天文学で探る鉄の起源—100億年前の宇宙における鉄の存在量の推定に成功

2020.12.02

発表者

鮫島 寛明(東京大学大学院理学系研究科 附属天文学教育研究センター 特任助教)
吉井  譲(東京大学 名誉教授/アリゾナ大学 スチュワード天文台 教授)
河北 秀世(京都産業大学神山天文台長・理学部教授)

発表のポイント

  • 東京大学と京都産業大学が共同開発した観測装置を南米チリ共和国の望遠鏡に搭載してクエーサー(注1)の観測を行い、約100億年前の宇宙にどれだけ鉄とマグネシウムが存在していたかを定量的に推定することに成功しました。
  • これまでに行われてきた年老いた星を化石として調べる方法と異なり、遠方のクエーサーを観測することでより直接的に過去の宇宙における金属の存在量を推定することに成功しました。
  • 今後は東京大学が推進しているTAO計画(注2)の一環として大規模な観測を予定しており、宇宙初期ではどのようにして金属が生成されたのか、さらには金属を産み出す星が宇宙で誕生したのはいつか、といった重要な問題の解決を目指します。

発表概要

東京大学の鮫島寛明特任助教を中心とした研究グループは、東京大学と京都産業大学が共同開発した近赤外線高分散分光器WINERED(注3)をヨーロッパ南天天文台(ESO)が所有するチリ共和国の新技術望遠鏡に搭載し、約100億光年離れたクエーサー6天体の分光観測(注4)を行いました。取得したスペクトルに見られる輝線の強度から鉄とマグネシウムの存在量比を推定したところ、宇宙化学進化の理論モデルと一致することが分かりました。宇宙の化学進化研究は主に年老いた星を化石として調査する方法で進められてきましたが、本研究ではクエーサーを使うことでより直接的に過去の宇宙を調査する新しいアプローチを確立できました。
東京大学は現在、世界最高水準の口径6.5mの赤外線望遠鏡を南米のチリ共和国に建設するTAO計画を進めています。望遠鏡が完成した暁には、本研究の延長として最遠方のクエーサーで分光観測を行い、宇宙初期(宇宙年齢10億年未満)における金属合成の様子や、それら金属を産み出す星がいつ、どのようにして生まれたかを明らかにすることが期待されます。

発表内容

鉄は身の回りに豊富に存在し、鉄器という形で人類文明が発展する上で大きな役割を果たしたり、体内で酸素を運搬するヘモグロビンを生成したりと、我々と切っても切れない関係にある重要な金属です。その起源をたどると、星内部での核融合反応で作られ、星の最期である超新星爆発によって宇宙空間にばら撒かれ、それらがガスの形で再び集積し、地球が生まれたと考えられています。したがって宇宙の歴史を振り返ると、鉄を含む金属は過去の宇宙では現在より少なく存在していたことが予想されます。さらには各種の金属の存在量が宇宙の歴史の中でどのように変化してきたかをたどることで、金属の生成源である星の進化史を間接的に調査することが可能になります。これまでの天文学では、宇宙が化学的にどう進化したかを調べるために、化石の役割を果たす古い星の観測を行ってきました。しかし、古い星を使う方法では金属量の大小で間接的にしか年齢を推定できないことや、我々が住む銀河系内の星から得られた結果が他の銀河でも、更には宇宙一般に成り立つとして良いのか、という点に問題がありました。
そこで独立なアプローチとして、我々が住む銀河系の外にある、はるかに遠い天体を観測する方法が考えられます。光の速度は有限なため、100億光年離れた天体を観測することは、100億年前にその天体から放たれた光を直接調べることになるからです。候補となるのは、(恒常的な明るさという点で)宇宙で最も明るいクエーサー呼ばれる天体です。クエーサーを分光観測(注4)することで取得できるスペクトルには様々な金属に起因する輝線が現れ、それを調べることでどのような金属がどれだけ存在しているかを推定できます。クエーサーは紫外線域に多くの輝線を持つことが知られていますが、非常に遠方にあるために赤方偏移(注5)と呼ばれる現象の影響を受け、輝線は近赤外線域で観測されます。本研究では東京大学と京都産業大学が共同開発した近赤外線高分散分光器WINEREDを、ヨーロッパ南天天文台(ESO)が所有するチリ共和国の新技術望遠鏡に搭載し、約100億光年離れたクエーサー6天体の分光観測を行いました。取得したスペクトル(図1)の赤外線域には、鉄とマグネシウムの輝線が見られます。鉄は主に連星系で生成されるのに対してマグネシウム主に大質量星で生成され、それらの存在量比は星の進化史を調査する上で重要な情報になります。従来のクエーサーを用いた研究では、スペクトルに見られる輝線強度の比から定性的な議論をするにとどまっていましたが、本研究ではガスの輝線放射シミュレーションを行うことで存在量比を推定し、宇宙化学進化のモデル計算と定量的な比較ができるようになった点が特長です。本研究の先行研究として、より近傍にあるクエーサーの可視光観測から推定された鉄とマグネシウムの存在量比が理論予測と一致することが報告されていましたが、本研究ではそれがさらに昔の宇宙でも成り立っていることを明らかにしました(図2)。
東京大学は現在、世界最高水準の口径6.5mの赤外線望遠鏡を南米チリ共和国に建設するTAO計画を進めています。大口径化により達成される高い集光能力のおかげで、より遠方にある暗い天体の観測が可能になります。現在知られている最も遠いクエーサーは我々から約130億光年離れており、それを観測することで約130億年前の宇宙の様子を調べられます。それは宇宙が誕生してからわずか7億年程度の時代であり、実は鉄の主な生成源である連星系の寿命として考えられている10億年よりも短いのです。そのような時代に鉄は存在していたのでしょうか?仮に存在していた場合には、我々が知らない鉄の生成方法が宇宙には存在しているのかもしれません。さらには金属の存在量の変遷を追うことで、それらを産み出す星がそもそも宇宙で最初に誕生したのはいつなのか?という、素朴でありながら未解決の問題に手がかりが得られるかもしれません。TAO計画では、現代天文学が抱えるこれらの重要な問題の解決を目標の一つに掲げています。今後の研究の進展にご期待下さい。

