- HOME
- 研究・社会連携
- 産官学連携
- 研究探訪(研究者紹介)〜サギタリウスからのメッセージ〜
- 経営学部 経営学科 福冨 言 講師
経営学部 経営学科 福冨 言 講師
販売職の生の声を残す
10年後を見据えて「今」考えていることの調査は重要
販売職に就く人たちの生の声を残す。10年後も活躍してほしい人材なら、
彼・彼女たちが今どんな事を考えているかを知ることはとても重要だ。
彼・彼女たちはどんな人の生き方を参考に日々を過ごしているのだろう?
この問題を考えることによって、企業に残る人物がどのような人物か、
ある程度わかるのではないか。
今後は産学連携での調査も進めていきたい。
販売職の人たちの憧れる人物像や人生設計を調査しています
販売の仕事をしている人たちの生の声を記録に残し、日々どういうことを考えて生活しているのか、市井の人たちの声を集めています。研究を始めた頃も現在も、販売職に就いている人たちのルポに近いものといえます。大学院生時代は自動車産業がテーマで、発端はメーカーが販売店をどう動議づけるか、という問題意識でした。メーカーは販売店をやる気にさせたい、販売店の経営陣は販売員たちをやる気にさせたい。そこで、経営陣の求めていることと販売員たちが求めているもの、合致している部分やそうでない部分を調べ始めました。私の研究では、販売の仕事をしている人たちが常に主人公です。彼・彼女たちの技能や経験はどんな力をもっているのか。ここでいう技能にしても、販売店内ではそもそもどういうものが技能として扱われているかということを中心に、これまで自動車・住宅・生命保険・アパレル・医薬品などの販売に携わる人たちや人材派遣会社の人たちにヒアリングしてきています(図1参照)。
販売員の目線に立った研究では、どういう理由に基づいて人々は会社に残るのか、どういう理由で辞めるのか、場合によっては、販売の仕事自体を辞めるのはなぜか、給与や勤務先についてどう思っているか、憧れている人とはどんな人か、どんな人生を歩みたいと思っているかなどを調査しています。特に、販売店のビジネスモデルや経営陣の考えと彼・彼女たちの考えとがフィットするかどうかに注目しています(図2参照)。
この研究の面白さは、自分自身の将来について真剣に考えている人たちの調査であること。“言われたことだけやって生きている人ではない人”に出会えることです。
優秀な人材が社に残ろうとするかどうか、そしてその理由が問題になります
日本全体で見ると、約7割の人が第三次産業、販売や医療や飲食店、宿泊業などのサービス産業に従事しています。それだけでなく、自分の勤めている会社やお店やその商品を、お客さんに対して売り込む仕事は誰しも避けては通れません。そもそも自分自身の売り込みも必要でしょう。お客さんをお店で待っているのも一つの売り込みの仕方です。ですから、大抵の人は何らかのかたちで販売職にかかわります。そこで、技術職や専門職だけではなく、販売職の人々がどういった技能をもっているのかキチンと整理することが大事だと考えました。販売職は“売っていくら”の世界にも見えます。一方、開発職や技術職を見てみても、技術やアイディアを生み出せるかどうか、“できていくら”の世界があります。会社側は売れたという成果や、技術を開発し実用化できたという成果、あるいはその期待に対し報酬を支払います。不確実なモノと格闘しているという点でも、技術職と販売職は似ています。
調査をしていると、ノルマや歩合制に触れざるをえないこともあります。歩合制なら歩合制で、ある時点で売上を達成した後も会社に残る理由が備えられているかどうかが重要な点になります。自動車販売の場合、同じお客さんと長く付き合いを続けていくことができると、年を追うごとにすべての年代で成功できる可能性があります。そんな先輩を憧れや目標とする人もいるでしょう。住宅販売の仕事をみていると、一生に何度も家を建てる人は稀なので、販売員たちはいつ売れなくなってしまうかわからない不安と戦っていかなければなりません。そうした不安を抱えつつも、彼・彼女たちは常に周囲に目を向けています。生命保険では、生涯現場にこだわる生き方とバックアップに回る生き方とを選べるようにしている企業もあります。
