植物ゲノム科学研究センター

葉緑体とミトコンドリアのゲノムの探求を通じて人類に役立ち、
環境にもやさしいこれまでにない植物を作りだす

京都産業大学の植物ゲノム科学研究センターでは、「オルガネラ」と呼ばれる植物の細胞内に含まれる小器官が持つゲノムや遺伝子の研究を行っています。葉緑体とミトコンドリアの遺伝子発現の仕組みを解明することで、ストレスに強く、栄養価に優れた作物を作り出したり、人類に役立つ成分を生産する「植物工場」を作ることを目標としています。

ミトコンドリアと葉緑体はもともと植物以外の生物だった

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 植物ゲノム科学研究センターでは、植物のゲノム情報を利用して、人類の役に立つ植物を作り出すことを目標に研究活動を行っています。通常ゲノムの研究といえば、細胞の「核」の遺伝子を研究するのが一般的ですが、私たちの強みは、植物の「オルガネラ(細胞内小器官)」のゲノム操作と解析に力を入れているところです。具体的には「ミトコンドリア」と「葉緑体」を研究対象としています。

 もともとミトコンドリアと葉緑体は、それぞれ植物の細胞とは別のαプロテオバクテリアおよびシアノバクテリアのような原核生物でした。植物はその長い進化の過程で、自分の細胞のなかに2種類のバクテリアを取り込み、それらと共生するようになったのです。そのため植物のミトコンドリアと葉緑体には、核に比べればごく少量ですが、共生の名残としてDNAが含まれており、それらは「オルガネラゲノム」と総称されています。

 私たちはそのオルガネラゲノムの構造解析と、葉緑体の遺伝子組換えを得意とします(ミトコンドリアは葉緑体に比べてかなり小さいため、現在のところ遺伝子組換えは実用化されていません)。

遺伝子組換えレタスで世界中の人々の鉄分不足を解消する

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 これまで葉緑体の組換え実験は、培養が簡単で、遺伝子導入に用いる外植片(葉)から個体への再分化効率が高い、栽培タバコを実験材料として進めてきましたが、最近ではレタス、トマト、パンコムギなど食用作物に研究対象を広げています。例えば、鉄分を貯蔵するフェリチンというタンパク質を生み出す遺伝子を、ダイズから単離して、タバコの葉緑体ゲノムに組み込むことに成功しました。すると葉に含まれる鉄分が、2倍、3倍になりました。タバコは食べられませんが、この研究成果をレタスなどに応用することで、食べ物からより多くの鉄分が取れるようになるわけです。鉄分不足は、世界の栄養障害の筆頭に挙がる問題で、発展途上国では今でも国連の機関が鉄の錠剤などを配っています。もし十分な鉄分が野菜から取れるようになれば、より多くの人が助かるでしょう。

 また葉緑体の遺伝子組換えには、核の遺伝子組換えに比べて、有利な点があります。それは葉緑体が「母性遺伝」することです。雄しべの花粉からは葉緑体の遺伝情報が伝わらないため、組換え植物を畑で栽培しても、不必要な遺伝子が、環境中に拡散することを防止できるのです。

葉緑体の特性を活かして植物工場で有用タンパク質を生み出す

 葉緑体は一つの細胞中に100個ほど存在し、その一つ一つの葉緑体のなかにゲノムが100コピーほど存在します。つまり一つの細胞内に約1万ものゲノムがあることになり、このゲノムに導入された遺伝子は必然的に多数コピーとなるわけです。そのコピー数の多さを利用して、特定のタンパク質を作る遺伝子を発現させることで、医薬品などの原料となる有用なタンパク質を大量に生み出す「植物工場」が作れるのではないかと期待しています。

 現状では、レタスについては組換え植物が作れるようになり、トマトも筑波大学との共同研究によって、培養から再分化まで、組換え体を作出する基本的な要件は満たすところにまで来ました。パンコムギは年間を通じて適切な材料を確保することと、遺伝子導入の条件設定が難しく、まだ組換え植物の作出には至っていません。しかし鳥取大学と共同研究を進めており、前者については問題点が改善されそうです。パンコムギの葉緑体の遺伝子組換えは、実現できれば世界初となる試みです。今後はさらに、葉緑体の遺伝子を組換えることで、二酸化炭素の固定能力を高めたり、強い光などへのストレス耐性を高めたりする研究を行っていきます。

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雄性不稔を活用することでより役立つ植物を作り出す

 葉緑体とともに研究の柱であるミトコンドリアゲノムには、非常に不思議な特性があり、植物の場合、ゲノム構造が複雑であることから、現在も全体像が解明されていません。私達の研究の大きなテーマが、ミトコンドリア内にある遺伝子が引き起こす「雄性不稔(CMS)」という現象です。

 雄性不稔とは植物の花のなかで雄しべが通常通りに発育せず、花粉が作られなくなることを意味します。雄性不稔を起こした植物は、一つの花の中にある雄しべと雌しべの間で受粉すること(自家受粉)がなくなります。そのため雄性不稔の植物が作る種子は、必ず他の植物個体との間で受粉したものとなります。

 それにどんなメリットがあるのかといえば、「雑種の生き物は元気に育つことが多い」と言われますが、植物も同じで、そうして生まれた交配種(F1品種と呼ばれます)は、日照りや水不足などのストレスに強く、土地面積あたりの収量も高いことが多いのです。日本で作られている、私たちが普段食べる野菜の多くもF1品種です。ミトコンドリアの遺伝子を解析することで、雄性不稔を自在にコントロールできるようになれば、それを様々な作物に応用して、より人間にとって栄養価が高い植物を作り出せる可能性が出てきます。

 雄性不稔は「自分で花粉を作れない」わけですから、植物からすれば本来あってはならない現象になります。そのため雄性不稔の発現を抑える遺伝子が、核ゲノムに存在し、自然界ではごくまれにしか、雄性不稔を示す個体を目にすることはありません。私達の研究によって、ダイコンやナスの核の遺伝子が、どのようにミトコンドリアの遺伝子に作用しているか、明らかになりつつあります。将来的にはパンコムギなどの作物の雄性不稔の仕組みも解明していきたいと考えています。

京都産業大学 植物ゲノム科学研究センター センター長 寺地 徹

1988年4月 日本学術振興会特別研究員(DC)
1989年3月 京都大学大学院農学研究科博士課程 修了
(農学博士)
1989年4月 京都産業大学国土利用開発研究所 講師
1993年4月 京都産業大学工学部 講師
1994年4月 京都産業大学工学部 助教授
1997年〜1998年 独マックスプランク研究所ケルン 客員研究員
2002年4月 京都産業大学工学部 教授
2010年4月 京都産業大学総合生命科学部 教授
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