篠原 健一 教授 インタビュー

アメリカ企業社会の調査と詳細な記述を通じて、日本企業社会の特徴を裏から浮かび上がらせる

『アメリカ自動車産業』(中公新書)が刊行されました。研究のきっかけや本書を執筆された経緯は?

 学部生の頃、アメリカという国はアメリカンドリームという言葉に代表されるように、厳しい競争社会・実力主義の国と思っていました。その面は無論、確かにあるのですが、現地に実際に行っていると、案外、多くの方が冗談を言いながらのんびり働いているという印象を受けます。たとえば、街でレストラン、スーパー、小売店など色んなお店に行くと、明らかに日本のお店のほうがせっせと働いているような印象を受けるわけです。競争の厳しい社会であるはずなのに、これは、いったいどういうことだろう、と素朴に思ったのが私の関心の始まりです。
 また、私はもともと自分の所属する日本社会に関心があって、いまもそれに変わりはありません。ただ、日本人である私が日本の社会・企業組織をダイレクトに研究しても、大して面白いものが書けないんじゃないかなとも思ったわけです。いっそのこと、アメリカ企業社会を調査し、詳細に記述することによって、間接的にではありますが、逆に日本企業社会の特徴を裏から浮かび上がらせることが出来ないかと考えるようになりました。そこで大学院に入ってから、恩師・石田光男先生の指導を仰ぎ、アメリカ自動車工場でのヒトの働き方を勉強するようになったのです。きちんと勉強するようになって、改めてはじめて分かったのですが、アメリカ自動車工場の働き方は労働組合の歴史・機能、アメリカ人の公平感をしっかり勉強しないとわからない世界でした。
 そこで実際にアメリカ現地に行って調べてみると、能力主義や個人主義とは逆の世界、つまり拙著で書いているようなアメリカ独特の集団主義、年功制が色濃くあるわけです。これらは日本では一部を除きほとんど知られていませんでしたし、変な話ですが、とくにアメリカ流の年功制である先任権(Seniority)の歴史と構造、現状については、意外とアメリカ人からもあまり関心を持たれていませんでした。つまり研究の「穴」というか、あまりきちんとした実証研究が行われていないテーマだったのです。
 そうした観点から見ると、意外にも、日本のほうがじつは能力主義・競争主義・個人主義的な働き方をしていることが分かります。それらを明らかにしたのが2003年『転換期のアメリカ労使関係』(ミネルヴァ書房)でした。周知のように2009年にGMとクライスラーが経営破綻したのですが、それまでの改革努力を石田先生と共編著で書かせていただいたのが2010年『GMの経験』(中央経済社)です。そして今年に出版した『アメリカ自動車産業』はこれまでの改革努力を踏まえ、経営破綻後のアメリカ自動車産業における経営改革を視野に入れ、まとめたという経緯です。これは新書ですから一般読者向けに分かりやすく書きましたが、内容は薄くなっていないと思いますので、ぜひ一度読んでみてください。

篠原 健一 教授

『アメリカ自動車産業』(中公新書)

今後の研究・教育の展望を教えてください。学生へのメッセージもお願いします。

 これからやりたい仕事は研究面で色々ありますが、雇用のあり方と国際競争力の比較についてさらに調べてみたいと思っています。具体的には自動車以外の別の産業はどうかとか、ヒトの働き方の観点に引き付けて見たQC(品質管理)活動とか、労使協議制の実態とか、企業グループ規模で見た労働の実態とか、雇用関係の国際比較を切り口に研究したいです。限られた研究者人生の時間の中で、こうしたテーマをどこまで自分が解明できるのか分かりませんが、「あれをしたいこれをしたい」などと考えるだけでも楽しく思えるのが、私の性格(タチ)です。授業では教科書的な説明も大事ですが、自分が取り組んでいるテーマやワクワク感も、ライブで学生にも伝えることが出来ればといつも思っています。
 大学にはいろんなテーマ、最先端のテーマを深く考えているユニークな先生方がたくさんおられます。せっかく大学に入られるのなら、そうした先生に接してみて、議論をふっかけてみてください。そうするともっと勉強が楽しくなりますし、かならず皆さんの今後のためになると思います。

篠原先生の新書は、『週刊ダイヤモンド』が選ぶ「2014年ベスト経済書」の18位にランクされました。
下記のメディアでも取り上げられています。

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