【法学部】取調べ可視化への道のりを学ぶ~法学会主催 学術講演会&法学検定説明会~

2023.11.14

「京都産業大学法学会」は、法学部、法学研究科の教員と学生から構成される学術団体で、年に2回講演会を開催しています。
2023年度春季の講演会は2部制で行われ、会場には多くの学生が集まりました。第1部では、神戸大学名誉教授 三井 誠氏による学術講演会が行われ、「法学入門 - 取調べの可視化」というテーマで、三井氏が携わってきた、被疑者(※1)の取調べを可視化するにあたっての経緯や困難をお話いただきました。第2部では法学検定試験説明会が行われ、試験の概要とその意義について紹介されました。

(学生ライター 法学部1年次 本多 亜呂羽)

三井氏の講演 多くの法学部生が参加した

【第1部】学術講演会 法学入門 — 取調べの可視化

三井 誠氏は、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程を修了した後、神戸大学大学院法学研究科、同志社大学法科大学院の教授を務められ、法学界をけん引されています。日本の捜査における取調べの可視化を進めた方で、当日は三井氏の講演を聴こうと、大教室いっぱいに法学部生が集まりました。

はじめに、『六法』で条文を参照しながら、刑事訴訟法やその上位規範である〔日本国〕憲法がどのような法典であるか、どのような姿かたちであるかについて話されました。また、刑事事件に関するメディアの報道についても、私たちに実際の新聞記事を配布され、それを基にお話してくださいました。

刑事事件に関するマスコミ報道では、捜査、逮捕、容疑者といった言葉を耳にします。その中で「捜査」や「逮捕」という言葉は、刑事訴訟法上の用語としても登場しますが、「容疑者」という言葉は、刑事訴訟法では「被疑者」と言い換えられています。このように、報道における用語と刑事訴訟法の用語にはズレがあることが説明されました。
さらに、「再逮捕(※2)」という言葉を例に、「すでに逮捕されている者をなぜもう一度逮捕する必要があるのか」、「再逮捕はどのような意味を持つのか」など、疑問を持ち、言葉の意味を考えるなど、大学では常に「なぜ?」「どうして?」と自分に問いかけながら学びを深めてほしいこと、また、身近な報道の中にも、法学部生には学びの素材がたくさんあることが語られました。

次に、刑事訴訟法(※3)について説明がありました。刑事訴訟法は、太平洋戦争終結後、1948年、憲法が全面改正されたのと同時に全面改正されました。今回の講演会では特に、「取調べの可視化」について詳しい説明がありました。

「取調べの可視化」とは、取調べの内容を「見える化する」という意味で、具体的には、取調べの状況を録音・録画して証拠として残すことを指します。「可視化」という言葉を初めて用いたのが三井氏であり、現在では一般的に広く使われています。
昔は、取調べにおいて拷問が行われることや、無理やりにでも言質を取ろうとすることがありましたが、新憲法の制定、刑事訴訟法の全面改正によって拷問が法律上で禁止され、誰しもが自身にとって不利益な供述を強要されないこと、つまり黙秘権などが保障されるようになり、科学捜査が重視されるなど、捜査手法が大きく変化すると考えられました。しかし、実際には、捜査実務において取調べによって自白を得るという手法は重視され、大きな変化は起こりませんでした。講演では、こうした歴史が紹介されました。

このような時代の中で、冤罪事件の発生など、取調べの信ぴょう性が疑われる重大事件が相次ぎました。マスコミではさまざまな報道がされましたが、三井氏は、ソニー株式会社の創業者 井深 大氏が、供述調書(※4)の改善を訴えた1983年の報道が特に印象に残っていると紹介されました。井深氏は、「私どもは、新聞で判決を見るたびに本当にこの人たちは犯人だったのだろうか、あるいは犯人ではなかったのではなかろうかと考えながらも、それについて判断のしようがないやりきれない気持ちになってしまう」と発言し、供述調書の信ぴょう性に疑問を持ち、取調べの様子をビデオに収録するか、せめてテープレコーダーを用いないかと提言されたのです(※5)。

取調べにおいて被疑者が自白したとして自白調書(※6)が作成されながら、起訴後その被告人が冤罪であるとして起訴事実を否定する場合、取調べの状況が適正であったかどうかが激しく争われることがあります。
しかし、取調べ状況は可視化されていないため、取調べ内容に関する訴追側と弁護側の主張は水掛け論に終始することになりがちです。刑事事件の判決を下すにしても、自白調書が任意性・信用性のあるものなのかどうか、判断を求められる裁判所として悩まされることが少なくないのだそうです。

そこで、三井氏は取調べの可視化に向けて動き出そうと、海外の取調べについて現地に出向いて勉強されました。例えば、イギリスでは、取調べにテープレコーダーが使用されていました。台湾では、取調室がマジックミラーになっていて、弁護士が外から取調べの様子を見ることができました。中国の検察庁にもそのような取調室・装置がありました。韓国やその後の台湾では、取調べに弁護人立ち会うことが制度化されました。三井氏にとって、そのような状況下で取調べが行われることは衝撃的で、日本の取調べを可視化しなければいけないという思いが、より一層強くなったと当時の心境を語られました。

