ロシアの大統領選挙 2024.01.26

プーチン大統領の出馬表明

2023年12月8日、モスクワのクレムリンで開かれた英雄兵士たちを顕彰する式典の場で、プーチン大統領が次の大統領選に出馬することを正式に表明した。その際に、なかなか凝った演出がなされた。式典終了後、一部の人々が大統領に近づき、なかの一人(ウクライナ出身の露軍人)が「ロシア全領土の国民を代表し、出馬をお願いしたい」と要請したのである。それに対しプーチン氏は「わたしは隠れない。いまこそ決断の時だ。出馬する」と応じたのだった。すると、各界を代表する人たちが口々に賛同を表明したそうだ。
大統領報道官はこれを自然発生的な出来事だと説明したが、入念にシナリオが練られていたのだろう。同日、ロシアの中央選挙管理委員会(中央選管)は、選挙の実施日を2024年3月15~17日に決定したと発表した(『讀賣新聞』2023年12月10日)。

プーチン氏の当選は確実視

各種メディアはプーチン氏の当選を確実視しているが、実際のところどうなのだろう?わたしも当選は間違いないとみている。中央選管によれば、2023年12月23日までに29名が立候補を届け出た由だが、その大部分は知名度のあまりない、いわば「泡沫候補者」である。
現大統領にとって最大のライバルとなり得るのは、反体制派指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏だが、彼は現在、禁固刑に処せられている(最近、ロシア北極圏の刑務所に移送され、関係者すら面会が困難な状況に置かれているようだ)。それでも獄中から同志や支援者を通じ、プーチン大統領以外の候補者に投票するように呼びかけているものの、当局の介入により影響力は限定的と言わざるを得ない。
ウクライナ戦争反対の立場から、「平和で友好的なロシア」の実現を目指し立候補した女性ジャーナリストのエカテリーナ・ドゥンツォワ氏も注目を集めていたが、結局、提出書類の不備などを理由に中央選管が届け出の受理を却下してしまった(『讀賣新聞』2023年12月25日)。野党であるロシア共産党、ロシア自由民主党、公正ロシア等も候補者を擁立しているが、プーチン政権の政策に賛成を表明しており、反対勢力とはなり得ない。

形骸化する民主主義

おそらく大統領選は、ほぼ無風状態で行われるだろう。ロシアにおける民主主義はとっくに形骸化しているといわなくてはなるまい。それでもロシア国民は、この大統領選に何か期待しているのだろうか?
プーチン大統領は2000年、2004年、2012年、2018年の大統領選に勝利し、すでに4期務めている。憲法規定(当時)により、2008年の選挙には立候補できず、腹心であるドミートリー・メドヴェージェフ氏(当時、副首相)に大統領の座を渡したが、自らは首相として実質的な権限を握っていたので、すでに四半世紀近く最高権力者として君臨していることになる。 国民もこうした政治の惰性に倦み、一時は若者を中心とする「プーチン離れ」の傾向が取り沙汰されたが、2022年2月のウクライナ戦争勃発を期に、再びプーチン氏への支持率が上昇し、現在の国内における世論調査によれば、80%台の支持率で安定している(ロシア独立系世論調査機関レバダ・センターの統計)。米欧(NATO諸国)と対決する「危機の時代の政治家」として信望を取り戻した感がある。この頃はその言動にも余裕すらうかがわれる。

余裕を取り戻しつつあるプーチン大統領

2023年12月14日、モスクワで毎年恒例の記者会見と国民対話が開催された。この2つの催しは本来別の日に行われてきたが、2022年はどちらも取り止めになっていた。おそらくウクライナ戦争の状況が見通せず、開催する余裕がなかったものと思われる。
今回は2年ぶりに、この2つを合せたイベントを約4時間にわたって行ったのである。西側メディアの質問に答えたり、AIで作成されたプーチンと自らが対話をしてみせたりと、サービス精神も旺盛で、プーチン氏は自らの自信を誇示しているようにみえた。
このイベントでプーチン氏は、ウクライナ戦争の目的が「非軍事化」と「非ナチ化」であると改めて確認し、戦争は優位に推移しており、兵力も十分であること、そしてロシア経済は一段と強靱になっていることなどを力説した。このスピーチは事実上、ロシア大統領選立候補にあたっての公約表明と見なすことができる(『日経新聞』2023年12月15日)。

長期政権は続くのか?

