航空機事故をみる視点 2024.01.23

羽田空港の衝突事故

2024年1月2日夕刻、東京国際空港(羽田空港)で、日本航空516便(新千歳空港発、A350-900型機)と海上保安庁の航空機(DHC-8-300型機)が滑走路(C滑走路)上で衝突し、両機とも全損する事故が発生した。この事故では、海上保安庁機の搭乗員6名のうち5名が死亡し機長は重傷、日本航空機の乗員乗客は379名全員が機外に脱出した(Aviation Wire 2024b)。このニュースに関して、テレビやインターネットでは炎上する航空機や脱出する乗客の姿が映像で何度となく流され、多くの人々がそれを目にしたことだろう。

この事故は、日本国内で発生し、航空機運航当事者は日本の航空会社と日本の官庁であるが、この航空機事故から様々な形で外国との接点や関係があることから、日本の国内的問題としてのみ捉えることはできない。国土交通省運輸安全委員会(2024)は、航空事故が発生した場合、「発生国、登録国、運航者国、設計・製造国、原因関係者・死傷者の国籍等」が外国との間で関係し、事後原因の究明と再発防止には「関係各国との協力が不可欠」と表明している。

今回のニュース解説では、今般の航空機事故から、国際関係学を学ぶ学生がどのような視点を持って事故と事故後の原因究明の推移に関心を持っていくことができるか、滑走路上の主要な事故をふりかえり、「多様な海外アクター」「言語」「事故調査の文化的相違」といった3つの視点を提供することを試みる。なお本稿は航空機事故の状況の描写を含むが、事故原因の推定や解説をするものではない。

(羽田空港C滑走路 ※写真は事故とは関係ありません)

滑走路上の事故

今回の事故は、滑走路上に2機の航空機が同時に進入して起きた事故である。滑走路への誤進入は英語でrunway incursionと呼び、滑走路逸脱(runway excursion)とともにこれまでにもこの種の事故や事案が世界中で数多く発生していることから、注目すべき事故形態である。世界の民間航空事業の安全性と円滑性を高めることに寄与してきた国際民間航空機関(ICAO)はこの問題を深刻に捉え、滑走路事故防止のためのアクションプランを制定している(International Civil Aviation Organization 2017)。

航空史上最大の犠牲者(死者583人)を出した航空機事故は、1977年にスペイン領カナリア諸島テネリフェ島のロス・ロデオス空港の滑走路上で2機のB747型機が衝突した滑走路誤進入事故であった。この事故は、気象条件の悪い中(低い視程)、離陸のために滑走していたKLMオランダ航空機が同じ滑走路をタキシング(地上走行)していたパン・アメリカン航空機に衝突したものである(Mentour Pilot 2021)。

テネリフェ島での事故は悪天候時の離陸滑走中に起きた衝突事故であったが、今般の羽田空港での事故は晴天の夜間の着陸時に起きたものであった。その意味では1991年に米国ロサンゼルス国際空港で起きたUSエア1493便(B737型機)がスカイウエスト航空5569便(フェアチャイルド・メトロライナー型機)に滑走路上で衝突した事故と、少なくとも以下の3点で酷似している。1)夜間に着陸したジェット機が滑走路上にいた航空機(プロペラ機)と衝突したこと、2)衝突された航空機は滑走路の途中から滑走路に進入し滑走路上で停止していたこと、3)交通量の多い空港で同一の滑走路で離陸と着陸の両方の運用に使用されていたこと(Disaster Breakdown 2021)。この事故を教訓とし、その後米国では、滑走路の途中からの離陸をさせる運用は行っていない(Disaster Breakdown 2021)。USエア1493便の操縦士は、滑走路には障害となるものが何もないように見えたと証言している(Air Crash Investigation Zone 2023)。当時の事故調査委員会は、事故時と同様の条件下で、滑走路上にメトロライナー機を配置させて上空からヘリコプターで確認したところ、滑走路の灯火と区別がつかない状態であったという(Air Crash Investigation Zone 2023)。この事故の教訓は、日本で生かされていたのだろうか。

