大橋 佳奈(ドイツ)

 私は今回の一年間のドイツ留学によって、数多くの収穫を得ました。

 私にとって、今回の留学での出来事は初めてのことだらけでした。一人暮らしも、海外に一週間以上滞在することも初めてだったので、留学へ行く前はとても不安でした。しかしいざ行ってみると、先に留学していた日本人の先輩に助けてもらえたことと、今回私が滞在したケルン自体が予想以上に大きな街で活気もあり、賑やかな雰囲気が私の住んでいる地域よりスケールが大きく感じ、「ここでなら大丈夫だ」と思えました。

 学校が始まり寮に入ると、親のいない一人暮らしの始まりです。一人部屋での生活だったので、気苦労はありませんでしたが、同じ階には約14人ほど住んでおり、キッチンやシャワー・トイレはすべて共有でした。寮での日常会話はほとんどドイツ語でしたが、中国やポーランド、フランスやトルコなど様々な国から来た学生がたくさんいました。こんな初めてだらけの生活でしたが、海外での一人暮らしに対する期待が大きかったこともあり、一年を通して大きなホームシックにかかることはありませんでした。

 実は、入寮前は寮内での人間関係がもし悪ければどうしよう、という不安が少しありました。しかし実際のところは皆活動時間が違うため、じっくり話すということはほとんどありませんでした。ほっとした半面、正直にいうと、もう少し密接になれるかと期待していたところもあったので、少し残念でした。ドイツ語の上達を目的とした留学だったのですが、私がドイツに到着した時は、想像していた以上にドイツ語での日常会話が困難で、学校の語学授業だけでなく日常会話においてでも必死でした。単語が出てこなかったり、聞き取れる言葉が少なくて困ってしまうと、相手も困って「もういい」と話を切られてしまうことが多くありました。しかし中には分かりにくい私の話を辛抱強く聞いてくれたり、間違えたところを直してくれた人もいました。

 語学コースやTANDEMはもちろん、日常の中の会話によってドイツ語で話をすることにだんだん慣れてきて、わからない単語が多いながらも、以前より恐がることなく積極的に話ができるようになりました。そしてドイツ語での会話に慣れていくうちに、だんだんと周りを観察する余裕ができ、日本人の仲間はもちろん、現地にいるドイツ人やその他の海外の人々ともドイツ語を使って交流ができるようにもなりました。半年ほど経ったときに、私とよく話してくれる同じ寮のドイツ人の友人に、「ドイツ語がとてもうまくなったね」と言われたときは、とてもうれしくて、自信がつきました。

 また寮で生活していると、部屋から一歩外に出るだけで文化の違いに触れることができます。例えば、ドイツでは地下に洗濯機と洗濯物を干すところがあります。日本では湿気が高いため、なるべく屋外で干しますが、ドイツでは空気が乾燥しており、湿度も日本に比べてそんなに高くないため、洗濯物を屋内で干すことができるのです。またドイツでスーパーに買い物へいくと、必ず自動の空ボトル回収機が置いてあります。これはドイツのペットボトルには一般的にデポジットがかかっており、飲んだ後にその空ボトルを各スーパーマーケットに設置されている自動空ボトル回収機に入れると、そのデポジットが返金されるのです。私がこのことを初めて知ったときは、正直少し面倒くさいと思いました。しかし日常生活の中で使用していくうちに、このシステムは素晴らしいものだと思うようになりました。なぜならペットボトルひとつに対してのデポジット自体は少額なのですが、その数が増えるだけ大きな差がでます。そしてこのシステムによって一人ひとりが自発的にエコに協力するという形になるからです。

 私は半年たった頃、ケルンでの生活に精神的に余裕が出てきて、なるべく多くの地域を訪れてみたいと思うようになりました。そこで自分たちで行きたいところの計画をし、全く知らない土地でたくさんの体験をするために積極的に行動するようになりました。今までは計画を立てるということ自体が苦手で、いつも他の人に任せてばかりいました。しかし旅行の計画を自分で立てることにより、ドイツまたはヨーロッパの地理や地域の特性などはもちろん、ヨーロッパにおける公共機関・移動手段や宿泊施設についてなど本当にたくさんのことが実際に学べたと思います。その上、今まで欠けていた計画性や積極性を育み、これからの自分に必ず役に立つだろう力も得ることができたと思います。私はこれらの経験で、今までよりも自分に自信がついたと思います。