発表雑誌

雑誌名:「The Astrophysical Journal」
論文タイトル:Mg II and Fe II Fluxes of Luminous Quasars at z ~ 2.7 and Evaluation of the Baldwin Effect in the Flux-to-abundance Conversion Method for Quasars
著者:Hiroaki Sameshima*、 Yuzuru Yoshii、Noriyuki Matsunaga、 Naoto Kobayashi、 Yuji Ikeda、 Sohei Kondo、Satoshi Hamano、Misaki Mizumoto、 Akira Arai、Chikako Yasui、 Kei Fukue、 Hideyo Kawakita、  Shogo Otsubo、 Giuseppe Bono、Ivo Saviane
DOI: 10.3847/1538-4357/abc33b
URL: https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/abc33b

用語解説

(注1)クエーサー
銀河の中で中心核が明るいものを活動銀河(あるいは核の部分を指して活動銀河核)と呼びます。活動銀河の中でも特に明るいものがクエーサーと呼ばれる天体で、恒常的に光っている天体としては宇宙で最も明るいものです。クエーサーは見た目では星のように点の形をしていますが、これはあまりに遠方にあるために構造を分解して見ることができないためで、それでも観測できることからも桁外れに明るい天体であることが分かります。その膨大な明るさを産み出すメカニズムは、銀河中心にある巨大なブラックホールが周囲の物質を引き寄せ、それらの質量を光のエネルギーに変換しているという説が有力だと考えられています。

(注2)TAO計画
東京大学天文学教育研究センターが中心となって進めている、世界最高水準の口径6.5 mの赤外線望遠鏡を南米チリ共和国北部アタカマ砂漠のチャナントール山頂に建設する計画です。世界の望遠鏡の中で最も高い標高5640 mに建設され、非常に乾燥した気候であることも手伝って赤外線観測の妨げとなる水蒸気が少なく、また晴天率も高いことから、世界でトップクラスの観測環境が整っています。日本が所有する6.5 m以上の巨大望遠鏡は北半球に位置するすばる望遠鏡のみであり、TAO望遠鏡が南半球に建設されることは観測可能な天域を増やすという点でも重要です。また大学所有の望遠鏡という特長を活かし、萌芽的研究を重視して新たな天文学研究の開拓を狙っています。2020年現在、チャナントール山頂にてドーム建設を進めており、2022年の観測開始を見込んでいます。

(注3)WINERED
東京大学天文学教育研究センターと京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が、民間企業との協働で開発した近赤外線高分散分光器です。非常に高い感度を誇り、0.9から1.3ミクロンに渡って精密なスペクトル(波長分解能28,000)を一度の露光で取得できることが特徴です。以前は京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3 m)に搭載して観測を行っていましたが、2017年にチリ共和国にあるラ・シヤ天文台の新技術望遠鏡(口径3.58 m)に移設されました。本研究では、2018年に新技術望遠鏡で観測したデータを使っています。現在、WINEREDは更に巨大なマゼラン望遠鏡(口径6.5 m)への移設計画が進められています。

(注4)分光観測
プリズムや回折格子を使い、光を波長ごとに分けて観測する方法を指します。波長ごとに光の強度をプロットしたものは、スペクトルと呼ばれます。クエーサーのスペクトルには様々な金属から放射される輝線が見られ、それを調べることでどのような金属がどれだけ存在しているかを調べることができます。

(注5)赤方偏移
天体から放射された光が元の波長より長い波長で観測される現象を、赤方偏移と言います。人間は光の波長を色として認識しており、波長が長くなることは色が赤くなることに相当することから、このような名称になっています。クエーサーの場合、非常に遠方にあって宇宙膨張の影響を受けるために赤方偏移が起こります。現在見つかっている最遠方の天体では、元々は紫外線域や可視光域にあった輝線が赤方偏移の影響で近赤外線域に赤方偏移するため、近赤外線での観測が重要になります。TAO計画の望遠鏡が赤外線をターゲットにしている理由の一つは、この点にあります。

 

参考図

図1:地球から約100億光年離れた位置にあるクエーサー J1142+2654のスペクトル。WINEREDで取得した赤外線スペクトルと、別の望遠鏡(スローンデジタルスカイサーベイ)で取得された可視光スペクトルをつなげています。遠方の天体では赤方偏移により鉄やマグネシウムの輝線が近赤外線域に移るので、赤外線観測が必要になります。山のような形をしたマグネシウム輝線と異なり鉄の輝線はのっぺりしていますが、これは多くの輝線が混ざり合っているためです。
図2:マグネシウムと鉄の存在量比を、対応する宇宙年齢でプロットした図。曲線は鉄の主な生成源である連星系の寿命について考えられる3通りのシナリオで計算した場合の理論予測です。本研究では宇宙年齢が約24億年の頃のマグネシウムと鉄の存在量比を推定し、理論予測と一致することを明らかにしました。TAO計画では、この図で左に相当する宇宙が誕生して間もない時代について調査することが可能になります。
お問い合わせ先
京都産業大学 広報部
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