(上空から見た羽田空港C滑走路(左)とD滑走路(右) ※写真は事故とは関係ありません)

多様な海外アクターの存在

航空機というものは、もともと多方面において外国との関係が深い。日本航空と海上保安庁のそれぞれの機体は外国製である。日本航空のA350型機は、欧州のエアバス社製造で、本拠地をフランスに置く。海上保安庁のDHC-8型機はカナダのデ・ハビランド・カナダ(ボンバルディア)社の製造である。A350型機に関しては搭載されているエンジンの製造会社は英国のロールス・ロイス社である。DHC-8型機のボイスレコーダーは米国ハネウェル製で、A350型機のボイスレコーダーは米国L3ハリス社製である(ロイター 2024)。これらのことから、フランスと英国が調査チームを日本に派遣し、米国家運輸安全委員会(NTSB)もボイスレコーダーの解析で日本に協力する方針を示している(朝日新聞 2024; 日本放送協会 2024)。今後、これら外国のアクターが、どのような役割を担ったり何らかの発表をするのかについても注目していきたい。

言語的状況

日本航空516便に搭乗していて今回の事故に巻き込まれた乗客の中には外国籍の人びともいた。言語の観点から事故時の機内でのコミュニケーションの状況を確認しておくことには意味があるだろう。海外の報道やソーシャルメディア(SNS)では、日本航空516便から脱出した体験を語っている外国の方の発信が複数見つかる。日本航空機内で着陸時から脱出までの現場の様子が撮影されている動画からは、脱出時に英語が使用されていたかどうかを確認することは難しいが、外国人旅行者自身からは、日本語のみの案内で困惑していた様子がうかがえる。あるオーストラリア人の家族は、インタビューの中で、「機内で客室乗務員からの脱出に関する日本語での指示を理解することが難しく」(9 News Australia 2024)、また、「何が起きたかわからない中で全てが日本語であったことから周りの乗客が通訳してくれた」(The Sydney Morning Herald and The Age 2024)と述べている。同様に、スウェーデン人乗客も、「皆が日本語で叫んでいたが理解できなかった」と語っている(NBC News 2024)。

航空機操縦士と管制官との通信で用いられる言語は英語またはその国の母語とすることが定められているが、日本では、通常は英語で交信が行われ、地上の一部の車両との交信や複雑な言い回しが必要な時に日本語も部分的に使用されている。航空管制で使用される英語は、ほとんどが定型文によるものである。航空管制には特有の言い回しがあり、離着陸に関することは、決まった表現が用いられる。各国の国際空港では外国籍の航空機も飛来することから、管制に使う表現が国によって異なれば事故を誘発しかねない。国際民間航空機関(ICAO)が定めている滑走路付近で使用する交信の英語表現はここでは説明を省くが、関心ある人は、例えば、同機関が発行しているManual on Prevention of Runway Incursions(International Civil Aviation Organization 2007)のAppendix A-2頁からA-5頁を参照してほしい。また、操縦士と管制官の英語能力については、国際民間航空機関(ICAO)が一定のレベルの英語力があることを1998年以降求めている(International Civil Aviation Organization 2024)。ICAOは民間航空事業のグローバルレベルの安全性を確保するための中心的な役割を担っていることから、今般の事故の調査もこうした国際ルールに照らし合わせながら進められるはずである。羽田空港の事故原因の究明の中では、交信の文言や解釈にも焦点が当てられるはずなので、その点にも注目していきたい。

