ハートレー第二彗星の正体に迫る
—神山天文台、NASA/EPOXI彗星探査ミッションをサポート—

神山天文台

 神山天文台では、去る2010年11月4日に、米国NASAが行ったEPOXI彗星探査ミッション(計画)の地上支援を行うための観測を実施いたしました。このたび、その成果が、米国天文学会惑星部門の査読付き論文雑誌であるICARUSに掲載されることとなりました。論文のタイトルは

“Optical low-dispersion spectroscopic observations of Comet 103P/Hartley 2 at Koyama Astronomical Observatory during the EPOXI flyby” by Y. Shinnaka, H. Kawakita, H. Kobayashi, C. Naka, A. Arai, T. Arasaki, E. Kitao, G. Taguchi, Y. Ikeda (Koyama Astronomical Observatory, Kyoto Sangyo University)

「神山天文台におけるEPOXI探査機通過中の103P/Hartley 2彗星・可視光低分散分光観測」
新中善晴、河北秀世、小林仁美、仲千春、新井彰、北尾栄司、田口岳、池田優二(京都産業大学・神山天文台)

となっています。

彗星とは

 彗星は46億年前の太陽系誕生時に、惑星の元となる「微惑星」として誕生しました。多くの微惑星が合体成長によって地球や木星などの惑星へと進化する一方、微惑星の残存物は太陽系外縁部(一般には海王星以遠の領域)に取り残されました。これらの微惑星残存物のうち、比較的最近になって太陽の近くまで達する軌道を持つようになったものが、現在、彗星として観測されます。一般に「彗星核」と呼ばれる固体部分が微惑星残存物であり、固体を構成する氷が昇華したガスや塵が、ぼぉっとした「コマ」や「尾」を形成します。そのため、こうしたガスの成分を分析することで、46億年前に太陽系が誕生した際の構成物質を、現在、詳細に分析することが出来るというわけです。彗星が、太陽系誕生時の謎を解く「生きた化石」と言われるゆえんです。

 また、こうした彗星は、地球が誕生した直後にもたくさん地球に降り注いだと考えられており、地球の海の水を供給したのは彗星ではないかという説もあります。彗星には水の氷以外にも複雑な有機分子が含まれており(アミノ酸という生命の基本物質も見つかっています)、彗星が、地球の海に生命の源となる物質を供給したのではないかとも言われています。

図1:原始太陽系円盤の想像図。今から46億年前、誕生したばかりの原始の太陽のまわりで、微惑星と呼ばれるキロメートル・サイズの小天体が作られ、それらが合体衝突して惑星を形成しました。その残存物が彗星核であると考えられています。

© NASA

原始太陽系円盤の想像図

NASA / EPOXI彗星探査ミッション

 彗星にまつわる多くの謎を明らかにするため、NASAやヨーロッパでは、彗星を直接探査するための探査機を打ち上げています。しかし、近くに接近して詳しく調べることができるという探査機の短所は、探査機ではあまり多くの機材を持って行けない(重量が重くなるため複雑な観測機器を持って行けない)という点であり、探査ミッションの成功のためには、こうした探査機の短所/長所と相補的な、地上からの観測を実施するという必要があります。

 NASA/EPOXIミッションでは、彗星探査機をハートレー第二彗星の彗星核近くをすれすれで通過させ、その際に彗星核表面のくわしい観測を行うという探査ミッションでした。探査機は2010年11月4日に彗星核への接近に成功し、表面の詳しい画像と共に、表面から様々なガスや氷粒が放出されている様子を生々しく伝えてきました。過去に行われた数回の彗星探査では、比較的大きなサイズ(直径10キロメートル程度)の彗星核が探査されていたのですが、今回、直径2キロメートルとかなり小型の彗星核が初めて探査されたのです。小さな彗星核のわりにかなりのガスを放出するメカニズムがこれまで不明だったのですが、今回の探査によって小さな氷粒が大量に放出され、そこからの二次的なガス放出が重要な役割を果たしていること、そしてそれらの氷粒放出には二酸化炭素のガス放出が重要な役割をはたしていることが分かりました。彗星核の大きさの割に多量のガスを放出するハートレー第二彗星は、「ハイパー・アクティブ彗星(hyper active comet)」とも呼ばれています。

図2:ハートレー第二彗星  左画像中央の緑色がかった拡散状天体が、ハートレー第二彗星。軌道周期は約6年である。EPOXI彗星探査ミッションのターゲットとなり、2010年11月4日に探査機が最接近をして表面の様子などを詳しく観測した。

© NASA / Byron Bergert

ハートレー第二彗星

図3:NASA/EPOXIミッションのロゴマーク。元々はDEEP IMPACTと呼ばれる彗星探査ミッションであったものを、更にミッション期間を延長して、ハートレー第二彗星に向かうようにしたのが、今回のEPOXIミッションでした。

© NASA

NASA/EPOXIミッションのロゴマーク

図4:探査機がとらえたハートレー第二彗星の核。図中右側から太陽光が当たっており、表面からガスや塵が噴出している様子がわかる。

© NASA

探査機がとらえたハートレー第二彗星の核

科学的成果

 神山天文台の河北台長を始めとする研究チームは、NASA/EPOXI探査ミッションの主責任者であるアハーン博士との協力の下、EPOXIミッションの観測ターゲットであるハートレー第二彗星に探査機が接近する11月4日に合わせて、神山天文台の荒木望遠鏡と可視光低分散分光器(LOSA/F2)を用いた観測を実施し、同彗星のスペクトルを得ることに成功しました。解析の結果、同彗星のコマに含まれる、CN, C3, CH, C2, NH2, 酸素原子などによる発光を検出しました。これらの分子や原子は、彗星に含まれていた氷の成分がもととなっており、ガス成分の比率から彗星を分類することが可能です。その成分比は、彗星が形成された領域(の環境)とも関連すると言われており、彗星核形成過程を探る手がかりと成ります。また、同じ彗星といえども、時間的にガス放出の量や成分比が変化する場合があり、実際に探査機が詳しい観測を実施するタイミングで地上観測結果を得ることは、過去における同彗星の他の観測や、他の彗星における観測結果との比較という観点で極めて重要です。