 また様々な地域に行って、日本とドイツとの共通点と同時に相違点も感じました。例えば、街の景観や文化、価値観などで、一番ショックを受けたことは、店のサービスです。スーパーマーケットの店員さんが、レジを打っている合間に手元にあったジュースを飲んでいたのです。お客様が常に上に立っている日本ではありえないことだなと思いましたが、これは異文化をあらわすひとつの面白い例だと思いました。ほかに驚いたのが、ドイツの社会における自転車への配慮が日本に比べて大きいことです。例えば、バスや列車に自転車も乗れるように、入口出口が大きくされており、乗車してからもなるべく他の乗客の邪魔にならないようにスペースが確保されています。またドイツの道路には歩道と車道のほかに、自転車道があることにも驚きました。歩道と隣合わせするように自転車道があり、その間はきっちりと線が引かれています。日本の横断歩道のようなイメージですが、歩道と自転車道との幅の広さにほとんど違いはない上に、横断歩道ではない普通の道でもそうなっているのです。そしてケルンでは、それが徹底されているのです。ほとんどすべての道がそうなっており、その上、市民の間でも“一般モラル”として確立されているのです。私自身、ケルンでの生活の中で、これに違反して歩道を走っている自転車をあまり見たことがありません。これにより、自転車と歩行者が衝突する事故がかなり減少していると思います。

 日本では最近自転車と歩行者の衝突トラブルが問題になっており、例えば京都では自転車道の再整備がされています。しかし、一般市民の間では自転車は歩道を走ってはいけないということが徹底されていません。また、警察官などの注意もほとんどありません。今後は広報活動や警察の注意なども含め、行政が市民のモラルを喚起するように徹底すべきだと思います。

 また実際にドイツから他のヨーロッパの国に旅行をしてみると、EU圏内での移動の手軽さを改めて実感することができます。ドイツを含めた多くのEUの国々では国境審査なしでの移動が許されるシェンゲン協定が結ばれているため、国家間を簡単に行き来できるのです。例えば、私のいたケルンからならば、ベルリンに行くよりも隣国のベルギーのブリュッセルに行くほうが安価で、かつ短時間で行くことができます。私が一番記憶に残っているのは、ケルンからオランダの町へ行った時のことです。ケルンのあったノルトライン・ヴェストファーレン州は、オランダとの国境にあり、またケルン大学に属する学生は州内を自由に普通列車で移動できるチケットを持っています。そこで私がそのチケットをオランダとの国境まで使い、そこから一駅分のチケットを買い、オランダの国境沿いの町へ列車で移動しました。もちろんたった一駅分のチケットの額なので安く、なんと往復3ユーロ(日本円で約300円ほど)でオランダとドイツを行き来できたことになるのです。そして更に驚いたことに一駅しか違わない距離だというのに、オランダの町へ着いた瞬間オランダ語が主となったのです。もちろん国が違うのでそれは当たり前のことですが、私はたった一駅で国境は越えられるのかと改めて実感し、感動しました。これは隣国と陸続きの大陸国家の多いヨーロッパ内であるからこその利点であり、島国である日本とは大きく異なった点のひとつだと思います。

 しかし、彼らは自分たちの国や地域に対する誇りを持っていることもわかります。そのことを、私の興味のあるサッカーからお話します。ドイツでは自分たちの地元にあるスポーツクラブを熱心に応援します。特にサッカーにおいてはそれが顕著に出ています。おそらくその理由の一つに、ドイツが共和国であることが考えられます。そのため地域ごとに特性があり、またライバルとされる地域があったりするのです。例えばケルンと隣町のデュッセルドルフはライバル同士とされています。お土産屋さんには「ケルン対デュッセルドルフ」という文字が書かれているポストカードが置いてあったり、もちろん実際に仲が悪いということでもないのですが、お互い相手を煽る文句があったりします。そして昨年一度、デュッセルドルフ対ケルンで昇格争いの試合がありました。その試合は、負けたケルンのサポーターが試合後暴動を起こしたほど激しい雰囲気だったみたいで、翌日の州内新聞にも載ったほどでした。

 そのような地元愛が強く出るドイツの国内サッカーですが、それが他国のクラブとの試合となると話は別となります。ヨーロッパ各国のクラブ世界一を決める、ヨーロッパチャンピオンズリーグが開催されていたとき、ある試合でドイツのバイエルン・ミュンヘンというクラブとスペインのレアル・マドリッドが対戦していました。その時多くのドイツ人の友人たちはケルン市内のバーに行き、バイエルン・ミュンヘンを応援していました。話を聞くと、実はそのクラブは国内リーグではとても強いため、その他のクラブのサポーターはあまり彼らをよく思っていないらしいのですが、他国のクラブとの対戦のときは、ドイツ代表として戦っているので、どこのクラブのサポーターも全員彼らを応援するというのです。私はドイツをはじめ各国のアイデンティティの高さを感じることができました。

 この留学を通して、このように私は語学の上達はもちろんですが、めったにできない貴重な体験がたくさんできました。このような体験を今後に活かしていきたいと思います。

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