぼって、海洋大陸付近の積雲対流活動はどのように抑制されたのかについて、積雲対流と密接な関係にある熱帯海洋現象に着目して調べました。2019/20年冬は、前の夏から続く正のインド洋ダイポールモード注4)現象と太平洋のエルニーニョモドキ注5)現象が顕著に発現していました。そこで、気象研究所の大気大循環モデル(AGCM)を用いて、LBMでの実験と同じ領域で、海面水温の感度実験を行いました。その結果、平年よりも海面水温の高いインド洋西部と中央太平洋で上昇流が強化されたことで、その間の海洋大陸付近では補償的に下降流が卓越し、対流活動が抑制されたことが示されました(図2)。
これらをまとめると、インド洋西部の昇温に対応する「正のインド洋ダイポールモード現象」と中央太平洋の昇温に対応する「エルニーニョモドキ現象」による海洋にまたがった複合的効果で海洋大陸領域の対流活動が抑制され、日本上空に高気圧偏差が形成され暖冬が引き起こされたと説明できます(図3)。
 

今後の展開

2019/20年の冬は東アジアだけでなく、シベリアやヨーロッパを含むユーラシア大陸全体で史上最高気温となりました。今回行った熱帯の積雲対流活動や海洋現象を対象とした数値モデル実験のみでは、このような全球規模の暖冬の要因を全て説明することはできませんでした。これは、全球的に史上最高温となった要因は熱帯だけでなく、中高緯度の現象や長期的な地球温暖化などの様々な時空間スケールの現象が複雑に絡み合った結果であることを示唆します。これらの相互作用を考慮しながら異常気象の要因を解明し、予測や対策に役立てることが本研究チームの目標です。
図1 LBM実験結果
(a)熱帯対流活動(非断熱加熱)偏差の3極子構造すべて、(b)インド洋西部のみ、(c)海洋大陸領域のみ、(d)中央太平洋のみをLBMに与えた時の850hPa気温(陰影;℃)と250hPa流線関数(等値線;106 m2s-1)の応答。紫色の枠は非断熱加熱偏差を与えた領域。(b)、(c)、(d)の中では、(c)「海洋大陸領域のみ」の結果が日本上空において最も高気圧性循環や高温傾向が大きい。
図2 AGCM実験結果
(a)全球、(b)インド洋西部のみ、(c)海洋大陸領域のみ、(d)中央太平洋のみ、の海面水温偏差をそれぞれAGCMに与えた時の降水量(陰影;mm day-1)と850hPa気温(等値線;℃)の応答。紫色の枠は偏差を与えた領域。インド洋西部のみを与えた実験でも、全球実験同様に、海洋大陸付近の積雲対流抑制や日本の高温偏差が再現される。一方で、海洋大陸領域のみの場合、同領域で積雲対流は十分に抑制されず、気温についても観測とは逆の低温傾向となった。
図3 2019/20年の暖冬に対する熱帯インド洋・太平洋からの影響。青矢印は遠隔的な対流の抑制、黒破線矢印は波の伝播を表す。

用語解説

注1) テレコネクション
遠く離れた地域の気象要素が互いに相関を持って中長期的に変動する現象で、遠隔影響とも言う。
注2)    高気圧偏差
”気候”とは日々の天気を長期間平均した状態を指す。この気候からの”ずれ”を偏差として定義し、気候の変動とみなす。今回着目した高気圧偏差は、気候的に冬季の日本上空に定在する気圧の谷(トラフ)の弱化を意味する。
注3)ロスビー波束
ロスビー波は地球上に存在する大規模な大気の波動であり、地球の自転で生じるコリオリ力が緯度によって異なることで発生する。停滞性ロスビー波のエネルギー(波束)の伝播の解析はテレコネクションの理解において非常に重要である。
注4)正のインド洋ダイポールモード
海面水温がインド洋西部で高くなり、インド洋東部で低くなる海洋現象(負のダイポールはこの逆)。直前の2019年秋に発生したインド洋ダイポールは過去最大規模だった。
注5) エルニーニョモドキ
熱帯太平洋の中央部(日付変更線付近)で昇温した海面水温偏差のピークが現れ、熱帯太平洋東部では低温偏差となる海洋現象。発生のメカニズムや地域的に与える影響が熱帯太平洋東部で昇温する通常のエルニーニョ現象とは異なるとされる。参考文献[2]、[3]。

研究資金

本研究は、令和2年度つくば産学連携強化プロジェクト(筑波大学・合わせ技ファンド)の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル Anomalous warm winter 2019/2020 over East Asia associated with
trans-basin Indo-Pacific connections.
(インド洋-太平洋の海盆間結合による2019/2020年の東アジアの異常な暖冬)
著者名 Masaya Kuramochi (筑波大学理工情報生命学術院)、Hiroaki Ueda (筑波大学生命環境系)、
Chiaki Kobayashi (気象庁気象研究所)、Youichi Kamae (筑波大学生命環境系)、and Koutarou Takaya (京都産業大学理学部)
掲載誌 SOLA(#気象集誌JMSJ共同「2017-2021年における東アジアの顕著な気象現象」に関する特集号)
掲載日 2021年8月26日
DOI doi:10.2151/sola.17B-001

参考文献

[1] 気象庁, 2020:「2020年冬の天候の特徴とその要因について~異常気象分析検討会の分析結果の概要~」(令和2年4月14発表)
[2] 山形俊男, 2011: エルニーニョモドキ, 天気, 58, 228-230.
[3] Ashok, K., S. K. Behera, S. A. Rao, H. Weng, and T. Yamagata, 2007: El Niño Modoki and its possible teleconnection. J. Geophys. Res., 112, C11007.

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京都産業大学 広報部
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
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