インドネシア・パジャジャラン大学(認定)

外国語学部 言語学科 インドネシア語専修 合田幸平さん

留学種別:認定
留学先:インドネシア・パジャジャラン大学
留学時の年次:3年次
留学期間:2013年2月〜2014年1月
担当留学アドバイザー:エディ・プリヨノ教授
出身高校:大阪府 私立大商学園高等学校

留学のきっかけ

 高校の頃に初めて海外旅行で韓国へ行きました。その時、日本と違う風土・文化に驚き、現地の方々と会話をすることに魅力を感じました。それから縁あって、本学のインドネシア語専修に入学しました。高校の頃に興味を持った韓国語を大学で専修科目として学ぶことも考えたのですが、知られている通り日本には韓流ブームもあり韓国語話者が多いため、競争が激しいと考えました。競争というのは、私は将来外国語を活かして仕事に就きたいと思っていたので仕事の競争です。逆にインドネシア語話者は日本に少なく、英語と真逆で皆(学生)のスタートが一緒というのが魅力でした。ただ本学のインドネシア語に入学すると決意した時、周りの同級生の中には「大学でインドネシア語勉強するん?」と小馬鹿する人もいたので、悔しい思いもしました。

 入学後、2年次にアルバイトと授業を行き来する生活の中で、インドネシア語専修に所属しているにも関わらず日常的にインドネシア語を使う場が授業だけでした。このまま学生生活が終わってしまえば、“将来留学できる機会はもう訪れないかもしれない”と不安になり、“現地の方と話してみたい”という思いがあったので、留学を決意しました。

留学生活

友達の家族と

 留学生活は本当に楽しいものでした。
 留学がいざスタートし現地に着くと、全く自分がインドネシア語を話せないことを痛感しました。それだけでなく日本の常識についても知らなさ過ぎたと反省しています。授業で質問する時、コンビニで何か物を買う時、友人と会話する時、もちろん全てインドネシア語が必要で、着いた頃はいつも困っていました。下宿先では、お湯がでると言っておきながらお湯がでなかったので、夜寒い中水でシャワーを済ましました。それから初めて現地の屋台で食事をした時は、大変失礼ですが正直「こんな場所で食事しなければならないのか」と思いました。そんな風に一日目は日本との生活の違いに驚きました。

 そして授業に関しては、始めはついて行くのに必死でした。内容を理解するのも大変でしたが、一番困ったのがわからないのに“質問の仕方がわからない”ということでした。ただこんな状態にも日を追うごとに慣れていき、克服できました。質問ができて理解でき、授業が楽しくなったのは3~4ヶ月目だったと思います。授業前日に予習をしておくと、授業中に焦ることは無くなりますし、理解が早くなると思います。そして大学には他国から来た外国の方々が沢山いるので、“私の国ではこうだけど、あなたの国ではどう?”といった会話をよくし、インドネシアについてだけではなく他国の文化をも知り、体験できます。休憩時間には一緒にコーヒーを飲んだりして雑談しました。

 それから授業は昼までなので、それからは自由時間です。始めの頃は一人でカフェに行って、勉強することが多かったです。向こうのカフェは便利で、そのほとんどがWIFIを完備しているので、インターネットが使えます。それ以外には、インドネシア教育大学(UPI:Universitas Pendidikan Indonesia)の学生と一緒にカラオケに行ったり、カフェに行ったり、時には長期休暇を使ってジャカルタやチルボンに行ったり、友達といる時間が一番楽しかったです。大学では基本的にフォーマルなインドネシア語を学ぶので、友人から砕けた日常のインドネシア語を学びます。その中には辞書に載っていないものもあり、使うと笑いが起こるものもあります。

 例えばSotoy(そとい)。意味は“知ったかぶり”で、原形はSok tahuです。
 道を知ってるという友達についていった時、「あれ、どこやっけ」と友達が言った時などに冗談として使えます。
 使い方として、相手に言う場合は“Eh, kamu sotoy!!”などと使えます。

 こういった若者言葉で友人と接していると笑ってくれますし、教科書には載っていない本当のインドネシア語会話を学べます。逆に相手が日本語を使ってくれると、嬉しいですし、心が開いていくと思います。

 食事に関しては、香辛料の効いた辛いものが多いですが、そうでないものもあり、日に日に屋台に通い始めていきました。屋台の良い点として、“安い・おいしい”だと思います。ただ始めの頃は元々お腹が弱いためか、頻繁にお腹を壊していました。下宿先のインドネシア人の友達と2人であちこちの屋台に行き、サテや中華料理を食べながら話すことが趣味になっていたと思います。

 それからインドネシアは多宗教国家で、国民は一つの宗教に属さなければなりません。ムスリムもいれば、キリスト教徒もいます。休日には友達と一緒に教会に訪れたり、ある時にはモスクに行ったり、自分にとっては新しい文化を知ることができました。留学する前は宗教に関して少し不安でしたが、決して強引に勧誘されることはありません。自分から宗教の話を聞けば、熱心に教えてくれます。下宿先の近くにクリーニング屋さんがあり、そこのおじさんは日本語は話せませんが、日本で仕事をした経験をお持ちで、縁があってよくしてもらいました。日本だとクリーニング屋のおじさんと会話が弾んでも、家に招待されることは滅多にないと思いますが、インドネシアで私は外国人ということもあり、お世話になりました。イスラムにはラマダン月という断食月があります。私はムスリムではありませんが、自主的に断食し、2週間目で5日間入院することになりました。そのラマダン月の最後にイドゥルフィトリという断食を盛大にお祝いする日があります。おじさんはその日、私を家に招待し、その時にしか食べられない料理をご馳走してくださいました。こんなに嬉しいことはありませんし、本当に胸がいっぱいでした。断食月は一か月間です。よく断食が明ける(buka puasaと言います)前に友達と集まり、一緒に断食明けを過ごしました。断食は日々、体に溜まった毒を排泄する目的があります。断食明けの水・ご飯は何でも美味しく感じることができ、水さえも味があるように感じます。ご飯にありつける幸せも感じることができるので、是非一度試してみてください。