事故調査の文化的相違

最後に、航空機事故に関する国際的な慣習と照らし合わせてもう一つ注目すべきことは、航空機事故調査に対する考え方の社会的相違が日本と米国など諸外国との間にあることだろう。航空機運航のシステムは高度で複雑な専門領域の中で実践されている。そのため、事故が起きるときは誰か一人の「ミス」だけで起こるものではなく、何らかのエラーが重なって起きるものである。そこには、その時点でのパイロットと管制官の直接のコミュニケーションという要因に留まらず、航空機の要因、気象要因、空港の立地や施設の要因、地上支援業務関連の要因など、検討すべきことは多い。世界の潮流としては、一人あるいは複数の人物の過失や責任を問うのではなく、なぜ事故が起きたのかそのメカニズムを解明し、同様の事故が将来的に起こらないように対策を講じることが実践されてきた。日本では、過去に起きた事故でも刑事責任が問われた。そのような状況では、関係者が、保身のために真実を隠す行動を取ってしまう可能性を生む。その場合、将来的な事故リスクの軽減には生かされず、社会的なリスクがむしろ高まってしまう。

そのため航空機事故では、事故に事件性がない場合は警察が捜査するのではなく、事故調査委員会(日本では運輸安全委員会)が調査をするのが航空先進地域の趨勢である。事故と事故原因の解明、そして新たな対策が施されることで、これまで世界では実際に航空の安全性が高められてきた。警察の捜査が過失を問うことに重きを置くことで、事故原因の究明がゆがめられるようなことがあってはならない。航空安全推進連絡会議は事故の翌日に、「2024年1月2日に東京国際空港で発生した航空機事故に関する緊急声明」という声明文書(航空安全推進連絡会議 2024)を出している。そこでは、日本における航空事故発生時の警察による捜査はICAOが求める事故調査ではないと指摘するとともに、航空機事故において警察が犯罪捜査することの弊害を訴えている。さらには、運輸安全委員会の調査結果が刑事捜査や裁判の証拠に利用されることはICAOの規定から逸脱するため容認できないとも主張している(航空安全推進連絡会議 2024)。この点に対しては、海外の報道や世論もみながら経過を注視していきたい。

航空機事故発生後の公的機関による報道のあり方や個人による情報発信と報道のありかたにも海外とのギャップがある。今般の事故以降、「事故調査が終わるまでは事後原因の推定をするべきでない」という声をよく聞く。先述の航空安全推進連絡会議の声明(航空安全推進連絡会議 2024)でも、憶測を排し事実認定のみをすべきであると、報道関係者やSNS発信者に対して注意を促している。筆者は原則的には安易な推測や間違った情報を発信することは事故原因の究明の障害になる可能性があることは理解するが、事故調査を実施している事故調査委員会も長期間沈黙したままでよいということにはならない。2024年1月5日に米国でアラスカ航空のB737-MAX9型機の非常口ドアが離陸直後に脱落するという事故が発生した(Aviation Wire 2024a)が、その事故に関して米国の国家運輸安全委員会(NTSB)は事故翌日には記者会見を行い、最終報告書を待たずに調査途中のどの段階でも緊急安全対策を発することができると発信している(NTSBgov 2024)。日本の運輸安全委員会の能動的な発信にも期待しつつ、今後の事故原因の究明を待ちたい。

おわりに

羽田空港で発生した航空機事故の報道を受けて、本稿は、事故を言語や文化の視点から問題を捉える視点を提供した。航空機事故や航空の安全性を理解するためには高度な専門性が求められるが、訪日客数が増加し航空需要が一層高まっていることもあり、日本の多くの人びとがこの問題を理解しようと注視している。日本の空港や航空輸送が国際社会で信頼を得るためには、グローバルな航空ルールに則って高い安全性を追求し続けることが不可欠である。そのためには、海外の航空関係者の声も真摯に聞き、再発防止策に活かしていく必要があるだろう。今後、事故原因の究明と再発防止策の公表が進む際には、私たちは航空機利用者としても、航空行政を支える納税者としても、航空先進諸国の事例や国際機関(ICAO)の対策をみながら、空の安全性をしっかりと監視していくことが必要である。

文献/映像資料リスト

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三田 貴 教授

政治学(未来学)、オセアニア地域研究、国際協力論、共生社会

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