入賞

「決意」

法学部 法律学科 4年次生 河野 麻理恵

審査員講評

 強い「あこがれ」の気持ちは、自己変革を巻き起こす。そのことを真摯に綴った力作です。総理番から医師に転身したというある女性の「なんで?目標を決めたならそこに向かってひたすら頑張るものでしょう?」というセリフが冒頭と結末に引用されることによって、エッセイ全体にリアリティと緊張感が生まれています。聞いた瞬間筆者の心を鷲掴みにしたというこの言葉が、就職活動での体験・苦悩を経て、最終的には自分のものになったことが伝わってきました。自分が変わるきっかけとなることは日常にあふれています。それは、本の中の一節であったり、誰かの何気ない一言であったりするかもしれません。しかし、それを自分のこととして受け止め、変化のきっかけにし、成長の糧としていくのは他でもなく自分自身なのでしょう。審査員にもたくさんの「気づき」を与えてくれる爽快な作品でした。

作品内容

「決意」河野 麻理恵

 気の強そうな眼差しが画面を占領していた。総理番から突然女医に転身した40代半ばの女性。少しだけ皺が口周りにある。私はなんだか胸騒ぎを覚えた。

 「なんで?目標を決めたならそこに向かってひたすら頑張るものでしょう?」

 彼女はテレビのインタビューに答えていた。質問は「急に女医になるなんて不安に思いませんでしたか」。そしてこの答え。このセリフはとても正論だけれど「諦める」ということになれている私は胸が痛くなった。

 彼女は某テレビ局の女性総理番だった。「総理番」とは要するに四六時中総理大臣に張り付いている報道記者の事。報道志望でずっと入りたかったマスコミの世界で誇りを持って働いていた。まだまだ男の世界である上にかなりのハードな仕事だったがそれなりに地位を確立していた。

 ところがある時、電話が鳴った。突然、別の部署に異動だと。報道とは関係のない場所。 会社にいる以上仕方ない事、でも自分を「歯車だ」と思ったと彼女は語る。自分は会社の一部で本当にやりたいことなんてできない歯車の一つ。

 それから、女医になろうと決めた。文学部出身だったが彼女の母が入院したとき助けてやることができなかった悔しさと電話一本で異動という会社での出来事が彼女を推し進めた。行動は早かった。迷わず、医学部へ入りなおした。4年後、彼女は見事女医になっていた。小さな2人だけの個人病院の中で、沢山の人の悩みを聞く医者になりたいと話す眼差しがきらきらと光っていた。

 彼女を見て、むやみに会社に逆らうこと、社会に逆らうことが正しいなんて私は思わなかった。時にはそうしなきゃいけない時だってある。年齢とか、お金とか、周りとか考えたら不安はある。それでもその強さと真っ直ぐさに魅かれた。努力と信念、決断する勇気が瞳に滲んでいた。

 「自分で決める」ということの難しさに昨年の秋から今年の夏にかけて就職活動をして気づいた。知っての通り今年はリーマンショクのによる不況のためとても厳しかった。今も頑張る友人もいる。私も沢山の会社を回っていた。
「君は見た目が弱そうなんだよね、ほら、体格のいい男の子とか並ばれるとそっち選んじゃうよね。」

 実際、就職活動をしていて面接でそう話してくれた人事の人がいた。誤解しないでもらいたいのは言ってくれたこの方は正直で優しい人だということだ。何も言わずにそう思われていることの方が大多数だ。おそらくそんなことを言ってしまえば企業のイメージが下がるリスクを負う。無駄なことは普通しない。人事は会社の「顔」だからそちらのほうが優秀ではあると思うけれど本当は冷たい対応でもあるかもしれない。

 ほとんどの人は、こんな風に学歴、性別、年齢、スポーツをしていたか、コネ、見た目、話し方、出身地、スキル、資格、理系、文系などのコンプレックスを感じたと思う。沢山の不安とか、悔しさとか、嫌悪感があって隠したいと思うようなものだった。他人から見れば些細なことかもしれない。いままでの努力が足りないだけじゃないかなんて思うかもしれない。そうかも知れない。実際それが採用につながったかどうかなんて知る術もないし調子が悪かっただけかもしれない。

 ただ、判断するのは「自分」ではなかった。合格の札は相手が持っている。判断されるのは「相手が見ている自分」だった。それでも、強く願った。「本当の自分」を「理想の自分」に近づけたかった。誤魔化すのではない。自分でこうしたいと決めたかった。
「目標を決めたならそこに向かってひたすら頑張るものでしょう?」
彼女の言葉が身に染みた。
そこから私の小さな目標ができた。

  1. でも、だって…とできない理由を考えない。
  2. やりたいことは実行する。
  3. 諦めない。
  4. 努力する。

そう、ノートに刻んだ。漠然としているけど私にとって大事な決意。

 就職活動もこの決意をもって、より自分から頑張れたと思う。少なくとも、コンプレックスや言い訳は捨てた。

 「自分で選ぶことを諦めない。」それは、単に反発するということではない。自分で能動的に考えるということ。就職してからもその先もずっと自分で目標を持って実現させたい。今自分がいる場所で新しい目標を持ってもいい。仕事も、プライベートな事でもいい。

 今回初めてエッセイを書いたのも文章を書いて想いを伝えてみたいと思ったから。なかなか上手に書けなくて何枚も何枚も書き直した。

 そして、自分がこれから「はじめから諦めない」決意をここに示したかったから。人に文章を見られるなんて少しはずかしいけれど、私の第一歩はためらいを無くすことだと思ったから。臆病でちっぽけな私の一歩。

 困難なことも沢山あるかもしれない。彼女の様にスムーズにはいかないかもしれない。それでも「無理だって」「仕方ないって」諦めるより頑張りたい。

 子供のころから、私はいつも他人が羨ましかった。例えば、何事にもポジティブな友人Aとか、冷静で気の利く友人Bとか、兎に角、そういう自分にないものを持った人をとても尊敬している。「あこがれ」というのはそういう事だと思うのだ。

 医者になった元総理番の彼女に「あこがれ」を抱いたのはきっと自分に足りないものを彼女が持っていると思ったからだろう。すごいと尊敬する半面、嫉妬もした。彼女の強い信念に。それは悪いことじゃないと思う。向上心に変えていけばいい。だから、「あこがれ」てる。彼女みたいに自分で強く道を開ける人になりたい。

 多くの人がそれなりに充実しているけれど、遠くを見ながら「あこがれ」る毎日を送るのではないか。それでも「あこがれ」の自分を自分で決めながらなれるよう努力したい。

 何かをしたいと思った時、私の心の中には負けそうになる自分がいる。その隣に、「あこがれ」であり、ライバルでもある彼女がいる。そして私に向かって言う。
「なんで?目標を決めたならそこに向かってひたすら頑張るものでしょう?」
その度に強くなりたいと思う。

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