理学部 堀田知佐准教授らがカゴメ磁性体モデルで世界初の
「磁場に反応しない量子液体状態」を示す磁化プラトーを発見

概要

 IFW理論研究所(ドレスデン・ドイツ)西本理研究員、東北大学大学院理学研究科 柴田尚和准教授、および 京都産業大学理学部 堀田知佐准教授の3名は共同で、世界で初めてカゴメ格子構造をもつ磁性体モデルの磁化過程を正確に同定することに成功し、5つの磁化プラトー ※注1と呼ばれる、磁場に反応しないスピン状態の存在を明らかにしました。これら磁化プラトーのうち、1/9プラトーは、磁場中で実現する初めてのスピン液体 ※注2になります。一般に、磁性体は、低温で対称性の破れを伴う相転移を起こし、強磁性や反強磁性のようなスピンの向きが固定された「固体」構造を形成します。スピン液体は、このような固定された構造をとらずに幾何学的フラストレーションと量子力学的揺らぎの効果によって、絶対零度でもスピンの向きが凍結しない状態を指します。1/9プラトーで今回新しく発見された状態は、Z 3スピン液体と呼ばれる、実験のみならず理論モデルでもほとんど見つかったことのない新しいスピン液体です。

 カゴメ格子とは図1中に示すように竹で編んだ籠の網の目の構造をもつ格子です。例えば、ZnCu3(OH)6Cl2、 Rb2Cu3SnF12のような遷移金属化合物は、このようなカゴメ格子に近い結晶構造を持ち、各格子点(白い網線の交点)上に電子スピンが局在しています。

図1: 本研究によって得られたカゴメ格子磁性体の磁化曲線。磁化が0、1/9 、1/3 、5/9、7/9の分数値に、磁化プラトーと呼ばれるフラットな構造が現れ、それぞれが異なった量子相を形成している。0と1/9のプラトーはZ2 およびZ 3スピン液体であり、後者は今回初めて見つかった。スピン液体の状態ではスピンは左上図のように空間的な磁気構造を持たない。一方、1/3、5/9、7/9のプラトーでは、星型をユニットとする磁化の周期的構造(右下図)が観測され、磁気的な「固体」相を形成している。


 これらの磁性体では、隣接するスピン間の相互作用が、互いに牽制し合う効果により単純な磁気構造の形成が許されず、極低温まで量子力学的にフラフラと揺らぐ、いわゆる「フラストレーション」を強く反映した特異な状態になります。
 本研究で扱ったカゴメ格子のスピン1/2ハイゼンベルグモデルは、フラストレーションの効果によって低温までスピンが液体状態を保つと考えられていた最有力候補のモデルで、特に最近、欧米を中心に活発に研究されていましたが、精密な理論計算が困難であり、決定打となるような研究はこれまでありませんでした。今回の成果は、堀田・柴田の開発した新しい数値解析法(グランドカノニカル解析)と西本の大規模計算技術(密度行列繰りこみ群 ※注3)の融合によって、このカゴメ磁性体に磁場を加えたときに現れる磁化曲線を世界で初めて理論的に明らかにしたというものです。特に、磁場下におけるスピン液体の発見は、多彩なスピン液体の発現機構やその特徴を理論と実験の両面から明らかにする有力な突破口になると考えられ、今後のスピン液体研究の飛躍的な発展につながることが期待されます。

 本研究成果は、Nature Communicationsの2013年8月5日号(英国時間)に掲載されています。

論文名

”Controlling frustrated liquids and solids with an applied field in a kagome Heisenberg antiferromagnet” 「フラストレートした量子スピン液体相および量子固体相の磁場による制御」 Satoshi Nishimoto, Naokazu Shibata & Chisa Hotta

掲載http://www.nature.com/ncomms/2013/130805/ncomms3287/full/ncomms3287.html

研究の背景

 通常の反強磁性体では、スピンが交互に向きを変えながら並ぶ規則的な構造が現れます(図2左)。ところが、1970年代から、三角形の格子の頂点にスピンが存在する系(図2右)の研究が進み、絶対零度までどのようなスピン構造の規則的配列も不安定になるフラストレートした状況を作り出すことができると考えられるようになり、その流れの中で様々な向きにスピンがゆらぐ巨大なエントロピーを有するスピン液体の探索が始まりました。2003年には、κ-ET2Cu2(CN)3という三角格子構造の有機物質でこのようなスピン液体が見つかりましたが、現在に至っても、この有機物質およびカゴメ格子磁性体などのごく少数の物質でしかスピン液体と考えられる状態は観測されていません。

