RESEARCH
PROFILE
02

火星に降り立つ
その日に備えて

ダストストーム(砂嵐)の
発生機構を理解する

理学部 准教授
Ogohara Kazunori

火星を舞台とするSF作品にはよく登場するダストストーム(砂嵐)。劇中では空が真っ暗になったり、飛行士が行方不明になったりして、人々は危機に陥る。ダストストームは火星探査にとっての大敵だが、想像力を掻き立てる魅力的な現象でもある。小さなものでも関東平野ほど(大きなものは全球を覆うほど)という、地球の黄砂とは桁違いにダイナミックなこの大気現象の解明にAIを駆使して挑むのが、理学部の小郷原一智准教授だ。

 ——— なぜ火星の砂嵐の研究を?

海外旅行に行く前には現地の天気や気温を調べて着るものを準備しますよね。火星も同じです。ダストストームは極めて危険ですから、発生地域、頻度、拡大範囲を予想し、火星に降り立った人が巻き込まれないよう対策を講じておく必要があるのです。

 ——— 遠く離れた惑星の気象を観測することができるんですね。

Tansaki
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration : MMX)を立てている。2024年に探査機を打ち上げ、2025年には火星周回軌道に到着。フォボスの砂を採取して2029年に帰還するとしている。

火星を回っている観測衛星から送られてくる画像をAIを使って分析して、ダストストームを検出する画像処理技術を開発しました。これを使えば、ダストストームの有無だけでなく、面積なんかも計測できます。もちろん、データが蓄積されていけば、発生を予測するための研究も行われていくでしょう。

 ——— とはいえ、人間が簡単に行ける場所ではないから、そんなに心配しなくてもいいのでは……?

そうでもないですよ。NASAは2030年代に火星に人を送り込む計画を立てています。JAXAも衛星フォボスの砂を採取するMMX計画を進めています。火星はいよいよ身近な惑星になりつつあるのです。

火星のダイナミックな大気現象に魅せられて

物理学者に憧れて京都大学理学部に入学。1回生の地学の授業でオーロラや気象といった大気に関する研究に触れて興味を持ち、3回生の時に火星の気象研究と出会う。そして火星の気象といえば真っ先に挙げられるのが「ダストストーム」だ。

火星のダストストームが地球では想像もできないほどの規模であることは、地球上の望遠鏡しか使えなかった時代から知られていました。ただ、観測手段は現在でも極めて限られているので、ダストストームがどのような仕組みで発生し拡大するのか、内部構造はどうなっているのか、そのメカニズムを知るには、理論や数値モデルを用いたコンピュータ・シミュレーションに頼らざるをえません。また、研究の精度を高めるためには、シミュレーションと実際の観測データを照合し、その都度計算モデルを修正し、より現実の気象現象に近づくようアップデートしていく必要があります。

観測データ解析の重要性

大学院進学後には火星の南半球にある巨大な「Hellas盆地」を発生源として全球に拡がるグローバル・ダストストームを研究。博士後期課程ではさらに対象地域を広げ、ダストストームの発生しやすい地域を特定し、観測データとシミュレーション結果を照合して、概ね正しいことも確かめた。

地球では、赤道付近と極地では気候が大きく異なりますよね。火星にもダストストームが発生しやすい地域、大規模になりやすい地域、拡大しにくい地域が存在します。私は博士後期課程での研究で、ダストストームが拡大しやすい地域と、しにくい地域があることを突き止めました。

しかし同時に、シミュレーションの限界も感じはじめていた。

地球の天気予報はかなり精度が高まりましたが、これは1960年代に始まった気象衛星などが60年かけて蓄積してきた観測データが有効活用されているからです。同レベルのことを火星で実現しようとすれば、火星の1年は地球の約2倍ですから(1火星年は687地球日)、データ収集その解析に120年かかることになりますね。


Arcadia平原西部におけるダストストームの領域分割の例。矢印で示したダストストーム領域は関東平野ほどの大きさがある。

  • 上段:ダストストームの観測画像。
  • 中段:小郷原准教授が作成した教師画像。白いところがダストストーム領域。
  • 下段:深層学習の結果、教えてくれたダストストームっぽさ。

    急がば回れ——機械学習の技術を体得するためキャリア途中で情報系にシフト

    2010年にポスドクとしてJAXAに入って金星探査に関わっていたんですが、その探査機が軌道投入に失敗してしまって、仕事が減りました。それでこれを機会に、これまで自分ではやったことがなかった観測データ解析をやってみようと、NASAの火星観測データを見てみたんです。びっくりしました。金星と比べてデータが多いこと多いこと。一枚一枚やっていてはもう無理だと思いました。

    そこで「これ、コンピュータで自動的に処理できないかな?(そしたら他のことに使える時間も増え、効率的に研究ができるのに)」と考えた私は、思い切って情報系に分野を移して、当時はまだそれほど話題になっていなかった「機械学習」の技術を、学生と一緒に学ぶことにしました。今でいうAIを使った解析を目指したのです。それから約7年間、機械学習による画像解析がある程度できるようになってから、理学部に戻りました。

    火星の気象現象を予測する

    ダストストームは、以前は単一の気象現象だと漠然と考えられてきたが、近年の観測でその発生メカニズムは個々に異なることが示唆されている。すると次に、水蒸気やダストを上空に運ぶ力もダストストームごとに大きく異なるはずだ、という予想が出てくる。

    そこで現在は、火星周回衛星の観測画像からダストストームやダストデビル(塵旋風)を自動検出して、形状・模様など外見的特徴、季節や規模別に分類し、それらの背後にある大気現象を特定する研究を進めています。

    ダストストームは、大きなものは火星全体を覆うほどになりますが、大半はlocal dust stormと呼ばれる比較的小さなものです(といっても関東平野ほどの大きさがありますが)。1火星年に1千個以上のlocal dust stormが発生するのですが、どういったときに発生するのか、高気圧が来たときに発生するのか、低気圧が来たときか、前線が通過した時か、昼間なのか夜間なのか、まだよくわかっていません。それがわかれば、どんな大気現象がダストストームを引き起こすのかわかります。

    これからもあくまでも火星にこだわり、ダストストームも含めて火星の大気現象の理解をめざして、そして、人類が火星に降り立つその日に備えて、研究の精度を高めていきたいです。

    理学部 准教授

    Ogohara Kazunori

    京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。宇宙航空研究開発機構(JAXA)招聘研究員、滋賀県立大学工学部助教を経て、現在、京都産業大学理学部准教授。専門は惑星気象学(特に火星)。JAXA火星衛星探査計画 Martian Moons eXploration (MMX) メンバー。

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