総合生命科学部 動物生命医科学科 松本 耕三 教授

遺伝子研究から糖尿病の原因を探る、世界でも類を見ない最先端医療へのアプローチ

「生活習慣病」は、現代社会特有の病。
その代表格ともいえる糖尿病は、肥満が原因で発症することが多い。
自覚症状に乏しいゆえ対処の意識が低くなりがちであるが、
糖尿病の原因のひとつである「遺伝子」に着眼し、
有効な予防・治療方法を見つけ出すことが急務である。

総合生命科学部 動物生命医科学科 松本 耕三 教授

肥満にともなって活動が顕在化する糖尿病遺伝子を特定することで、糖尿病の予防や治療が可能になります。

 栄養過多、運動不足といった現代社会の生活スタイルが世界的にすすみ、肥満を招きやすくなってきました。肥満は、さまざまな病気の要因になりますが、とりわけ糖尿病の発症率に大きく関係しています。他の成人病では肥満ゆえの発症率が通常の人の5倍程度になりますが、糖尿病の場合はそれが10倍から数10倍になることもあるのです。

 糖尿病には1型と2型の2種類があり、1型とは遺伝にも生活習慣にも関係しない自己免疫性のタイプであり、小児期に発症することが多く、治療が難しいといわれる病気です。これに対し2型は、体内における血糖値のコントロールの仕組みが失われて発症します。つまり、遺伝あるいは生活習慣が原因で、糖を分解すべくインスリンの働きが低下することによって起こる異常です。一般に「糖尿病」といえば2型のことをいっているのが通例で、ここでも単に「糖尿病」と呼ぶ場合、2型を指すものとします。また、「肥満」とは「内臓脂肪過多」のことであり、いわゆる「メタボ」に該当する人があてはまることになるのですが、日本人の場合とくに注意が必要で、欧米人のように「見るからに肥満体型」ではない小太りの場合でも肥満に対する膵臓の抵抗性が弱いために、インスリンの働きが低下しやすいということがわかっています。

 糖尿病はもともと、遺伝が原因のひとつであることが知られていましたが、近年の2型の急増は、肥満を原因とする発症例の多さを物語っています。糖尿病の原因である遺伝と環境(生活習慣)のうち、「遺伝子については仕方がないもの」とあきらめてしまいがちでしたが、肥満にともなって活動が顕在化する糖尿病遺伝子を特定することができれば、予防や治療が可能になるわけですから、そのための調査・研究が必要です。

 そこで、ヒトと同じような、肥満にともない糖尿病を発症するモデル動物(大塚製薬が実験用に開発したラット)を用いて、実験を行ってみることにしました。

ラット染色体の糖尿病原因遺伝子座

■ラット染色体の糖尿病原因遺伝子座
図の青い部分が、糖尿病に作用する遺伝子。第1・14番染色体には一つの染色体に2カ所の原因遺伝子のあることがわかる。

ラット糖尿病原因遺伝子座のヒト糖尿病原因遺伝子座との対応領域

■ラット糖尿病原因遺伝子座のヒト糖尿病原因遺伝子座との対応領域
ラットの第8染色体領域に対応するのはヒト第11染色体長腕テロメア側。モデルラットとヒトの両方向から糖尿病原因遺伝子を決定できる貴重な場所である。

糖尿病の原因遺伝子として大きく関係することがわかった「Nidd2遺伝子座」についての徹底した研究が必要です。

 このラットの大きな特徴として、ラットの体重が600グラムを超えると糖尿病を発症しやすいという点です。逆に言えば、運動をさせたりして600グラム以内を維持すると、糖尿病を発症しないか、しづらくなったり、あるいは発症後に体重をコントロールすると治っていくことが知られています。つまり、糖尿病の発症に遺伝要因と環境要因が必須であり、環境要因の改善により発症を抑えることができるというヒトと同じ特性を示すことがわかり、ヒト糖尿病モデル動物として最もヒトに近い疾患モデル動物であるといえます。