ロシア大統領の任期は2008年の憲法改正で、4年から6年に延長された。また2020年の憲法改正では、大統領の任期は通算2期とすることに決められたが、これは現職の大統領には適用されないことになったため、プーチン氏は今度の選挙に勝つと、2030年まで、さらにその後もう1期務めると2036年まで大統領に留まることができる。彼は現在71歳だから(1952年10月7日生まれ)、あと12年、83歳まで大統領でいることが可能である。プーチン氏は実質的な「終身体制」を目指しているのだろうか。そうした見方があるのはたしかである(『日経新聞』2023年12月9日夕刊など)。
しかし、本当のところは本人にすらわからないのではあるまいか。2020年の憲法改正では、大統領経験者の生涯にわたる不逮捕特権も保証されたので、ことによるとどこかで、より若い指導者にポストを譲るタイミングを考えているのかもしれない。
とはいえ、今のプーチン氏は極めて精力的であり、自ら進むべき方向性についても迷いがないように思われる。

プーチン大統領が目指すもの

プーチン大統領は何を目指そうとしているのだろうか?まずはアジア重視を指摘できる。中国との連携が基軸となるが、北朝鮮との関係にも力を入れている。プーチン氏の北朝鮮訪問は2000年7月が最後だが、今年早い段階で訪朝する意欲を示していると報じられている(『京都新聞』2024年1月22日)。
2024年1月22日には、極東のハバロフスク市を訪問し、現地の企業経営者と懇談した際、「クリル諸島(北方領土と千島列島をさす)の観光産業を発展させなくてはならない。まだ自分は行ったことがないが、必ず訪問する」と述べたと伝えられている(『朝日新聞』2024年1月12日)。大統領選挙対策の一環として、極東住民へのリップサービスを行ったという面もあるにはちがいないが、対北朝鮮政策などと併せ、ロシアの極東建設に向けたビジョンを踏まえての発言とみてよかろう。

そしてもう一つ、プーチン氏の思想面についても述べておきたい。プーチン大統領は2023年12月31日、国民向けの新年の挨拶のなかで、「2024年は家族の年である」「われわれは一つの国であり、一つの大きな家族だ」と述べた(『日経新聞』2024年1月1日)。
この論理でゆけば、ロシア人もウクライナ人も「同じ家族」「同じ民族」だということになる。こうした大ロシア主義がプーチン氏のバックボーンにはある。ウクライナ侵略がさらに進む可能性を示唆するものだ。実際、この夏にロシアがキーウを再侵攻する可能性があると警告している論者もいる(『京都新聞』2024年1月21日)。
ロシアでは最近、様々な面で復古主義、あるいは保守化が進行している。LGBTを守る運動を弾圧し、中絶を規制する動きなどもが強まっている。2023年12月初頭には、LGBTの人々が集まるモスクワのクラブが治安当局によって強制捜査されたり、LGBTの保護団体が11月30日をもって法的に活動禁止となったりという事態が生じているのだ。ロシア大統領選に向けてプーチン政権が、ロシア社会を伝統的価値観や反欧米主義へ誘導しているとの見方もある(『日経新聞』2023年12月6日)。
ロシア正教を精神的支柱としつつ、民主主義とは相容れない、時代錯誤な観念にとりつかれ、自らは「家長」としてロシア民族という「家族」を団結させる。そんな「夢」に駆り立てられてプーチン大統領がロシアの復興に乗り出そうとしているようにも思われる。

河原地 英武 教授

ロシア政治、安全保障問題、国際関係論

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