高天 英旭 さん

略歴

2007年 京都産業大学 外国語学部 ドイツ語学科卒
時間が経つのは早いもので2007年にドイツ語学科を卒業し社会人4年目となりました。

人それぞれ学生生活の送り方は様々だとは思いますが、平日の日中はとりあえず授業にでて、夜にはアルバイト。休みに入ればアルバイトと旅行に出かけるといった学生生活でした。そんな生活が3年目の半ばに差し迫ったころに突然、進路ガイダンス・就職活動といった単語を目にする機会が多くなるようになりました。気が付けば〈社会人になる〉ということがどういうことなのかわからないままリクルートスーツを着て会社を訪問する毎日。

そんな毎日を繰り返す内、縁があって地元の奈良の金融機関(信用金庫)での採用をいただきました。

なぜドイツ語学科なのに金融機関に勤めることになったのか?と疑問に思っている方もいるかと思います。大学では言語を学んでいたのに関係があるのか?と。実際に日々の営業活動において、訪問したお宅や企業にドイツ語を話していてドイツ語なしでは仕事にならない。といったことはまずありません。話す言葉はもちろん日本語ですし、卒業してからドイツ語を話した日数を数えるほうが容易いです。

誰もが‘ゆずれないもの’というものを必ずどこかにもっていると思います。就職活動で訪問する企業を絞る際、自分にとってそれがなんなのか?そう思ったときでてきたのは‘地元就職’‘健全な企業’‘週休二日制’の3つでした。その背景には自分が生まれて死ぬまでに必ずしないといけない責務があったからです。私の家は小規模ながら稲作の農業をしており、この家の長男として生活しています。春には苗を作り、夏には苗を植え、秋には収穫するという1年の流れを続けるには上記の3つが大前提です。そして最終的には先祖代々の土地を後世に残さなくてはなりません。そうして業種を絞っていくと自然と金融機関に進路は決まりました。いまになって思うのですが、‘社会人になる’という答えは自分にとっては‘何かを後世に残す・伝えることを考える’ということなのかもしれません。

在学中に身に着けた知識は残念ながら日常で発揮されることはありませんが、毎日少なくても数人の社長様とお話しすることはできます。学生時代は社長と聞けば遠い存在で、会うことはおろか話すことは滅多にないと思っていました。そう考えるといまはすごい仕事をさせていただいていると思っています。ドイツ語学科にいてなかったらいまの企業に採用が決まっていたかというと正直分かりませんが、ドイツ語学科の学生が採用され、実際そんな体験しているというのは変わらない事実です。

私は先ほど採用をいただいたというところで‘縁あって’という言葉を付け加えました。学生時代にかけがえのない恩師や友人に出会い、いまだに連絡を取り合っているというのも、もちろん縁があってのことだと思います。誰もが独りで死んでいきますが、生きていくことはできません。世の中は偶然が重なっていまという形にになっていると私は考えています。 ‘縁’というのはすばらしいものと思いませんか?

最後に、これを読んでいる人の中には就職活動の準備をしている人、まさに就職活動真っ直中といった人もいると思います。これから社会にでていく人たちへ‘おいあくま’という言葉を紹介します。‘おいあくま’とは‘怒らない’‘威張らない’‘諦めない’‘挫けない’‘負けない’の頭文字です。縁あってたまたまこれを見た人たちのこれからのなにかヒントになれば幸いです。
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