日本では、2004年、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が制定公布され、2009年から施行されました。また、この頃、刑事裁判において無罪判決が相次ぎました。 こうして次第に、取調べの適正化という観点だけでなく、迅速で分かりやすい立証を行うには、被疑者の取調べを録音・録画することが重要な意味を持つのではないかとの理解が広がっていきました。

その後、2011年、法務省・法制審議会に「新時代の刑事司法制度特別部会」が設置され、討議を重ねた上、2013年に同特別部会は「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」を取りまとめ、取調べへの過度の依存から脱却するために取調べにおける録音・録画の導入を提言したとのことです。

2016年9月、刑事訴訟法が改正され、捜査機関に対し「裁判員制度対象事件」と「検察官の独自捜査事件」について身柄拘束中の被疑者を取り調べる場合には、その取調べの全過程の録音・録画を行う義務、供述の任意性が争われた場合には録音・録画記録の証拠調べを請求する義務、検察官がこの義務を果たさない場合は証拠調べ請求が却下されることが定められました(301条の2)。

現在、日本では、裁判員裁判の対象事件について、検察捜査では100%、警察捜査では96.5%の確率で録音・録画が行われています。供述の任意性が争われる事例が減少し、今後もこの方向性は維持されるだろうと三井氏は話されました。また近年では、取調べにおける弁護人立会いを求める主張が弁護士会から強く展開されており、その目的・内容・態様など議論を詰めていく必要があると、今後の課題についても紹介されました。

学生に語りかける三井氏

最後に、「これからみなさんは本格的に法律を勉強していくことになると思います。難しいかもしれませんが、どの法律の分野も、時代が進むごとに内容は変化していきます。法律上の言葉・用語の意味をしっかり理解して、ぜひ授業にも積極的に参加し、先生方のホットな話題に喰いつきながら、勉強していってほしいと切に願います」と、講演を締めくくられました。

(※1)被疑者:犯罪の嫌疑を受け、捜査の対象とされているが、まだ公訴を提起されていない者。
(※2)再逮捕:既に逮捕・勾留された者を、勾留中または釈放後に再び逮捕をすること。
(※3)刑事訴訟法:刑事手続を規定する法規の全体、昭和23年法律131号として公布された。
(※4)供述調書:捜査機関が被疑者や参考人を調べたときにその供述を録取した書面。
(※5)「正論:自白調書の改善はできないか」サンケイ新聞1983年6月22日付け。
(※6)自白調書:被告人の供述調書のうち、自己の犯罪事実を認める内容の供述調書。

【第2部】法学検定試験説明会

講演会終了後には、「法学検定試験」に関する説明会が実施されました。
法学検定試験は、法学の知識を客観的に判断する日本唯一の試験で、数多くの大学において単位認定、成績評価などに用いられています。また、法学部における教育効果の可視化の一つとしても用いられており、法を学ぶ人に広く活用される試験です。試験内容は、公務員試験や行政書士、司法書士などの試験準備にも良い機会となることが説明されました。

試験は、レベルに合わせて選択することができ、ベーシックコース、スタンダードコース、アドバンストコースの3つのコースがあります。ベーシックコースの試験科目は、法学入門、憲法、民法、刑法で、レベルとしては主に法学部の1~2年次生が受ける内容となっています。スタンダードコースは、法学一般、憲法、民法、刑法、選択科目が試験科目で、主に2~3年次生向けのコースです。ベーシックコースの合格率は約60%、スタンダードコースの合格率は約55.5%で、優秀な成績を残した人に対しては表彰が行われていることも紹介されました。

1年次生の段階では、試験の全範囲を授業で学んでいない状況ですが、公式問題集を2~3回解いておくと、合格を狙うことも十分可能だそうです。法学検定試験の公式YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)で、試験内容の詳しい説明や、各コースの例題の出題がされているので、ぜひ確認して積極的にチャレンジしてほしいこと、また、法学会員は受験補助が受けられることも紹介がありました。


法学部生として、『デイリー六法』の創刊に携わったり、法の制定や整備に尽力された三井氏のお話を聞くことができ、大変光栄でした。「法」というものは、簡単には変えられないものだと認識していますが、現在に至るまでに多くの困難を経て現在の法があるのだと実感しました。普段ニュースを見ていて、冤罪事件や捜査の在り方について考えさせられる機会がありますが、今回の講演を聞き、取調べの可視化が進むことで、事件の捜査に疑問が生じることのない社会になってほしいと、これまで以上に考えるようになりました。今後の法学部の学びにおいては、法律上の言葉や用語の意味をしっかりと理解しながら学んでいきたいです。
また、講演後に紹介された「法学検定試験」は、難関資格を受ける準備として良い機会になりそうなので、ぜひ受けてみたいと思いました。

PAGE TOP