 糖尿病に関連する遺伝子は多数存在していますので、それを特定することは難しいのですが、染色体のどのあたりの遺伝子が原因になるのか、おおよその領域を見つけることは可能です。そのために、ある特定の染色体に存在する糖尿病遺伝子を含む領域だけを正常なラットに導入することで、その原因遺伝子が糖尿病にどんな作用を及ぼしているか、あるいは遺伝子同士の相互作用によってどういうことが起こるのかを調べることが可能となります。たとえば1つずつしかもっていないと血糖値が高くなるような作用をする原因遺伝子でも、それが2つ合わさると作用が弱まったりということもあるのです。

 最近の我々の研究から、肥満状態だと、ある特定のたったひとつの糖尿病遺伝子を持っているだけで、糖尿病になってしまうことがわかりました。逆に言えば、その原因遺伝子を持っていなければ、たとえ肥満になっても糖尿病になりません。従って、もしその糖尿病遺伝子が何であるかを特定できると、それはヒトへも応用できる可能性が大いにあります。

 ヒトは糖尿病の原因遺伝子を5〜10個ぐらいもっていると推測されますので、その人の遺伝子を調べることによって、肥満に伴い糖尿病になる可能性の高い人を特定することができるようになりますので、肥満にならないように生活習慣を改善することで、糖尿病の予防が可能になりますし、もし糖尿病になってしまっても、その特定遺伝子の働きを抑制することが、有効な治療方法になるわけです。

 いまはまだ論文として公開されていないのでその興味深い結果をグラフでお見せできませんが、たくさんある糖尿病遺伝子の中でも、Nidd2遺伝子座に存在する原因遺伝子が、実は肥満に伴う糖尿病発症に対して非常に影響力が強いということがわかってきましたので、まずはその周辺の研究をみっちりすることが重要です。さらに、今後、多くの遺伝子について調べていくことで、糖尿病に対するより有効な予防・治療法が判明してくることは間違いありません。

  • 肥満のレベルによる疾病率の比較

    ■肥満のレベルによる疾病率の比較欧米人のデータ
    なので、日本人の場合はもっと糖尿病の発症率が高いと
    思われる。

  • 2型糖尿病によく似た症状を示すモデルラットと体重別の糖尿病の発症率

    ■2型糖尿病によく似た症状を示すモデルラットと体重別の糖尿病の発症率「OLETF」というのがこのラット。600グラムを超えたところで糖尿病の発症率が急激に高くなる。

医療現場において有効な予防・治療を可能にするための前段階の研究が私の仕事です。

 すでに述べたように日本人と外国人とでは、肥満に対する膵臓の抵抗性が違います。アジア系の人種は肥満に対する膵臓の抵抗性が弱いため、肥満の増大に伴い2型糖尿病も急速に増大していることが各種調査から分かってきています。日本には、現在700万人以上の糖尿病患者がいて、800万人以上の予備軍がいるといわれています。糖尿病は腎不全や失明と言った大病につながるわりに、初期段階での自覚症状に乏しいため、発見されたときにはすでに遅い、というのがこれまでの医療でした。その意味では、一般の健康診断でも腎臓の機能を調べるようにすることも必要となるでしょう。血液検査で血糖値を調べただけでは、腎臓の機能についてまではわかりませんので。

 そしてこれからは、糖尿病患者や予備軍について、原因遺伝子の有無を調べることが有効な対処法になるわけです。

 先にも申しましたように、ヒトが保有する可能性のある糖尿病の原因遺伝子はたくさんありますし、それらの組み合わせを考えると、解析すべき遺伝子の組み合わせは果てしなくあることになりますが、これまでのモデル動物からの研究で、肥満による2型糖尿病発症にNidd2遺伝子がもっとも影響力の強いことがわかりましたから、まずはそこを徹底的に検証したいですね。世界でも先例のない研究ですが、「創薬」の前段階までが自分の仕事だと思っています。

PAGE TOP