構造生物学研究センター員 総合生命科学部 生命資源環境学科 教授 津下 英明

重要な複合体の構造を明らかにして生命の認識の仕組みを探る

 細菌やウイルスの感染症由来の因子とホストであるヒトタンパクの相互作用について研究しています。攻撃する側と攻撃される側、両方の姿をとらえることが重要と考えています。この姿をとらえることで創薬にもつながります。

感染症由来の因子とホストタンパクの認識機構解明へ

 「感染症の構造生物学」をテーマに、研究活動を行っています。この研究ではX線結晶解析の手法を用いて、細菌やウイルスの感染症由来の因子とホストであるヒトタンパク質の複合体の形を確認したいと考えています。

 一つ目の取り組みは、細菌のモノADPリボシル化毒素の構造と機能を明らかにすることです。単に形を確認するだけでは重要なメカニズムは分からないため、毒素がどのような作用機構でヒトタンパク質を攻撃するのかを解明したいと考え、ヒトタンパク質であるアクチンとの共結晶化を行いました。その際に重要だったのは、ADPリボシル基を提供するコファクター(NAD)の代わりに水解されない類似の物質を用いて、両者のタンパク質をつなぎとめることでした。そして、得られた複合体の結晶にX線を当て、そのデータを解析し、ADPリボシル化毒素とアクチンの初めての複合体構造を明らかにしました。この研究は『Proceedings of the National Academy of Sciences』という雑誌に掲載され、トピックスで「Toxin attack in view」というタイトルで紹介されました。すなわち、毒素の攻撃する姿をとらえることができたのです。

 現在、この研究をさらに発展させて、ADPリボシル化の機構の解明にも取り組んでいます。ADPリボシル化はヒトにおいても重要な反応であり、DNAの損傷を感知してポリADPリボシル化する酵素(PARP)が知られています。PARPの阻害剤は「がん」の治療薬としても期待されており、ADPリボシル化の機構の解明は、この意味でも重要だと考えています。

 もう一つの大きな取り組みは、インフルエンザAウイルスRNAポリメラーゼの構造を明らかにすることです。現在、H5N1型の高病原性鳥インフルエンザがヒトへの高い感染 能と高病原性を獲得し、パンデミックを引き起こすことが危惧されています。

 インフルエンザAウイルスRNAポリメラーゼはインフルエンザの増殖に重要なタンパク質であり、PA,PB1,PB2の3つのサブユニットからなります。私たちは、すでにPB2のC末端ドメインの構造を明らかにしました。このC末端ドメインはヒトへの感染に重要な役割をするK627への変異を持ち、特異的な構造をとっていることが確認できたのです。今後は、私たちも含めて世界中の研究者が、3つのサブユニット全体の複合体構造を明らかにしたいと考えています。全体の複合体構造が解明できれば、タミフルが効かないインフルエンザにも対処できる新薬開発につながるでしょう。

重要な基礎研究から応用研究へ

 当センターには、世界でもトップクラスの生化学、細胞生物学などの研究者が所属し、共同研究などで協力することで新たな研究が生まれる環境が整っています。このような環境で、構造生物学が未知の課題をいかに解明できるか楽しみにしています。

 また、外部の研究機関や企業との共同研究により、さらに重要な成果が生まれると考えています。少しずつですが、外部の研究機関と共同で、挑戦的なテーマに基づいた新たな構造解析もはじまっています。

インフルエンザAウイルスRNA ポリメラーゼPB2C末端ドメインの構造

用語集

モノADPリボシル化毒素

 細菌は生存のために様々な毒素を用いるが、ADPリボシル基を宿主の重要なタンパク質へ転移修飾して、その機能を失わせる毒素。

H5N1型

 ヒトへ感染して高い病原性を示す新型インフルエンザへの変異がもっとも危惧されている、鳥インフルエンザウィルスの亜種の1つ。

代表論文

津下英明

  • Kuzuhara, T., Kise, D., Yoshida, H., Horita, T., Murazaki, Y., Nishimura, A., Echigo, N.,Utsunomiya, H., Tsuge, H. Structural basis of the influenza A virus RNA polymerase PB2 RNA-binding domain containing the pathogenicity- Determinant lysine 627 residue. J Biol Chem. 2009; 284(11):6855-60.
  • Tsuge, H., Nagahama, M., Oda, M., Iwamoto, S., Utsunomiya, H., Victor. E. M., Katunuma, N., Nishizawa, M., Sakurai, J. Structural basis of actin recognition and arginine ADP-ribosylation by Clostridium perfringens iota-toxin. Proc Natl Acad Sci U.S.A. 2008; 105(21):7399-7404.
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