後編 EUの「開かれた戦略的自律(Open Strategic Autonomy)」のための
諸政策2024.3.13

世界情勢は益々混沌としつつある。前編・中編とEUの「開かれた戦略的自律(Open Strategic Autonomy、以下OSAと略記)」政策について検討してきたが、OSA政策も実現に向かって順調に進捗しているわけではなく、EU域内事情および世界情勢に大きく左右され、翻弄されているのが実情である。現代世界において、完全なる「自律」を実現することは極めて困難であり、「戦略的」な自律しかありえないであろう。ではそのOSAの実現を阻む「域内事情」、「世界情勢」とは何か、OSAはどのように翻弄されているのであろうか。以下では、最近のEUの各政策分野におけるOSAの具体的な取り組みとその阻害要因について見ていく。具体的な政策的取り組みは多岐にわたるので、本稿では特に「循環型経済」「経済的相互依存」「安全保障・防衛政策」に絞って検討する(具体的事例は、主として新聞記事からの引用による)。また阻害要因とは、EU域外の世界情勢だけでなく、欧州統合が始まって以来続く、域内(構成国間)における価値観の対立、国益とEU共通の利益との対立でもある。

循環型経済とOSA

EUは、大量生産、大量流通、大量消費、大量廃棄を特徴とする成長志向型経済から、環境への負荷が少なく、省資源型の経済システムである循環型経済(サーキュラーエコノミー、Circular Economy)への転換を、持続可能な経済社会のための長期的目標とする。EU域内での完全なる自給自足経済は不可能でありそもそもEUはそれを志向していないが、新たな原材料・エネルギーをEU域内外から調達し生産・消費するのではなく、3R(消費量の削減(Reduce)、レアメタルなどを都市鉱山から取り出し再利用(Recycle)、廃棄せずに修復して繰り返し使用(Reuse))を実施することは可能である。
例えば最近EUは、域内で事業展開するアパレル事業者に売れ残った服や靴などの衣料品を廃棄するのを禁じる法案で大筋合意した。これは売れ残ったり返品となった衣料品を廃棄するのを禁じ、再利用や別商品へのリサイクル、修繕、寄付などを促すものである。また衣料品ごとに原料の産地・加工場所、ライフサイクル全体での温暖化ガス排出量、再生原料の利用率などの情報をデータとして管理・開示させる「デジタル製品パスポート(Digital Product Passport)」制度にも対応している。消費者が購入した服が破れたり靴底がすり減ったりした際に、どれだけ簡単に修繕できるかを指数化し、商品タグに記載することも検討されている(日経新聞2023年12月6日)。EUの経済政策の柱であるデジタル化とグリーン化が組み込まれている。また消費者が家電製品を「修理する権利」を認め、一つの製品をより長く使える環境整備を企業に義務付ける法案で大筋合意した。これは循環型経済計画の一環であり、身近な家電のスマートフォンや掃除機などを手ごろな価格で直せるようにし、廃棄物を減らし、海外の原材料や部品への依存も減らすことを目的としている(日経新聞2024年2月3日)。 アパレルや家電製品は、日常的な個人消費の多くを占めており、CO2排出の主原因となっているだけでなく、完成品は勿論のこと原材料・部材・中間財の多くは域外の途上国・新興国とのサプライチェーンに依存している。OSAの実現にとってこうした「循環型経済」への移行の取り組みは不可欠であるが、問題はアパレルや家電が日常生活での当たり前の快適性を提供する商品であることから、EUの市民レベルへの働きかけと同時に、消費者の意識と行動が政策の成功・失敗を左右することになる。

