総合生命科学部 生命システム学科 助教 石井 泰雄

生命を維持するエンジン「心臓」発生の仕組みを明らかにして再生医療への道を探る

 心臓は全身に酸素と栄養を届けて命の営みを支える要の器官。にもかかわず、その発生のプロセスには不明点が少なくありません。心臓の冠動脈形成の新たな仕組みを解明しました。

総合生命科学部 生命システム学科 助教 石井 泰雄

心臓形成の仕組みを分子レベルで究明する

 動物の体を構成する器官は多種多様な細胞が秩序正しく統合されてできており、最初はたった1つの細胞である受精卵が分裂を繰り返して成長していく過程で、それぞれ固有の器官に分化していきます。その統合を制御する分子機構の解明は発生生物学の重要なテーマの一つとなっています。
 私の研究の基本もここにあり、主なターゲットは発生過程で最も早くから機能する器官である心臓。さまざまな種類の細胞でできている心臓も最初は心筋と心内膜とからなるごく単純な1本の管にすぎません。それがどのようにして成体の複雑な心臓へと変化していくのかのメカニズムの解明、つまり「心臓形成の仕組みを探ること」がメーンのテーマです。
 具体的なテーマは大きく分けて、

  1. 発生過程での心臓形成の仕組みの解明。
  2. 完成した心臓に存在するであろう幹細胞の動態と機能の究明(幹細胞とは複数の種類の細胞に分化できる能力=多分化能=を持ち、分裂を繰り返してもその能力を持ち続けられる細胞のこと)の2つです。

心臓の起源

■心臓の起源は大きく3つに分けられます。造心中胚葉の作る原始心臓に、心外膜原基と神経堤を起源とする細胞が付け加わります。

心外膜原基による心外膜・冠動脈の形成

■心外膜原基は、心臓に向かって成長し、接着後、心外膜と冠動脈を作ります。接着を阻害すると、心外膜と冠動脈ができず、胚は発生の途中で死んでしまいます。

世界初の発見!冠動脈はBMP2による心臓への細胞の誘引・接着で形成

 研究の中心は(1)の「発生過程での心臓形成の仕組みの解明」で、心臓の中でも特に冠動脈に注目、それがどこからもたらされた細胞によって、いかにして作り出されているかを研究しています。
 冠動脈は心臓の筋肉組織に血液(酸素と栄養)を送る重要な役目を担っており、心臓が拍動を続けられるのは冠動脈があってのこと。心臓は絶えず拍動を続けるため酸素の消費量が極めて多く、その維持には冠動脈による酸素と栄養分の供給が不可欠だからです。
 そんな大切な冠動脈ですが、心臓の表面を覆う心外膜共々、心臓が拍動し始めてから形成されます。それも、心臓の外から移動してくる細胞が新たに付け加えられることによって生まれています。どこから来てどのようなメカニズムで実現されるか…そのナゾは明らかではありませんでした。
 私たちは、ニワトリの胚を用いてこのナゾの解明に挑戦、その新たなメカニズムを明らかにしました。
 冠動脈を作る細胞がやってくる元となる場所は、肝臓の近くに生じる中胚葉の突起「心外膜原基(proepicardium)」。心外膜原基はほ乳類から軟骨魚類に至るさまざま生物種で見つかっています。私が使った鳥類胚では、表面に多くの絨毛を持つ最大直径200マイクロメートルほどのカリフラワー状の突起です。これが心臓に向かって成長していき、心臓表面に接着して、冠動脈と心外膜になります。
 このプロセスで大きな役割を果たしているのが、骨形成タンパク質(BMP)です。10種類以上あるBMPのうち「BMP2」と名付けられたタンパク質が心臓の冠動脈となるべき細胞が到達する領域から分泌、それを受け取った心外膜原基はその方向へ向かって成長、正しく心臓に達することを突き止めました。つまり、BMP2によって、冠動脈になる細胞が心臓の該当部分へ向けて成長するよう誘引されていることが分かったのです。
 このBMP2による誘引が、心臓の該当部分に細胞が到着し、接着するうえで必要であることが分かりました。BMPのはたらきを阻害するタンパク質を人為的に心臓に作らせると、心外膜原基の心臓へ向けての成長や心臓での接着が抑制されたからです。
 一方、心臓の広い範囲にBMP2を作らせると、本来なら心外膜原基の接着が起こらない心臓のループ外側の領域への成長および接着が認められたのです。このことは、BMP2が心臓の特定部位からのみ分泌されることが、正常な心臓ができるために必要なことを示しています。
 この「心臓から分泌されるBMP2が、心外膜原基を誘引する」という発見は、新しいモデルの提唱につながる世界初の快挙。ニワトリと人の心臓形成過程はよく似ているだけに、人間の心臓に関する知見を深めるうえでも役立つものと期待されています。

肝臓からの指令が心外膜原基を作る

■心外膜原基は肝臓の近くに生じます。肝臓が近くの組織に対して、心外膜原基の形成を開始させる何らかの指令を出していることが分かりました。この研究結果は、2007年にDevelopment誌に掲載されました。

日本人の死因第2位・心疾患治療再生医療による治癒に道筋

 一連の研究によって、心臓を作る細胞の起源は、

  1. 造心中胚葉
  2. 神経堤細胞
  3. 心外膜原基

の3種類であり、それぞれ主に、

  1. 心筋と心内膜
  2. 動脈幹とその周辺の組織
  3. 心外膜、冠動脈

になることが分かっています。
 私たちは、発生過程での心臓形成の仕組みの研究に加えて、成体の心臓にも存在するとされている幹細胞がどこから来たのか、どんな性質があるのかの研究も進めています。
 こうした研究の成果は、心臓病の治療に大きく寄与するものと見られています。特に注目されているのは日本人の死因の第2位である心疾患。例えば心筋梗塞で壊死した心臓の細胞に幹細胞を注入することによって再生を促す治療です。
 今でこそ注目されている「心外膜原基」ですが、私が研究を開始したころは研究する人も多くはありませんでした。私自身、心外膜原基の存在を知ったのは、2003年に米国コーネル大学へ留学してから。最初は眼の発生を研究していましたが、その後、指導教授のアドバイスで心外膜原基の研究にも着手、2006年から昨年春まではカリフォルニア大学サンフランシスコ校で研究を続けてきました。
 今後は、ニワトリから得られた知見がほ乳類にどの程度当てはまるかを調べるマウスを使った研究や、製薬会社など企業との共同研究にも力を入れていきたいと思います。

心臓からのシグナルが心外膜原基を誘引する

■心外膜原基を心臓の特定の部位と共に培養すると、心臓に向かって著しく成長します。その作用が骨形成タンパク質BMPを介したものであることが分かりました。この研究結果は、2010年Development Cell誌に掲載されました。

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