 最後に、インドネシアでは日本語教育が盛んです。ある時PASIMという大学の文化祭で、知り合いに頼まれ風呂敷について説明したことがありました。その時「インドネシアではポイ捨てが酷く、道にゴミが溢れている」といった環境についての内容を話しました。後日違う学校の文化際で日本語スピーチコンテストが開催され、行く機会があったのですが、その中の学生の一人がスピーチ中に「こうへいさん」と言い、「まさか私ではないだろう」と思っていたのですが、インドネシアのゴミ問題に関するテーマで、私が話したことについて触れていました。それだけでも嬉しかったのですが、彼女はコンテストで1位を取りました。何気ない私の言葉が彼女に影響を与え、1位をとったことが本当に嬉しかったです。

 留学生活は苦しい時もありますが、楽しさと比べると小さいものだと思います。私の場合、下宿先で出会った1人の男の子が私の留学を楽しくさせてくれたと思います。困ったことがあれば助けてくれましたし、ほぼ毎日夕食に付き合ってくれました。


  • 1セメスター終了時クラスメートと
    学校前で

  • フローレス島のクリムトゥ山の頂上にある3色の湖前で

  • 現地の高校生の知り合いと現地で有名なアイドル(チェリーベル)のポーズ

得たもの、学んだこと

 留学を終えて、語学力・友人・日本では出来ないような経験を得たと思います。その中でも“挑戦する勇気”が大事だと思いました。もし留学をしていなければ、こんな楽しい生活も知らなかったですし、インドネシアの方の心の温かさを知ることもなかったと思います。
 留学し始めてから2ヶ月目の時、インドネシア人の友達がジャカルタに私を連れていってくれました。その頃の私はインドネシア語が全然話せませんでした。友達が「高校の時の友達と会うけど、幸平も一緒に行こう」ということでバーに行きました。着くと同い年の友達が10人以上いたのですが、内容ではなく彼らの会話が全く理解できませんでした。聞き取りができなければ、質問されるスピードが速すぎて返事もできませんでした。「何年間インドネシア語勉強してるん?」「2年勉強したで」「2年間勉強してるんやったらめちゃ話せるよな〜」という会話はできるのですが、それ以外全く会話になりませんでした。日本人の友達と話しているような会話がしたいのに全くできず、そんな私をわかってか、ありきたりな簡単な質問を定期的にしてくれる彼らの優しさに申し訳なく、悔しかったです。

 留学という挑戦をしていなければ、言語が使えずこんな悔しい思いもしなかったと思います。本気でがんばろうと刺激を与えてもらったことに感謝しています。機会というのは同じ状況で与えられるのは生涯で一度だけなので、これからも与えられる機会を大切にし、何事にも挑戦していき、自分を成長させていこうと思います。

現在の語学力スコア

 インドネシアへ留学する前にインドネシア語検定D級を取得しました。それと個人的に韓国語を勉強していたので、ハングル検定4級を取得していました。留学後、インドネシア語検定を受け、残念ながらB級は合格しなかったものの、C級を取得できました。インドネシア語検定は毎年7月と1月に開催されますので、卒業前にB級を再度受験しようと思っています。
 パジャジャラン大学には沢山の外国人留学生がいます。例えば韓国・中国・タイ・カンボジア・トルコ・フランスからなど様々です。私の場合、韓国語が少し話せたので韓国の方とよく食事に行ったり、家にお邪魔させていただきました。ただそのような国際交流の場で必要と感じたのは英語です。現在、パジャジャラン大学に留学中の後輩は英語が達者なのでいろんな国の方と交流していました。「英語ができなければ仲良くできないのか?」と言われればそうではないですが、会話の時により深い段階で話を進めていけると思いますし、付き合っていく人の幅が広がると思います。
 個人差はあると思いますが、インドネシアで留学を終えたのであればC級は合格できると思います。頑張ればB級も合格できると思いますが、日々インドネシアの新聞の政治に関する記事を読んでおくことが必要だと思います。

これから留学される方・考えている方へ

 「まずは挑戦してみる」と考えてみるといいかもしれません。少しでも興味があり、迷っているのであれば、後悔しないためにも留学に挑戦してみてください。辛いこともあると思いますが、良かったと思えることに比べれば小さいものです。少し余談ですが、高校の同級生が私より一足先に仕事をしています。その友達が言うに仕事を始めてから休みが全くなくて好きだった旅行するのも難しいと言っていました。学生生活において「留学がものすごく大事か?」と言われれば全部がそうではないですが、学生の間に挑戦できる貴重な機会だと思います。ある時、韓国の大企業サムスンの社長は「家族以外の全てを変えろ」と、集まった経営陣に言ったそうです。その言葉のように一年間だけ生活スタイルを変えてみてはどうでしょうか。挑戦することで日本ではできない経験・友達・感動を得られると思いますし、生活スタイルが180度変わり、少し追い詰められた生活環境で人は自身と向き合え、成長できると思います。

今後の進路や夢

 留学を終えて日本に帰ってきた時には、就職活動がすでに始まっていてどうなってしまうのか少し不安でしたが、縁合ってインドネシアと関連のある企業から内々定をいただきました。次は学生としてではなく、社会人としてお金をもらってインドネシアへ行くことになると思うのですが、自分の目標である「外国と関連した仕事がしたい」が叶うと思うと嬉しいです。

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