人新世の時代を私たちはどう生きるのか 2024.04.25

安全保障問題としての環境変化

昨年の7月、世界の平均気温が観測史上最高記録となったことで「地球沸騰化」という言葉が注目を集めた。他にも、海洋汚染を引き起こしているプラスチックゴミを減らすための国際条約づくりが難航するなど、地球環境問題が国際社会における喫緊の課題となっている。これらをはじめとする地球環境問題の本質は、国際関係学の伝統的な研究対象である国家間戦争と同じく、安全保障問題である。例えば、温暖化問題が深刻化すると、熱中症が増加するばかりか、雨量の増加や高潮や台風被害もより顕著になるとされる。洪水や台風などの気象災害が増加すれば、インフラやライフラインが甚大な被害をこうむり、私たちの日常生活にも多大なる支障をきたすことになる。

人新世の時代

こうした地球環境問題の深刻さを象徴する概念として、近年「人新世(Anthropocene)」という概念が提唱され、受け入れられ始めている。これは、地質時代区分で最も新しい時代とされている「完新世(Holocene)」(最終氷河期が終わり、森林が増加し、世界各地で人類が文明を築き始めて現在に至る時代)に続く、人類の活動が地球の生態系に重大な影響を与えている時代として特徴づけられた想定上の地質時代である。いわば、産業革命にはじまる工業化の急激な進展に伴う大量生産・大量消費・大量廃棄、人口の爆発的な増加、グローバリゼーションに伴う社会経済の劇的な変化による温室効果ガス(二酸化炭素、メタンなど)の増加、オゾン層の破壊、海洋汚染、熱帯林の減少などを危惧した概念なのである。

プラネタリー・バウンダリー

また、最近「プラネタリー・バウンダリー」という言葉もよく聞くようになった。これは、「地球の限界論」とも呼ばれ、地球がどれくらい危機的な状況にあるのかを分かりやすく示したものである。ここで重要なのは、自然には元の状態に戻ろうとする回復力が備わっている、ということだ。例えば、地球温暖化の原因となる二酸化炭素が急激に排出されたとしても、森林がその分の二酸化炭素を吸収するので、時間が経てば再び健全な状態に戻る。しかし、二酸化炭素の排出量が地球の回復速度(森林が吸収する量)を大きく上回り、限界を完全に超えてしまうと、地球システムに不可逆的な変化が起こってしまう。実際に、すでに気候変動などの分野では、限界を超えている状態であることが指摘されている**

人新世の時代を我々はどう生きるのか

「サーキュラー・エコノミー(循環型経済)」や「グリーンGDP」といった考え方に代表されるように、人類が将来に渡り永続的に生活するためには、地球の限界を超えない範囲で社会・経済活動を送らなければならない、というのは間違いなさそうだ。その一方で、見せかけだけで実態が伴わないグリーン・ウォッシングをよく見かけるのも事実だろう。

人新世を生きる我々は何を豊かさとして捉え、何を優先させるべきなのだろうか。この答えのヒントになるのは、「ドーナツ経済」や「定常経済」という考え方なのかもしれない。これらについては、また次回、解説をしたい。


参考文献

  • *Crutzen, P.J. 2002. The Anthropocene. Nature, 414, 23.
  • **Richardson, K. et.al., 2023. Earth beyond six of nine Planetary Boundaries. Science Advances. DOI: 10.1126/sciadv.adh2458.
 

井口 正彦 准教授

グローバル・ガバナンス論

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