生命医科学科 加藤 啓子 教授 マウス実験において「食事に含まれる油脂の種類が変わると、不安行動や恐怖記憶も変わる」ことを発見

 京都産業大学総合生命科学部動物生命医科学科 加藤 啓子 教授が、マウス実験において「食事に含まれる油脂の種類が変わると、不安行動や恐怖記憶も変わる」ことを新たに発見しました。

 京都産業大学総合生命科学部動物生命医科学科 加藤 啓子 教授は、脂肪酸鎖組成の異なる油脂を食べると、うつや不安様行動を著しく変化させることをマウス実験で証明しました。この研究から、食餌中の油脂に含まれる脂肪酸の違いが、脳の情動に深く関わることがわかりました。
 これまでいくつかの食用油脂が神経障害の予防や治療に使われてきていますが、効果の理由についてはほとんどわかっていません。今回の実験では、『正常なマウス』と『うつ・不安症を示すマウス』に、油脂の組成を変えた餌を与え続け、恐怖条件付け試験(不安認知記憶を計測)と強制水試験(うつを計測)を受けさせたところ、以下の3つの結果を得ました。

  1. 『正常なマウス』がチョコレート原料油脂(多価飽和脂肪酸を含む油脂)を食べると、恐怖を感じた空間の記憶を軽減する一方で、『うつ・不安症を示すマウス』が魚油(多価不飽和脂肪酸を含む油脂)を食べると、恐怖を感じた空間(実験環境)の記憶を強める。
  2. 本実験で用いている『うつ・不安症を示すマウス』は、『正常なマウス』に比べて、恐怖を感じたときに聞いた音への記憶が強い。しかし、『うつ・不安症を示すマウス』がチョコレート原料油脂を食べると、『正常なマウス』と同じレベルまで、恐怖を感じたときに聞いた音への記憶が薄らいだ。
  3. 大豆油を食べた『うつ・不安症を示すマウス』は、強制水試験で泳ぐのをあきらめる(うつの指標)時間が、通常食に比べて1.7倍長くなった。

 このマウスを使ったメカニズムの解明は、てんかんやうつ・不安症といった情動に関わる神経精神疾患の新たな治療薬や診断薬の開発に繋がることが期待されます。

 本研究の成果は、2015年3月23日付けで、学術誌PLOS ONEに掲載されました。

・掲載論文
 Differential effects of dietary oils on emotional and cognitive behaviors
 PLOS ONE (2015) DOI: 10.1371/journal.pone.0120753

研究概要

 加藤研究室では、「情動が関わる神経可塑性のメカニズム」を解明することを目的に研究を進めています。過剰な神経可塑性がもとで発症する側頭葉てんかんは、脳の情動中枢(扁桃体を含む側頭葉)の発火がきっかけとなります。情動における異常な可塑性として、『てんかん』に着目し、原因分子を探索してきました。

 昨年末(JNC、2014.12月)、20種からなるシアル酸転移酵素のひとつ、“ST3Gal IV”が側頭葉てんかんの原因分子であることを見つけました。てんかんの患者さんは、時にうつや不安症、統合失調症を発症することがあり、薬剤の副作用が原因となる場合が考えられますが、そのメカニズムは不明でした。
 ST3Gal IVを欠失したマウスは、てんかんの発症を消失し、その消失した副作用として、うつや不安症状を示しました。このことは、ST3Gal IVがてんかんの発症や、うつ・不安症に深く関わっていることを示しています。
 また、このST3Gal IV酵素量の低下が、脳成長ホルモンの発現量の低下をまねき、うつや不安症の原因になることも明らかにしました。成長ホルモンは、脂質代謝に関わるホルモンです。それ故、食べた油脂が情動に関わるのではないか、との発想と、うつ・不安症を示すST3Gal IVを欠失したマウスを使うことで、今回、食事に含まれる油脂が、不安行動や恐怖記憶を変えるといった発見につながりました。

 記憶中枢の海馬が関わる文脈恐怖記憶では、飽和脂肪酸を含む油脂が恐怖記憶を軽減し、不飽和脂肪酸を含む油脂は、増強します。その一方、うつ・不安症モデルマウスでは、不飽和脂肪酸を含む油脂による恐怖記憶の増強が観察されたものの、飽和脂肪酸による改善効果は認められません。このモデルを使ったメカニズムの解明は、てんかん・うつ・不安症といった情動に関わる神経精神疾患の新たな治療薬や、機能性食品の開発に道を開く可能性があります。

図の解説

 本実験で用いた餌では、油脂中の脂肪酸組成はもちろんのこと、餌に含まれているすべての物質の組成が明らかであり、均一なものを用いています。
 今回、『正常なマウス*1』と『うつ・不安症を示すマウス*2』に、離乳後、大人に成長するまでの間、20%食用油脂を含む餌を与え続けた。本研究で用いた20%食用油脂は、18%魚油、18%大豆油、あるいは18%チョコレート原料油脂にそれぞれ2%の大豆油(必須脂肪酸添加のため)を加えたものである。魚油はドコサヘキサエン酸 (DHA)やエイコサペンタエン酸 (EPA)などの多価不飽和脂肪酸を多く含む一方、大豆油は必須脂肪酸であるリノール酸やα-リノレン酸を多く含む。また、チョコレート原料油脂は、パルミチン酸とステアリン酸といった多価飽和脂肪酸とオレイン酸がそれぞれ等量含まれている。
 図で示した実験の前日に、条件付け試験を行います。マウスは、箱に入れられます。その箱では、65dBの音が10秒の間、聞こえてきます。その最後の1秒間、床に電気が流れます。マウスは、その通電に驚き、すくみます。
 次に、条件付けの翌日、同じ環境にマウスを5分間入れて観察します。ただし、音も電気ショックも与えません。マウスが恐怖を受けた環境を覚えていると、すくみの割合が増えます。左のグラフでは、多価飽和脂肪酸含有食を食べた『正常なマウス』が、恐怖記憶を減弱しますが、ST3Gal IVを欠失した『うつ・不安症を示すマウス』には、効果がありません。
 その一方で右のグラフで示すように、多価不飽和脂肪酸含有食を食べたマウスは、うつ・不安様症状の有無に関係なく、恐怖記憶を増強します。以前より、DHAが記憶を強化することが示唆されていましたが、今回の研究から、恐怖記憶にも同様の影響があることがわかりました。

 食べた油脂は消化吸収された後、脳にも運ばれ、エネルギー源あるいは、膜構造などに利用されます。本研究では、食餌として日々取り入れている油脂の組成が違うと、脳の情動(恐怖)記憶を変えてしまうことを、世界ではじめて証明しました。また、うつや不安障害を持つと、油脂の効果が変わることも示しました。食べ物と脳の機能との関連性を知る研究は、まだ始まったばかりです。

 
PAGE TOP