タイパを重視する君たちへ2024.04.11

Z世代とタイパ

タイパ(タイム・パフォーマンス)という言葉を最近よく聞くようになった。時間的なロスを嫌い、時間に伴うコスパ(コスト・パフォーマンス)の高い方を選ぶ傾向を指す。デジタルネイティブのZ世代の若者たちは常にタイパ・コスパを重視する。彼らにとっては、例えばスマホを触りながらコンピューターでyoutubeを見るといった事が当たり前になっているのかもしれない。昭和世代の私にすると、そうしたマルチタスキング中?の高校生の息子を見ながら、そこで求められている「効率」は本当に成立しているのか?とやや疑問を感じることが多いのだが…
話を戻そう。そもそもタイパを追求する元にあるのは、どういった心理構造なのだろうか。時間は誰でも公平に与えられ、かつ同時に公平に制限されたリソースである。誰にとっても1時間は60分であるし、それは常に未来へと進んでいる。その限られたリソースをどう使うか、そこに効率性を求める理由は裏を返せば損失回避の心理なのだろう。親の資産や自身の賃金といった他の人生の要素よりもずっと常に公平に与えられている時間というリソースについて、「自分だけ損をしたくない」「得を逃したくない」そういった心理の仕組みがタイパという価値観を生み出しているのではないだろうか。

Prospective Theory

行動経済学の先駆者であり、2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが先月逝去された。心理学と経済学を結びつけ、人の意思決定における認知の仕組みに挑んだ偉大な研究者である。彼の提唱したProspective theoryによると、人は不確実な状況下において意思決定をする際に、常に合理的な判断に従うわけではない。むしろ直感とも呼べるシステムによって脳にとって負担の少ないやり方で「正しい」と思える判断に辿り着く事が多い。そこには人の認知のバイアスが大きく影響している。それは不確定要素の多い状況において、人は得をした時よりも損失を2、3倍重く感じる傾向であるということだ(ダニエル・カールマン・村井章子訳 2012.『ファースト・スローあなたの意思はどう決まるか』)。 よく用いられるのが、宝くじの例である。宝くじが当選する確率は極めて低いが、人々はその確率に関してはむしろ鈍感で「もしかしたら当たるかも」と思って宝くじを購入する。一方、「あなたのポイントがもうすぐ失効します」といった勧誘メールを見ると「本来もらえる得を逃したくない」「損をしたくない」と思って、必要のないものを購入してまで、そのポイントを使ってしまう。
不確実な状況というなら、現代の国際情勢はまさにその不確実性に向き合わなければ生きていけない時代である。コロナ禍を経て、ロシア・ウクライナ戦争、中東での紛争。それらの情勢不安が私たちの生活にダイレクトに響いてきている。世界的な感染によって、我々の社会生活は数年間かなり制限されてしまった。日々の物価の変動にも、国際情勢が反映されている。今ポストコロナと言われる世の中でタイパが求められるのは、先の見えにくい状況下でさらに溢れる大量の情報の中で、限られたリソースに固執してしまう人々の不安の現れなのかもしれない。

Talking about bright side

話は飛ぶが、私の専門はヘルス・コミュニケーション(会話分析)でかなりシリアスな現場を扱っている。例えば救命センターで患者の家族に、患者の状況を説明し蘇生処置を継続するかどうかを話す場面。あるいは一般診療で、重篤な疾患が見つかった時に患者にそのことを告知する場面。それらも予後や現状などが刻々と変化し、確定できないまさに不確実な状況である。さらにそこでの意思決定には、自身や家族の損失の可能性が常につきまとう。またそれぞれの場面で、患者や家族は何らかの決断をしていかなければならない。
そうした厳しい状況下のデータにも関わらず、共通して起こることがある。厳しい診断や治療方針、結論に辿り着く際に何らかのbright sideについて話が及ぶことがあるのだ。例えば、救命センターで死亡宣告を受けた家族が「最期に会えてよかった」と話す。重篤な疾患を告知する医師が「このタイミングで検査してよかった」と語る。つまり人生の極めて厳しい状況で、物事のネガティブな側面とポジティブな側面のバランスを取るようなプロセスが起こるのだ。Tanya Stivers & Stefan Timmerman (2017)は、こうした人々の行為に関してBivalent equilibrium(2つの価値における均衡性)と呼んでる。またJefferson(1988)は、人がトラブルに関して語る時、何らかのoptimistic projection(楽観的な予測)を示すことを指摘している。
確かにダニエル・カーネマンの指摘するように我々の心理は、ネガティブな局面にどうしても着目し、その価値を過大に感じ、何かを失うリスクを恐れてしまうのかもしれない。ただ同時に実践の現場では、私たちの会話はネガティブな側面においても希望を見出している。かなり深刻かつ厳しい状況下においても常に希望を見出し、それを語ることによって辛い状況を乗り越えていく力にしているように感じる。そうした人々の力には感動さえ覚える。Z世代の君たちには、不確実な状況下でそれぞれの希望を見出し、生き抜いていく力を身につけてほしい。不安な要素も多いが、スマホの中だけではなく実際の体験を通じて君たちが感じることがきっとそうした力を育んでいくと思う。そして君たちの柔軟な素晴らしいその力を信じて、我々はそこから学ばねばならないと常に思っている。

  • Jefferson, G. (1988). On the sequential organization of troubles-talk in ordinary conversation. Social Problems, 35(4), 418–441
  • Tanya Stivers & Stefan Timmermans (2017) Always Look on the Bright Side of Life: Making Bad News Bivalent, Research on Language and Social Interaction, 50:4, 404-418

川島 理恵 教授

異文化コミュニケーション、医療社会学、会話分析

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