いずれにせよ、将来の憧れになるような人物が社内にいるとは限りません。そこで、販売職に就く人たちがどういう人を憧れにしているのか、この問題を知ることが鍵になります。選択肢として、たとえば公務員になるという生き方を見つけ出すのには、周囲にどういう人たちがいて、どんな生き方をしているのかに大きく左右されそうなのです。これらの業界だけでなく、サービス業や飲食店の営業職・販売職も含めて研究しています。
仕事をしていて「楽しい、楽しくない」とか「嫌だ」とか「しんどい」だとか、というのは人々の主観的な評価です。客観性をもつデータも集めなければなりません。そこで、どういう行為にどれだけの報酬が支払われたか、すなわち給与のデータも集めています。同じ人が5年後、10年後にどこで何をどう考えているのかが大事ですから、今後の追跡調査もとても重要です。優秀な人材ばかりが10%辞める企業と、そうでない人材が常に10%新陳代謝する企業では全く質が違います。しかし、転職率や離職率、勤続年数のような集計データではこうしたことはわかりません。私の研究では優秀な人材が社に残ろうとするかどうかが問題になります。
直接なつながりのない相手でも、「あんな人になりたい」「勤め続けるとああなれるんだ」「ああはなりたくない」ということもあるでしょう。人生の参考にする人物がどのような人なのかを調査すると、その人が会社に、店に、そして販売職に残るか・残らないか、ある程度わかる、と将来的に結論づけたいと思っています。
私の研究はこうしたルポのような仕事をすることだけでなく、販売店という会社自体を主人公にした調査にも取り組んでいます。最近注目しているのは、販売員や販売店が商品の取り扱いやお客さんとの取引や交渉の経験を積むことがそれぞれの利益にどのような貢献をしているのかということです。初期投資・設備投資などの固定費ではなくて、人々の活動(オペレーション)にかかるコストが、販売経験とどんな関係があるのかを研究しています(図3・図4参照)。
生命保険業界では、古参の保険会社は高度経済成長時に団体保険の契約者が増えたタイミングでコストの節約が見てとれます。近年の規制緩和以降の新規参入では、団体保険契約の伸びがコスト節約につながったケースもあれば、個人保険でコストがかかってばかりの企業もあります。個人保険だけのオペレーションでもコストが安くなっているケースもあります。コストが節約できたりできなかったりすることと企業内部のメカニズムには恐らく深い関係があることと思います。そのため実際に働いている人に話を聞くことが必要なのです。
その他、最近、販売職に派遣される人たちの給料が上がっていることがニュースになりました。特にアパレルや携帯電話、家電関係の仕事は給料を上げたとしても人材が集まらないことが問題になっています。登録している人たちは勤務先・派遣先や派遣会社に本音を話せないこともありそうですので、第三者の立場から販売現場の事実を記録に残すことを一つの使命と思っています。同時に、若い人たちにそれを伝えることも大事な仕事だと思っています。
10年後を見据えて「今」彼・彼女たちの考えていることは重要。産学連携を通じてできることの意義は大きい
最近、働いている人たちが何を考えているのかわからない、などとお感じのことはないでしょうか。こういった問題意識はまさに私の問題意識と同じものです。会社にどんな人たちが集まって、何を考えているのか、是非調査させてほしいと思っています。飛び込みでお願いしてもなかなか公表できない難しいテーマですが、とても大事なテーマです。もし今、会社に10年後も働いていてほしい人材がいらっしゃるのなら、その人がどんなことを考えて生きているのかを知ることは重要な調査課題です。また、現役の大学生たちも毎年次々と職を得ていきます。彼・彼女らがどのようなことを考えているのか、産学連携がうまくできれば、社内の方たちの考え方と比較することもできますし、社内で上司が部下に尋ねるときとは違う結論が待っているかもしれません。
また、調査は販売職の悲壮感だけが漂わないようにしたいです。メーカーに勤めても販売の仕事にはなんらかの形で携わらないといけません。技術職もその技術を販売しなければなりません。農業であろうと飲食店であろうと、販売やサービスとは切っても切れない関係があります。“販売=ノルマの世界・きつい世界”の単純な結び付け方はやめて、彼・彼女たちの憧れと不安、両方の現実を見ていかねばならないと考えています。