図2: 反強磁性体の局在スピン間には、互いに反対方向を向こうとする相互作用が働く。正方格子の場合は、全ての隣り合うスピンが互いに反対方向を向く反強磁性(左)状態が安定になる。一方、三角のユニットでは、3つのスピンがすべて互いに反対方向を向く配置は存在せず、スピン間にフラストレーションが生じる。カゴメ格子は、三角形をつなげて作る格子なので、特にフラストレーションが強く、絶対零度近くまで巨大なエントロピーが残ると考えられている。


 スピン液体の理論研究は、1990年代から精力的に行われ、カゴメ格子モデルが絶対零度までスピン液体状態を保つ最有力候補として研究者の注目を集めてきました。しかし、磁場をかけたときに、それとは異なる第二のスピン液体が現れることは予想されておらず、今回の研究で初めてその存在が明らかにされました。

 元々、フラストレートした状況を生み出すモデルの理論的な取り扱いは非常に難しく、最速のスーパーコンピュータを用いても、数10程度のスピンの系しか厳密に扱うことはできません。そのため、従来の理論研究では、階段状の磁化ステップしか得られず、磁化曲線の概形は分かるものの、磁化プラトーと呼ばれる、特殊な磁場中の安定状態を同定することは困難でした。今回の研究で使われたグランドカノニカル解析と密度行列繰り込み群を組み合わせた方法は、120個ほどのスピン数の状態から、1023個の巨視的な数のスピンの磁化過程を0.1%の誤差の範囲で得る優れた計算法であり、この方法により、零磁場での従来のスピン液体の存在を含め、計5つの磁化プラトーの確認とその性質の解明が可能になりました。

用語の説明

注1:磁化プラトー

  磁場にはスピンの向きを揃える力があるため、反強磁性体に磁場を加え、その磁場を徐々に強くしていくと、磁場の強さに応じてスピンが磁場の方向に向きを変え、最終的にある一定の磁場以上で完全にスピンが偏極して強磁性になります。この過程で、磁化の大きさを磁場の関数として表したものが磁化曲線です。磁化曲線は、本来、滑らかな曲線ですが、量子磁性体の中には、磁化が最大磁化値の分数倍の値になったとき、磁場を変化させても磁化がその値から変化しない領域をもつものがあります。この領域を磁化プラトーと呼びます。通常の磁化プラトーは、その分数に関係した長周期の規則的磁気構造の出現を伴います。今回のモデルの場合、1/3、5/9、7/9 プラトーがそれに該当します。これに対して1/9磁化プラトーは、規則的な周期構造をもたないスピン液体のプラトーであり、磁場下で現れたスピン液体の初めての例になります。

注2:スピン液体

 磁場を加えたとき、一般的にはスピンが磁場方向に反転する励起が生じます。この励起は、磁化の大きさがプランク定数を単位として1の大きさを持ち、電気的には中性(電荷0)のマグノンという素励起により表現されます。これに対して、磁化の大きさが通常のマグノンの半分になるような分数励起が現れる状態はトポロジカル相として理解され、その代表例としてスピン液体が挙げられます。スピン液体の名前は、スピンが空間的な対称性を破らずに、量子力学的に常に揺らいだ状態で存在していることに由来しています。スピン液体は三角格子モット絶縁体、カゴメ格子反強磁性体などの2次元以上の次元の系で実現すると考えられています。今回のZ 3スピン液体は、トポロジカル次元の計算によって確認されました。

注3:密度行列繰り込み群

 1992年に米国のWhiteによって開発された量子多体計算法で、特に1次元量子多体モデルの性質の解明に、飛躍的進展をもたらしました。今回の研究では、2次元のカゴメ格子に対してこの方法が用いられました。

PAGE TOP