フィリピンの政局から見える国際関係 2024.03.11

アジア諸国の国政選挙シーズン到来

先日、台湾総統選(1月13日)が実施され、このニュースは日本でも大々的に報道された。争点は中国との向き合い方と対応とされていたが、最終的に現総統である蔡英文政権の路線継続を訴えた頼清徳氏が勝利した※1。今回の台湾総統選は、米中対立を背景に台中問題の行方を占う側面があり、東アジアの安全保障問題にも大きく関わるが故に日本でも大きく注目を集めた。
今年2024年は、4月には韓国総選挙、そして4月から5月にかけてはインドで総選挙が予定されており、アジアの民主主義国はまさに国政選挙シーズンを迎えている。「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific Strategy、FOIP)」を推し進める我が国にとって、それらの結果は米中対立を背景とした今後の安全保障と外交を左右しかねない。
そうした東アジア地域の安全保障に影響をおよぼす国政の変化は、東南アジア諸国の一部においていち早く訪れている。その一例として今回はフィリピンの政局について解説するが、その様相を注意深く観察してみると、米国・中国の2大国の間で「板挟み」になるという東南アジア諸国が古くから陥ってきたジレンマにも似た構図を改めて見ることができる。フィリンピンの政局とその構図に関するニュースを読み解いて、アジア地域の国際関係を理解する一助としてもらいたい。

2022年フィリピン大統領選挙とマルコス家の復権

フィリピンは1946年の独立以後も旧宗主国である米国と軍事的に深い繋がりを有し、冷戦期には東南アジア諸国連合(Association of South East Asian Nations、ASEAN)加盟国の中でもとりわけ反共・親米国家として位置付けられてきた。特にフェルディナンド・マルコス(Sir、シニア)大統領による開発独裁期(1960〜80年代)には、当時の東南アジア地域の冷戦構造化を背景に1954年に設立されていた東南アジア条約機構(Southeast Asia Treaty Organization、SEATO)へも積極的に関与し、反共への支持を受けながら米国との連携を強めていった。しかしマルコス・シニア氏による開発独裁が長期化すると、経済好調だった時代から一転して高いインフレと失業率悪化に見舞われ、その結果、国内共産主義の勃興とともに社会不安が増大した。1983年に反マルコスの急先鋒だったベニグノ・アキノ(Sir、シニア)氏が暗殺されると、それを引き金にそれまでの数々の人権侵害、汚職、そして不正蓄財が明るみになり、1986年のエドゥサ革命(ピープルパワー革命)によってマルコス・シニア氏は政権を失い、妻イメルダ夫人とともに米軍の助けを借りて国外へ脱出した。
そんなマルコス家の復権を印象付けたのが、2022年当時の大統領ロドリゴ・ドゥテルテ氏の任期満了にともない同年5月に行われたフィリピン大統領選挙であった。この2022年選挙ではフェルディナンド・マルコス・ジュニア(通称ボンボン・マルコス)氏が大統領候補として、そして当時ダバオ市長を務め南部(ミンダナオ)での強い支持基盤を有していたドゥテルテ氏長女サラ・ドゥテルテ氏が副大統領候補として、最終的に両者が連携して選挙戦を展開した。マルコス・ジュニア氏は、前述のマルコス・シニア元大統領と母イメルダ夫人との間に生まれた第2子で、エドゥサ革命で両親とともに国を追われた過去をもつ。それ故に、大統領選では立候補者討論会には欠席し続け、父親時代の負の歴史(不正蓄財、汚職、人権侵害など)に触れさせない選挙戦を展開した※1。もちろんそうした選挙術も功を奏したのかもしれないが、当初大統領選への立候補を検討していたサラ氏が副大統領選に鞍替えして、それと同時にマルコス・ジュニア氏との連携を発表した影響ははかりしれない。
当初、現大統領であったドゥテルテ氏は、自身が副大統領として立候補する意向を示していたが、大統領の任期が1期6年と定められている憲法規定に抵触する恐れがあるとの批判を受けたため、それを取り下げた経緯がある。そしてマルコス・ジュニア氏は、対中融和姿勢を見せていたドゥテルテ政権の外交方針の支持を明言していた。そのため、実質的にドゥテルテ氏の意向を汲むサラ氏が、マルコス・ジュニア氏の持つ北部地域(ルソン)の支持を取り込みつつ彼と連携する選択肢をとったとする見方が大勢を占める※2。そして北部・南部の支持を確実に取り込んだ結果、マルコス・ジュニア氏、サラ氏ともに、2位候補に圧倒的な差をつけて勝利し、ドゥテルテ氏の路線を継承するマルコス新政権が誕生した※3。かくして、マルコス・ジュニア氏は、父の負の遺産への言及を巧妙に避けつつ、そして何よりもフィリピンで強い人気を誇るドゥテルテ家の力を生かして、見事にマルコス家のフィリピン政界復帰を成し遂げたのだった。