経済的相互依存とOSA

前述の「循環型経済」に関する取り組みによって、世界各国との貿易・投資等による経済的相互依存関係を減少させることはある程度可能であっても、ゼロにすることは不可能である。EUの全貿易額の内域内貿易は約6割で他は域外諸国との貿易によるが、これまでの長期的傾向を見ると、域外貿易率が増加してきた。これは先進国EU市場の成熟化・飽和化による低成長、少子化による人口減少が主因である。貿易パートナーを見ると、輸出入額の総計(2022年)では、1位米国、2位中国がほぼ同じ15%強で並んでいるが、それにイギリス、スイス、ノルウェーといったほぼEU共同市場と一体化している国を加えると、50%を超える。中国以外のフレンドショアリングの関係にある欧米諸国はEUにとって安定した長期的・友好的かつ競争的通商パートナーであろうが、1位の座になんなんとする中国の場合には経済的相互依存関係が「経済的威圧」「エコノミックステイトクラフト」として使用されている。かつて相互依存論で主張された、「経済的相互依存関係が深まれば政治・安全保障関係も良好となる」という仮説は妥当していないのである。
例えば、台湾との関係を重視するリトアニアに対して発動された中国の経済的威圧に関する事例がある。EUは、中国がWTO(世界貿易機関)ルールに反してリトアニア製品の通関拒否、輸入申請の却下を行い、その結果リトアニアから中国への貿易の規模が大幅に縮小したとしてWTOで「一審」に相当する紛争処理小委員会(パネル)の設置を要請した。また中国の裁判所が2020年8月以降、EU企業が知的財産権の保護を求めて中国国外の裁判所に訴訟を起こすことを事実上阻止する決定を出したことに対し、これもWTOルール違反であると主張し、別のパネル設置を求めた(日経新聞2022年12月8日)。この事案に限らず、中国はこれまでも政治目的のためにWTOルールに反する経済的手法を強行してきた。例えばノルウェーに対するサーモンの輸入停止(2010年)、日本に対するレアアース輸出停止(2010年)、フィリピンに対するバナナの検疫強化(2012年)、韓国に対する不買運動(2016年)、カナダに対する菜種の輸入停止(2019年)、オーストラリアに対する石炭・ワイン等の輸入規制(2020年)、台湾に対するパイナップルの輸入停止(2021年)、日本産水産物の輸入停止(2023年)等、枚挙に暇がない(日経新聞2023年9月9日)。
こうした事態に対して、EUは2021年の新通商政策(An Open, Sustainable and Assertive Trade Policy)に示されたようなアサーティヴな(強固な、積極的な)対応と共に主席貿易執行官(Chief Trade Enforcement Officer)が設置され、構成国の個別対応ではなくEUレベルでの対応が強化された。2023年5月に広島で開催されたG7首脳会議では、経済安全保障についての共同文書の中で、対中国を念頭に「経済的威圧を抑止し対抗する」と明記された。しかし、問題は中国だけではない。こうした「通商武装」する国は、かつての通商法301条、スーパー301条、トランプの発動した安全保障を理由とした通商法232条など、友好国アメリカでもある。他の諸国も米中を先例とし、国益最優先の対応を取り、自由貿易主義と保護貿易主義を恣意的に使い分けてWTOルールの骨抜きに加担としているのが現状である。覇権国アメリカが支えてきた国際公共財WTOは形骸化し、レジームとしてのみ存続している。
EUは戦後、自由貿易を旗印とし、“ WTO First ”の立場を建前としては維持してきたが、近年、こうした趨勢の中で、例えば、エネルギーのグリーン化に不可欠な太陽光発電・風力発電の世界市場を中国製品が席巻しているという現状、またEUの基幹産業製品であった自動車のEV化に伴う中国製EVの輸入激増という現状に対して、EUは欧州メーカーに有利となる保護主義的な対応を取っている(日経新聞2023.12.10、2024年2月7日)。同時にガソリン車全廃という目標が、合成燃料使用のガソリン車は認めるとトーンダウンしたりして、新通商政策の “ Open ” は文字通りには行っていない。

安全保障・防衛政策とOSA

不戦共同体として設立された欧州統合体で、1950年代の設立以来、構成国間での軍事的紛争は皆無である。しかし、構成国以外の第三国が絡む潜在的紛争を抱えている。現状ではキプロスの北部を実効支配しているトルコに支持された北キプロス・トルコ共和国の問題があり、将来の加盟候補国としては、ウクライナは勿論のこと、ジョージア、モルドヴァには、それらの諸国を自国の支配権(影響圏)の下にあると考えて譲らないロシアが様々な口実と手法で他国の領土内の紛争及び親露勢力を利用し未承認国家を樹立し軍事的な実効支配を続け、現状変更の動きには政治的・軍事的な威嚇、更にはサイバー攻撃・軍事的行為を行っている。最近、モルドヴァでは「沿ドニエストル共和国」がロシア議会に保護を要請したことが報じられている(Newsweek日本版2024年2月29日)。アメリカではトランプの、「NATOの支出目標を達成していないNATO同盟国を保護しない」との発言もあり、大統領に再選された場合には、ロシアによるEU諸国・加盟候補国に対する様々な形態の威圧や攻撃が益々強まるであろう。EU自身の防衛力強化、アメリカへの防衛力依存の低下は緊急の課題である。
軍事・外交事項はEU構成国間で協議・調整は行われるものの、各国の権限に属するものである。しかし現在、EUを取り巻く安全保障状況への対応として、またEU構成国に対する軍事的圧力に対し、EUレベルでの安全保障・防衛政策が主張されている。フィンランドにつづきスウェーデンのNATO加盟が承認されたのも、その文脈で理解されよう。EUはNATOとの連携を益々強化していくであろう。
EUの執行機関である欧州委員会は、初の防衛産業戦略を公表した。それによるとウクライナ支援や域内の防衛で不足する兵器や弾薬の増産に向け、EUレベルで資金支援をする。2030年までに少なくとも防衛装備品の4割を共同で調達する目標を示した。加盟国の防衛産業を育成するため、25〜27年に15億ユーロ(約2400億円)のEU予算を設け、EU加盟国が連携して装備品の調達を後押しする。欧州投資銀行(EIB)の積極的融資を求める方針も示された(日経新聞2024年3月6日)。戦略の実現のためには巨額の資金が必要となるが、その調達方法については構成国間で意見がわかれ、またEUレベルでの防衛分野への権限拡大に対する懸念もあるようだ。次期委員長としても続投の意欲を示すフォンデアライエンは、欧州委員会委員として、防衛担当委員ポストの新設を提案している(日経新聞2024年2月17日)。OSAにとって、安全保障・防衛政策のEU化は不可避である。いよいよEU軍の創設が日程に上る前兆であろうか。

開かれた戦略的自律(鈴井教授 作成)

鈴井 清巳 教授

国際経済論、EU経済、地域統合

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