総合生命科学部 生命システム学科 佐藤 賢一 准教授

細胞レベルでの「受精」研究と「がん」研究、
生命の誕生と死にかかわる二つのテーマのかかわりとは。
細胞膜を介するシグナル伝達の解明に挑み、細胞が変化する仕組みを明らかにする。

「がん」の研究からはじめられて、「受精」の研究へ。同じ生物ではあっても、どのような点にかかわりがあるのですか。

総合生命科学部 生命システム学科 佐藤 賢一 准教授

 最初はがん細胞の研究からはじまったのですが、研究対象にしていたがん関連の遺伝子・タンパク質の別の働きの1つとして受精成立の仕組みにも取り組むようになりました。一方は生命の誕生にかかわり、もう一方は生命の終わりに向かう現象という面で興味を持っています。2つの現象はまったくかけ離れているようにも思われますが、じつは根本の分子レベルの部分は似通っているところがありそうです。その似通った部分がある細胞ではがん化(悪い方向)、卵細胞では受精(良い方向)に働くということです。もとは同じタンパク質の働きが、他の遺伝子やタンパク質などの働きとの組み合わせ、その働く場所やまわりの環境によって変化する、その仕組みの解明をしたいと考えています。

 受精とがん、遺伝子とタンパク質、これらのキーワードで何を見ているのかというと、受精はどういう条件が整えばできるのか。あるいは、がんはどういう条件が整えばできるのかということです。私が以前から興味を持っている現象に、タンパク質のチロシンリン酸化があります。チロシンというアミノ酸、そこにリン酸がくっつく反応がタンパク質のチロシンリン酸化です。この反応のあるなしでタンパク質の機能ががらりと変わることがあり、その成否が受精がうまくいくかどうか、細胞ががんになるかならないか、等に影響することがわかってきました。

 タンパク質は遺伝子に書き込まれた情報をもとに作られ活動しています。個々の細胞の中では複数のタンパク質がシグナル伝達ネットワークを作り、いろいろな細胞機能を発揮するために働いています。受精のシグナル伝達、がんのシグナル伝達という言い方をします。シグナル伝達を断(た)って、たとえばタンパク質のチロシンリン酸化が起こらなければ、細胞はどのような影響を受けるのか。私たちが研究している両生類のアフリカツメガエルでは、このタンパク質のチロシンリン酸化が起こらないようにしたときに、受精が成立せず発生(受精卵が細胞の分裂を繰り返し成体へと育っていく過程)を開始できません。

 また、ある種のヒトがん細胞では、同じ状況で生き続けることができなくなります。なかなか死なないといわれているがんが、シグナル伝達反応を断たれることで死んでしまうことがあるのですね。こうした研究は、抗がん剤などにも応用できると考えています。

細胞の研究を進められて、細胞膜に興味を持たれました。単なる膜ではない、大きな機能が備わっているということのようですね。

 どの細胞にも内と外を区分する膜があります。細胞のどの部分に注目するのか、という点で細胞膜に着目したわけです。細胞膜は単純に壁のような区分する存在だと思われていたのが、実はいろいろなタンパク質が埋め込まれていて、その種類・内容によって細胞の性格が決定づけられていることがわかってきました。要は細胞にとって必要な、いろいろな仕組みを細胞膜に整えているのです。私は、外からの情報を受け入れるための分子装置というイメージを持っています。たとえば、がん細胞も、細胞の中の遺伝子が変化すると外見も変わってきます。すると、細胞膜に集まるタンパク質も異なってきます。そして細胞膜は、がん細胞の特殊機能の発揮に役立つようになります。

 では、細胞膜はどのように機能しているのかということで、細胞膜のタンパク質を調べているところです。物理的にも外と接しやすく、細胞の内外の環境の変化を感知しやすいところにある膜のタンパク質を網羅的に研究して、細胞膜の働く仕組みを解明していこうとしています。実はここに、私が興味をもつチロシンリン酸化に関係するタンパク質が幾つかあり、集中して研究しているところです。

 こうして、細胞をシグナル伝達機能の場という考え方でバラバラにして研究を進めていくと、からだを作っている数百種類におよぶ細胞が、さまざまな要素で変化していることがわかります。情報源としての遺伝子はもちろん、タンパク質、そして細胞膜、その細胞の置かれている場所にも影響を受けます。しかし、こうしたことにはすべてルールがあるはずです。そのルールの理解が、がんを防ぐための戦略に役立つかもしれません。長期的な視野では、こうした生物がもつ細胞の働きとその仕組みを一つひとつ明らかにできればと考えています。

 先程も少し触れたように受精研究ではカエルの卵で実験をしています。長期的には動物種が違っても普遍的に働いている受精成立の仕組みの解明が目標です。なぜカエルなのかというと、同じ脊椎動物としてカエルは遺伝子やタンパク質のレベルで人間と似通っている部分が多く、その分子レベルの研究で得た情報には、ヒトの受精の仕組みの理解に役立つものがあると思っているからです。

 カエル以外の動物での実験は、共同研究で試してみようと交流を図っています。動物の種類が違うと、実験していく中で思った通りにいかない、思いもよらないことが起こります。マウスや他の哺乳動物、海の無脊椎動物などを扱う研究者もおり、研究者コミュニティーで課題に取り組み、情報交換していくことも重要なことだと思います。

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