マルコス家とドゥテルテ家の対立

と、まさにドラマのような筋書きで2022年フィリピン大統領選でのマルコス家復権の様相を見てきたわけだが、「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったもので、最近のフィリピン政局はさらにドラマのような展開を見せている。事の発端は2024年1月23日に現地ニュースのインタビューにおいて、マルコス・ジュニア大統領が海外直接投資(Foreign Direct Investment、FDI)誘致とその拡大のために外国資本参入の妨げになっている現行の憲法を改正する議論について話す中で、政治家の任期見直しとその可能性について言及したことにある。
上でも触れたように、フィリピン大統領の任期は憲法によって1期6年で再選は無しと定められており、それは彼の父マルコス・シニア元大統領による長期独裁政権の反省を受けて1987年に制定された憲法から導入された規定である※4。父の開発独裁とその悪影響を教訓に制定された憲法上の規定について、大統領となった息子がその修正に言及したという事実は大きな反響を呼んでおり、特にドゥテルテ家の反発は強い。前大統領となったドゥテルテ氏はその5日後に行われたイベントの席でマルコス・ジュニア大統領の改憲姿勢を強く批判したという報道や、サラ副大統領も父ドゥテルテ前大統領に同調してマルコス・ジュニア大統領との距離感を広げているという報道が続々と報じられている*4。マルコス・ジュニア大統領はサラ副大統領との協力関係は継続されていると強調しているようだが、その動きを台無しにするかの如く、ドゥテルテ前大統領はその後彼ら一家の支持基盤であるミンダナオで伝統的な懸案である「独立」に向けた署名を開始する方針を打ち出したとの報道もなされた。事態はマルコス家とドゥテルテ家の対決を背景にしたミンダナオ独立問題にまで飛び火してしまっている※5

両家の対立に垣間見えるもう一つの原因

こうしたマルコス家=ドゥテルテ家の対立の背景には、大統領任期と改憲への言及以外にも、実は別の原因が考えられる。それはマルコス・ジュニア大統領が、大統領選で掲げていたはずのドゥテルテ前政権の対中融和の外交路線の見直す可能性が出てきていることにある。
ドゥテルテ前政権では、安全保障に関連条約の修正をはじめ米国との向き合い方を見直す一方で、南シナ海問題を大きく取り上げずに中国との軋轢を回避する融和方針に舵をきっていた。それに対し、マルコス・ジュニア大統領は、大統領選当確翌日の5月11日に米国特別大使と面会し、米国との貿易とFDI受け入れを歓迎すると同時に、その中でドゥテルテ前大統領が重ねて廃止に言及してきた訪問軍地位協定(Visiting Forces Agreement、VFA)の延長を示唆した※6。またマルコス・ジュニア大統領は、7月24日に行った一般教書演説(State of the Nation Address)においても、国土保全を強調して困難性が増している南シナ海問題を見据えた発言を行った※7。それに加えて、冒頭で述べた台湾総統選にあたっては、マルコス・ジュニア大統領が総統選の2日後である1月15日に自身のX(旧ツイッター)にて頼清徳氏に向けて「緊密な協力を楽しみにしている」とのメッセージを投稿し、その行動を中国外務省が批判するという一幕も起こっている※8
南シナ海では、昨年末からフィリピン船と中国海警局の衝突が発生しており、2024年3月5日にはフィリピンの沿岸警備隊と補給船が中国海警局と衝突しけが人も発生している*9。中国による南シナ海での一方的な行動がエスカレートする中、マルコス・ジュニア政権は中国との対話を呼びかけつつも、ASEAN関連会議や様々な外交の場で米国や関連同盟国との対話を積極化させている。フィリピン新大統領および新政権の動向、そしてマルコス家=ドゥテルテ家の対立は果たして米中対立の縮図となるのであろうか。ぜひ今後のフィリピン動静に注目してほしい。


  1. 志賀優一(2022)「比大統領 フェルディナンド・マルコス氏(64) 父は独裁者、一家の復権へ(2022年7月1日、日本経済新聞、朝刊)」、日本経済新聞社。
  2. 志賀優一(2021)「ドゥテルテ路線継続争点 比大統領 サラ氏、副大統領選に(2021年11月16日、日本経済新聞、朝刊)」、日本経済新聞社。
  3. 日本経済新聞(2022)「マルコス氏、当選確実 フィリピン大統領選 親中路線踏襲へ(2022年5月10日 朝刊)」、日本経済新聞社。
  4. 日本経済新聞(2024)「マルコス氏『任期延長』に含み ドゥテルテ家と対立深まる(2024年2月5日 朝刊)」、日本経済新聞社。
  5. 日本経済新聞(2024)「フィリピン前大統領、マルコス氏対立 南部独立案で揺さぶり(2024年2月22日 朝刊)」、日本経済新聞社。
  6. Neil Jerome Morales (2022), Philippines' Marcos says he discussed defence deal with U.S. envoy (May 23, 20225:39 PM GMT+9), REUTERS,  (accessed 2024-02-10).
  7. Philippines Presidential News Desk (2023), STATE OF THE NATION ADDRESS OF HIS EXCELLENCY FERDINAND R. MARCOS JR. PRESIDENT OF THE PHILIPPINES TO THE CONGRESS OF THE PHILIPPINES (Delivered at the Session Hall of the House of Representatives, Batasang Pambansa Complex, Quezon City on July 24, 2023), Philippines Presidential Communications Office.
  8. 田島如生(2024)「『台湾問題 正しく理解を』中国、マルコス氏を批判(2024年1月17日 朝刊)」、日本経済新聞社。
  9. 朝日新聞(2024)「フィリピン船に中国船が放水銃 南シナ海 乗員けが(2024年3月6日 朝刊 東京本社)」、朝日新聞社。

吉川 敬介 准教授

開発経済論、ASEAN経済、地域研究(カンボジア)

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