千葉志信准教授らが、国際共同研究によりタンパク質合成装置リボソームと新生タンパク質との相互作用の詳細を解明

 総合生命科学部千葉志信准教授らの研究グループが、ドイツ・ミュンヘン大学Daniel Wilson博士らとの国際共同研究により、タンパク質合成装置であるリボソームと、リボソームによって合成されつつある新生タンパク質との間で起こる相互作用を詳細に解明しました。今回の研究成果は、新生タンパク質が自身の合成を制御するためにどのようなかたちでリボソームに働きかけているのかを明らかにしており、最近様々な生物で見出されつつある、「タンパク質が自らの生誕と運命決定を制御する」と言う新たなタンパク質の働き方をより深く理解することに貢献するとともに、遺伝情報から生命が誕生する過程のうち、タンパク質の鎖自体が作られて生命機能を獲得していく仕組みを理解するための手がかりとなることが期待されます。

 本研究成果は、2015年4月23付で、英国雑誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

掲載論文名

 「Structure of the Bacillus subtilis 70S ribosome reveals the basis for species-specific stalling」(枯草菌70Sリボソームの構造から見えてきた種特異的翻訳停止の分子基盤)

著者

 Daniel Sohmen(ミュンヘン大学)、千葉志信(京産大)、千葉(下川)直美(京産大)、C. Axel Innis(ボルドー大学)、Otto Berninghausen(ミュンヘン大学)、 Roland Beckmann(ミュンヘン大学)、伊藤維昭(京産大)、Daniel N. Wilson(ミュンヘン大学)

研究概要

背景

 タンパク質合成装置であるリボソームは、メッセンジャーRNAに転写された遺伝情報を設計図とし、その指令に従ってアミノ酸同士を結合させることでタンパク質を合成します。細胞内で起こる生化学反応は、多くがタンパク質によって触媒されるため、翻訳と呼ばれるこのタンパク質合成のプロセスは、「生命の設計図から生命活動の担い手を生み出す過程」であると言えます。通常、タンパク質は、リボソームで完全に合成された後、立体的構造への折りたたみや特定の場所への移動、他の成分との会合などの過程、すなわち“成熟化”の過程をへて機能を発揮できる状態になります。ところが、以前私たちが枯草菌で発見したMifMというタンパク質は、翻訳伸長の途上でリボソームに働きかけ、自らの合成を一時停止させるユニークな性質を持っています。MifMは、この翻訳の一時停止(翻訳アレスト)という機能を翻訳途上で発揮する、すなわち翻訳途上の状態で働く珍しいタンパク質であることが、以前の私たちの研究から明らかにされました。MifMは、タンパク質の膜組込装置の活性を自らが基質となって監視し、装置の働きが低下すると、第二のタンパク質膜組込装置の合成を促進することで、細胞の活動停止を未然に防ぐという、重要な役割を担っています。MifM以外にも、翻訳アレストを起こすことで翻訳の途上で働く因子が様々な生物種で見出されてきており、これらの一連の発見は、タンパク質の機能発現の在り方に対する私たちの理解を拡張するものでした。

 MifMの翻訳アレストは、MifMが合成途上に、自身を合成しているリボソームと特定の相互作用をすることで起こります。以前私たちは、枯草菌のMifMは、大腸菌由来の異種リボソームで合成されたときには、効率の良い翻訳アレストを引き起こすことが出来ないことを見出しました。このことは、MifMとリボソームとのコミュニケーションが、種特異的な相互作用に依存するものであることを示しています。そこで、今回、MifMによる翻訳アレストのメカニズムを理解し、種特異的なMifM-リボソーム間相互作用の実体を解明するために、ミュンヘン大学のDaniel Wilson博士らと共同研究を行い、構造生物学と遺伝学の手法を融合した総合的なアプローチで、MifMの翻訳アレストのメカニズムに迫りました。

研究結果

 Daniel Wilson博士らは、クライオ(低温)電子顕微鏡を用い、枯草菌リボソームとMifMの翻訳アレスト状態の複合体の構造を、3.5-3.9 Å(オングストローム、0.1ナノメートル)という高解像度で解明しました。これは、グラム陽性菌※1 のリボソームの構造としては、現時点で最も高解像度の構造データです。この複合体の構造解析から、MifMとリボソームとが接していると思われる部分が幾つも明らかになりました(図 参照)。リボソームには、合成された新生タンパク質(新生ポリペプチド鎖)を排出するトンネルがあります。今回、このトンネルの内壁に露出しているL4とL22と呼ばれるタンパク質成分からなる狭窄部位(トンネルの狭くなった部位)が、翻訳アレストに重要な役割をもつことが、京産大チームの遺伝学的解析から浮かび上がりました。一方、ミュンヘン大チームによる構造解析からも、MifMとリボソームが、この狭窄部位で接触していることが示唆され、両研究室が独立に行った解析結果が、この狭窄部位の翻訳アレストにおける重要をそれぞれ裏付けたことになります。

 次に私たちは、枯草菌と大腸菌のL4およびL22のアミノ酸配列の違いに着目することで種特異性を決定する要因となりうる候補の残基を絞り込み、それらの残基をターゲットとした変異解析を行いました。その結果、L22の90番目のアミノ酸残基の種類が枯草菌のリボソームで起こる翻訳アレストの効率を決定する上で重要であることを見出しました。構造データからは、そのアミノ酸残基が、狭窄部位を形成するリボソームの特定のRNA残基を介してMifM-リボソーム間相互作用に影響を与える可能性が示唆されました。
 以前私たちは、MifMが、リボソームのペプチジル転位酵素活性※2を阻害していることを示す結果を得ていました。今回得られた構造データは、私たちが以前提唱したモデルを裏付けるとともに、その分子機構として、MifMが、リボソームの活性中心付近の特定のRNA残基の配置に影響を与えることでペプチジル転位反応を阻害していることを示唆するものでした。
 今回、構造生物学と遺伝学を融合した国際共同研究により、翻訳アレストに必要なMifM-リボソーム相互作用の詳細が残基レベルで明らかになり、翻訳アレストの分子機構を理解する重要な手がかりを得ることが出来ました。また、翻訳アレストにおけるリボソームの種特異性の問題を理解する手がかりを得ることも出来ました。近年、翻訳伸長反応が速度の緩急を伴って進行し、その速度の緩急が、タンパク質の局在化や成熟過程などに重要な役割を担っていることが少しずつ明らかにされてきています。翻訳伸長の速度調節に関連する本研究は、将来的には、タンパク質の誕生と成熟の問題、すなわち、遺伝情報から生命が生み出されるしくみの詳細を理解することへと繋がっていくと期待されます。

※1 真性細菌は、その細胞表層の構造上の違いからグラム陽性菌とグラム陰性菌におおきく分類することが出来ます。これまで、大腸菌や好熱菌(サーマスサーモフィラス)などに代表されるグラム陰性菌のリボソームの構造は詳細に明らかにされていましたが、枯草菌などのグラム陽性菌のリボソームの原子レベルでの構造は明らかにされていませんでした。

※2 ペプチジル転位酵素活性:タンパク質は、その構成成分であるアミノ酸同士が、ペプチド結合と呼ばれる結合様式で鎖状に繋がれて出来ています。リボソームによって触媒されるこのペプチド結合形成反応は、その反応様式から「ペプチジル転位反応」とも呼ばれ、リボソームが持つこの活性を「ペプチジル転位酵素活性」と呼びます。

 
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