近赤外線波長における原子吸収線カタログを作成し、恒星の元素組成を高精度に測定

2021.05.26

図1.アークトゥルス(うしかい座α星)のスペクトルから同定した7種の元素のイメージ図。これらの元素の吸収線強度から、恒星の元素組成を測定できる。図上部の元素表の赤色が今回同定した元素を示し、その他のピンク色は非金属、緑色は軽金属、青色は重金属元素を示します。1オングストロームは長さの単位で、10-10mを意味します。原子や分子の大きさ、光の波長など非常に小さな長さを表すのに用いられます。
(クレジット:福江 慧氏/Greg Parker氏)
京都産業大学 神山天文台、東京大学らの研究グループは、アークトゥルスとしし座μ星の近赤外線波長域の高分散スペクトルから、マグネシウムやカルシウムなど6種類の原子による計191本の吸収線を新たに同定し、元素組成解析を実施しました(図1)。これらの恒星は、可視光観測による従来の手法から元素組成が得られており、今回得られた値はこれと矛盾しない結果でした。本研究で用いた恒星のスペクトルは、京都産業大学神山天文台が有する口径1.3mの荒木望遠鏡と京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ」で開発した世界最高性能を誇る近赤外線高分散分光器WINERED(ワインレッド)で取得しました。WINEREDの特徴である非常に高い感度と波長分解能によって、従来の赤外線波長域の観測と比べてより多くの微弱な吸収線まで観測することができたことにより、恒星の元素組成の測定に実用的な吸収線を従来よりも多く、かつ精度良く同定することができました。今回観測した赤外線波長は可視光と比べて透過率が高いという利点があり、今後は、今回確立した恒星の元素組成の測定手法を様々な恒星、特に可視光では観測の難しいガスや塵の多い銀河系中心方向の恒星へ適用することで、銀河系の化学進化に関する新たな知見がもたらされると期待されます。

本文

元素とは物質の基本単位である原子の種類で、水素や酸素、鉄など約90種が自然界において知られています。宇宙誕生時に生じたビッグバンでは水素とヘリウムの2種類の元素が合成されます。その後、これらより重い元素の大半は、主系列星の段階での恒星内部での核融合反応や超新星爆発(大質量の恒星がその一生を終えるときに起こす大規模な爆発現象)などの際に合成され、宇宙空間に放出されることで、宇宙の中で次第に重い元素が増加していきます。また近年の観測により、恒星ごとの元素組成の違いは、恒星の年齢と関連があることがわかってきました。例えば、太陽系が所属する天の川銀河は一千億個もの恒星の集まりですが、銀河系を構成する様々な年齢の恒星の元素組成を調べることで、銀河系における元素の組成がどのように変化してきたのかを調べることが可能となります。

恒星表面の大気の元素組成を知るには、恒星の光をプリズムなどに通して分解して得られるスペクトルが必要となります。様々な表面温度の恒星のスペクトル(図2)を見ると、ところどころに暗い縞が見えますが、これが恒星大気における元素の吸収線です。この暗い縞の強度やパターンは恒星ごとに様々で、元素吸収線の強さを測定することで恒星大気の各種元素種の組成を調べることができます。

今回、京都産業大学の福江 慧 非常勤講師(2021年3月末まで京都産業大学神山天文台研究員)らの研究グループは、2つの赤色巨星(「アークトゥルス(うしかい座α星)」と「しし座μ星」)について得られた高精度なスペクトルから、近赤外線波長域における元素組成解析に適用できる様々な原子の吸収線のリストをまとめました。また、今回同定した吸収線を用いてこれら2つの天体の元素組成を推定したところ、過去文献とも合致することが確かめられました。

観測は、京都産業大学の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ」で開発した観測装置「近赤外線高分散分光器WINERED(ワインレッド)*1」を京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3m)に搭載し、2013年2月に行われました。今回観測した2つの恒星はK型巨星に分類され、表面温度が4300~4500度程度と低く、多くの種類の吸収線が見られることが特徴です。そのため、原子吸収線のリストの作成には適しています。また、これらの恒星は、過去の可視光域での観測から元素組成が得られており、赤外線波長による観測で元素組成の測定手法を確立するのに適した天体です。図3は、WINEREDで取得した2つの恒星の高分散スペクトルを示しており、スペクトル中に数多くの原子吸収線が確認することができます。また、今回観測した2つの天体は金属量が大きく異なることが知られており、これらの恒星のスペクトルを比較することで、吸収線の同定精度を高めることに成功しました。スペクトルデータを詳細に解析した結果、Mg(マグネシウム)、Si(シリコン)、Ca(カルシウム)、Ti(チタン)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)の6元素の吸収線を新たに191本同定したことに加え、Kondo et al. 2019 で同定されていた107本のFeの吸収線と合わせて298本の原子吸収線をリストにまとめました。これらのリストを用いて、それぞれの恒星について元素組成を求めたところ、過去の可視光観測による文献値と誤差範囲で合致することが確認できました。

赤外線波長は、可視光と比べて透過率が高いという利点があります。今回確立した手法は様々な天体に適用することができ、特に可視光では観測が難しい銀河系中心方向のようなダストによる減光が大きい領域に存在する恒星の元素組成の解析が可能になり、銀河系の化学進化に関する新たな知見がもたらされると期待されます。本研究の主著者である福江慧氏は、「今回同定した原子吸収線をセファイドなどの距離の指標となる恒星に適応させ、私たちの銀河系における各種元素種の進化のプロセスについて研究を発展させていきたいと考えています。」と本研究の意義と今後の研究への展望を語っています。