 今回の観測の結果、ハートレー第二彗星は比較的一般的な彗星に分類されることが分かりました。これはオールト雲からやってくる彗星に特徴的な成分比となっています。一方、ハートレー第二彗星は、その軌道からカイパーベルトに起源を持つ彗星とされています。以前は、カイパーベルトとオールト雲は、もともと太陽から異なる距離の領域で形成されたものと考えられてきました。この食い違いは、彗星の軌道から起源を予測することの難しさを示すものです。

 研究グループでは、EPOXI探査機によって得られている二酸化炭素(CO2)、一酸化炭素(CO)、水(H2O)の比率から、本質的には太陽から比較的近い場所で形成された彗星核であったと考えています。最近の微惑星進化モデル(「ニース・モデル」)によれば、現在の木星から海王星が存在する付近に分布していた微惑星は、大惑星の重力の影響によって太陽からはるか彼方へとはじき飛ばされ、オールト雲やカイパーベルトといった彗星の巣を作ったと考えられています。この時、もともと同じ領域で作られた微惑星でも、一部はオールト雲へ、一部はカイパーベルトへと飛ばされたと考えることが出来ます。

ハートレー第二彗星の可視光スペクトル

図4:ハートレー第二彗星の可視光スペクトル(ただし彗星塵による太陽反射光は除去済み)。横軸は波長(単位はオングストロームで、1万オングストロームが1μmに相当)で、縦軸は光の強度。様々な分子による発光が見られる。

 一方、河北台長が参加した別の観測では、近赤外線における高分散分光観測によって、この彗星が他の彗星よりもホルムアルデヒドに欠乏の傾向が見られることも明らかになりつつあります(Kawakita et al. 2012として、上記論文と同じ雑誌、同じ巻に掲載予定)。また、河北台長を含む日本の赤外線衛星「あかり」の観測グループが得た過去の彗星の観測結果(Ootsubo et al. 2012)をふまえると、太陽系形成初期に存在した原始太陽系円盤と呼ばれるガスと塵の円盤の中で、微惑星が複雑な力学的進化を経ていることが分かってきました。この成果も、近日中にアハーン博士を筆頭とし河北台長を含む研究者グループによって、米国天文学会の論文雑誌速報(Astrophysical Journal, Letter)に掲載の予定となっています。このように、多くの観測結果を総合的に研究することで、彗星の素顔に迫ることができるのです。

最後に

 論文の主著者である、神山天文台リサーチアシスタント(理学研究科博士後期課程在籍)の新中善晴さんは「実際の観測から解析、そして論文出版まで2年もかかりましたが、それに見合うだけの素晴らしい成果が出せたと思っています。」と論文掲載の喜びを語っています。また、研究グループを統括する河北台長は、「今回の観測に用いたLOSA/F2分光器は、本学の学生たちが自ら手を動かして作った観測装置です。それを活用してNASAの探査ミッションとのコラボレーションを実現し、科学的成果を上げることができました。このことは、本学神山天文台における人材育成、研究成果の発信という二つの面において、大きな一歩です。」と述べています。

 今後、研究グループでは2014年にはヨーロッパ宇宙局が主導する新しい彗星探査ミッションROSETTA(ロセッタ)にも協力する予定です。研究グループでは,今後もこうした宇宙探査計画とのコラボレーションを推進したいと考えています。

 最後に、NASAのEPOXI彗星探査ミッションの責任者であるアハーン博士からは、神山天文台における上記の成果について、次のようなお礼の言葉をいただきました。

The observations from the Koyama Astronomical Observatory reported in this paper are precisely the data that are needed to interpret the in situ results from the EPOXI-mission's flyby of the comet. These data are needed both to understand temporal variability in the comet, in order to place the flyby in the right temporal sequence, and to understand the relationship between this particular comet, measured in great detail from the flyby, and the ensemble of all other comets, which are observed only by astronomers like our colleagues at Koyama, Kyoto.

Michael F. A'Hearn, PI EPOXI

(要訳)この論文において報告されている、神山天文台における観測は、まさにNASA/EPOXI探査機が彗星の近くに行ってまで行った観測を正しく理解する上で極めて重要なデータです。常に時間的に変動する彗星において、探査機が行った極めて詳細な観測を正しく解釈するにあたり、同時刻の地上観測と関連付けて理解することは、他の様々な彗星における地上観測結果との比較という観点からも、極めて重要です。そして、こうした貴重な地上観測支援は、京都の神山の地に居るみなさんのような、貴重な仲間達によって支えられているのです。

ミカエル・F・アハーン(NASA/EPOXI計画責任者)

© NASA

参考論文

  1. “Optical low-dispersion spectroscopic observations of Comet 103P/Hartley 2 at Koyama Astronomical Observatory during the EPOXI flyby”, Shinnaka et al., Icarus (in press).
  2. “Parent Volatiles in Comet 103P/Hartley 2 Observed by Keck II with NIRSPEC during the 2010 Apparition”, Kawakita et al., Icarus (in press).
  3. “Cometary Volatiles and the Origin of Comets”, A’Hearn et al., Astrophysical Journal Letter (in press).
  4. “AKARI Near-infrared Spectroscopic Survey for CO2 in 18 Comets”, Ootsubo et al. 2012, Astrophysical Journal, 752, 15.
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