RESEARCH
PROFILE
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エンタメのマーケティングと
消費者行動

企業はファン心理を掴むことができるのか

経営学部 教授
Wakuta Ryuji
勝つか負けるか、手に汗握るギリギリの駆け引きこそがスポーツ観戦の醍醐味だ、いくら評判の映画でもネタバレしていれば観る気がしない、われわれのアンコールに予想外に応えてくれるライブ・コンサート——— 。物やサービスなどの商品を買う「消費」と、それらを売る企業が行う「マーケティング」。エンタメ分野特有の、「筋書きは保証されていない、でも感動したい」という複雑なファン心理を、企業は掴むことができるのか。涌田龍治教授に話を聞いた。

合理的ではないからこそ、面白い

——— 涌田先生の研究内容を教えてください。

「消費者行動」と「マーケティング」の研究をしています。特にスポーツや音楽など、いわゆる娯楽(エンターテインメント)分野に焦点をあてて、‘消費者の目線’と‘企業側の目線’の両方から、経営のあり方を考えています。

特に、「消費者が企業やブランドに対して抱いている思い入れが、どれほど企業の収益性に繋がるのか」といった点に関心を持っています。プロスポーツや娯楽の世界では、「熱狂的ファン」「長年のリピーター」と呼ばれる人たちが必ずいますが、彼らの購買行動が本当に会社や組織の利益になっているのかというと、どうもそのつながりがうまく見えないことがあります。ファンが熱心にスタジアムやコンサートに通ってお金を使っているのに、運営母体は儲かっていないことが多いのです。なぜそうなるのか、というのも研究テーマです。

——— 研究対象に娯楽分野を選んだのはなぜでしょうか。

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涌田研究室の書棚に並ぶスポーツマーケティング関連の書籍

消費者は通常、サービスの価値が確実に保証されていることを求めます。「美味しいか美味しくないかは、食べてみないとわかりません」と言うレストランに行きたい人はいないでしょう。

しかしスポーツは、試合をしてみないと結果はわかりません。「応援しているチームが勝つことで得られる喜び」という価値は保証されていないのです。それでも人はスポーツ観戦に足を運びます。それどころか、「応援しているチームが圧倒的に強くて勝つことがほぼ保証されている試合」よりも、「どのチームも接戦で勝つか負けるかわからない試合」の方が、観客数が多くなる傾向があるのです。

このように娯楽分野においては、人々は合理的でない行動をよく取ります。負けるかもしれない試合や、結末がわからない映画を、お金を払って楽しむ消費者の行動は、これまでに積み重ねられてきたマーケティング論や消費者行動論の知見だけでは十分に説明できません。

この現象は、「結果の不確実性仮説」で説明されることがあります。「商品の評価の事前予測が困難であればあるほど、消費者の購買確率が増す」という仮説です。私は、Jリーグの観客数と試合のデータを解析して、「結果の不確実性仮説」が成り立つ条件につ いて調べてみました。その結果、J1(1部リーグ)には「結果の不確実性仮説」が当てはまりますが、J2(2部リーグ)には当てはまらないことがわかりました。

この結果をどう解釈するか、さらなる検討が必要ですが、ともかく、娯楽分野の消費者は、予想通りには行動してくれない。予想通りにいかないからこそ、面白い研究対象なのです。スポーツマーケティングという名前は聞き慣れないかもしれませんが、一過性のものではなく、着実に世界中で研究が進められている学問分野です。マーケティングの国際学会でも、スポーツマーケティングの分科会ができるくらい、研究者人口は増えてきています。

身近な疑問から研究が始まる

——— 涌田ゼミの卒論のテーマはバラエティに富んでいますね。

娯楽分野というくくりはありますが、基本的にテーマは自由です。スポーツだけでなく、テーマパーク、テレビ、アニメ、ゲーム、舞台など、対象は多岐にわたっています。

娯楽は、まだ社会に出ていない学生にとって身近なテーマです。日々の生活の中で気づいたことや疑問に思ったことからテーマを見つけ、どういう切り口や手法で研究していくかを学んでいきます。自分がやりたいテーマを選んでいるからこそ、情熱をもって研究に取り組めるのです。

——— どのような手法で研究するのでしょうか。

たとえば、新聞記事や雑誌のデータベースから特定の言葉を探して、その言葉や現象が、いつごろ、どのくらい流行していたかを調べる「内容分析」という手法があります。テーマパークのイベントの話題性や流行時期の関連をテーマにしていた或る学生は、「USJ」と「ハロウィン」という言葉が同時に新聞に掲載されている頻度を調べました。すると、00年代の中ごろから急に新聞に取り上げられる回数が増え、世間で話題になり始めた、ということがわかりました。その要因が何だったのか、さらに調べてみると面白いことが見えてきそうですよね。

そのほか、現場に行って直接消費者の行動を観察してデータを集める方法もあります。アンケート調査も行います。

ただし、Googleで調べればすぐに答えが出てくる、というわけではありません。何でもデータがそろっていると思っている学生もいますが、そうではありません。テーマが決まったら、どういう調査の方法があるかを調べて、数値を自分で集めて手入力するところから始めなければなりません。定性データを定量データに変えるのはしんどい作業なのです。

Jリーグは入場者数や勝率のデータを公開しているので、それをもとに研究ができました。しかし娯楽分野の多くはデータをオープンにしておらず、情報が手に入りにくいです。私たちのような研究者の研究が進み、フィードバックが経営に役立つことがわかってもらえたら、データをオープンにしてくれる企業も増えると思います。研究の意義が広く伝わるように、こつこつ続けていくしかないですね。

歴史の中で受け継がれてきた文化の知恵に学ぶ

——— 経営学の研究対象は身近なところにもあるとわかりました。

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涌田教授に影響を与えた高橋義雄氏の著書

経営学というと経営者になる人が学ぶような印象を持たれますし、実際に経営を行うときに役立ちますが、それだけではありません。私たちは全員、何かの消費者ですからね。自分の属する社会がどういう仕組みで動いているのかを、経営学を通じて学ぶことができます。

ただ、スポーツも音楽も舞台も、会社や経営などの概念が誕生する前から存在していますよね。長い歴史の中で脈々と受け継がれてきた文化的な知恵があり、現場の人たちは本当にさまざまな工夫をされてきています。そしてその中から現代の我々が学ぶべきことはたくさんあります。長きにわたる娯楽の歴史に尊敬の念を抱きながら、これからも研究していきたいと考えています。

経営学部 教授

Wakuta Ryuji

2006年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。仙台大学体育学部講師、京都学園大学経営学部准教授を経て、2016年に京都産業大学に着任、2019年より現職。修士(商学)

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