この研究成果は、天文雑誌「The Astrophysical Journal」に2021年5月25日付(世界時)で掲載されました(Fukue et al. 2021, “Absorption Lines in the 0.91-1.33μm Spectra of Red Giants for Measuring Abundance of Mg, Si, Ca, Ti, Cr, and Ni”)。論文のプレプリントはこちら(arXiv:2013.12478)から閲覧可能です。
図2.様々な恒星のカラースペクトル(下から6番目、7番目が今回観測したK型星のスペクトル)。スペクトル中の黒い縦線(吸収線)は、それぞれ各種原子あるいは分子による光の吸収を示しています。スペクトルは温度系列の順番に並んでおり(上ほど高温、下ほど低温の恒星)、恒星により最も明るい色や吸収線の位置や強度が異なることがわかります。
(クレジット:KPNO 0.9-m Telescope, AURA, NOAO, NSF)
図3.WINEREDで観測された近赤外線高分散スペクトルの一部。各枠の上が「アークトゥルス(うしかい座α星)」、下が「しし座μ星」のスペクトルを示します。非常に微弱な吸収線も検出できていることが確認できます。
(クレジット:福江 慧氏)

近赤外線高分散分光器WINERED(ワインレッド)

WINERED(ワインレッド)は、京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が東京大学や民間企業と協働で開発した近赤外線高分散分光器です(図4)。赤外線高分散ラボでは、開発当初から世界展開を念頭に活動をしており、そのきっかけとして、世界トップの性能を持つ観測装置の開発を行ってきました。WINEREDの大きな特徴は、望遠鏡で集めた光を無駄にしない(感度が高い)という点で、同様の装置と比べて3~5倍以上高い感度を持っています。2012年5月からWINEREDを荒木望遠鏡に搭載し、エンジニアリング観測やサイエンス観測を開始しました。研究対象は、太陽系小天体や星間物質、太陽系外惑星、本学創設者 荒木俊馬博士が理論研究をしていたセファイド型変光星やはくちょう座P星や新星といった質量放出天体など多岐にわたります。こうした成果により、2017年から2018年にかけて、観測条件の良いチリ共和国(ラ・シヤ天文台の新技術望遠鏡(口径3.58m))へWINEREDを移設し、サイエンスのさらなる拡大を目指して観測を行ってきました。現在は、さらに口径の大きいマゼラン望遠鏡(口径6.5m、チリ共和国ラス・カンパナス観測所)への移設を進めています。一方、WINEREDをさらに高性能にすべく、現在でも京都産業大学の学生や神山天文台スタッフらにより改良を進めています。

神山天文台における装置の開発や論文の出版には、本学学生や神山天文台スタッフが大きな活躍をしています。学生諸氏は、様々な知識や技術を学びながら、世界屈指の性能を誇る観測装置を開発し、自らが開発した装置を用いた観測的研究を行っています。京都産業大学神山天文台・赤外線高分散ラボでは、この他にも、赤外線波長におけるイマージョン回折格子や高ブレーズ角回折格子、セラミック製光学系などの赤外線高分散分光天文学の発展に不可欠な基礎技術の開発を東京大学や民間企業と協働で進めています。神山天文台は、高性能な赤外線高分散分光器の開発拠点として、またそれらを用いた世界最高水準の研究拠点として、今後も世界の天文学をリードします。

図2.荒木望遠鏡に搭載した近赤外線高分散分光器WINERED(2016年1月撮影)。
(画像クレジット:京都産業大学神山天文台)

論文情報

雑誌名 The Astrophysical Journal
論文タイトル Absorption Lines in the 0.91-1.33μm Spectra of Red Giants for Measuring Abundance of Mg, Si, Ca, Ti, Cr, and Ni
「赤色巨星の0.91-1.33μmスペクトルに含まれる吸収線によるMg, Si, Ca, Ti, Cr, Niの存在量の測定」
著者

福江 慧(京都産業大学)
松永 典之*(東京大学)
近藤 荘平*(東京大学)
谷口 大輔(東京大学)
池田 優二*(フォトコーディング)
小林 尚人*(東京大学)
鮫島 寛明(東京大学)
濱野 哲史*(国立天文台)
新井 彰(京都産業大学)
河北 秀世(京都産業大学)
安井 千香子*(国立天文台)
水本 岬希(京都大学)
大坪 翔悟(京都産業大学)
竹中 慶一(京都産業大学)
吉川 智裕*(エデックス)
辻本 拓司(国立天文台)
*本学神山天文台客員研究員

DOI番号  10.3847/1538-4357/abf0b1
アブストラクトURL(英語) https://doi.org/10.3847/1538-4357/abf0b1
本研究は、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(課題番号: S0801061、S1411028)、JSPS科研費(課題番号:JP26287028、JP18H01248、JP16684001、JP20340042、JP21840052、JP16H07323)、ならびに日本学術振興会 二国間交流事業 (JSPS-DST; 2013-2015、2016-2018)の助成を受けて行われました。
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