社会安全・警察学研究所 所長挨拶

京都産業大学社会安全・警察学研究所 新たな出発に当たって

平成28年1月
京都産業大学 社会安全・警察学研究所 所長 田村 正博


当研究所は、本年4月に設立3年を迎えます。「警察学」の名を冠した日本で初めての研究所として、これまで子どもの非行防止や警察組織に関する研究を行うとともに、様々な機関の協働の促進に当たってきました。多くの機関の指導的な立場の方々及び実務に当たる方々と研究者等の参加するシンポジウムを開催するほか、学校を対象にした社会学的調査研究を行ってきたところです。
そして、昨年11月には、国立研究開発法人科学技術振興機構から大型の資金を得て、新たなプロジェクト「親密圏内事案への警察の介入過程の見える化による多機関連携の推進」を開始することとなりました。
本年1月から、新たなメンバーの参加を得て、プロジェクトの本格的な研究を始めます。研究所の新たな歴史のスタートです。
以下では、研究所のこれまでの活動等をふりかえるとともに、新たなプロジェクトの説明をいたします。皆様の引き続きのご支援ご協力をお願いいたします。

第1 研究所のこれまでの活動等

(1)研究所の目指すもの

当研究所は、社会安全の在り方を学問的に探求し、関係する多くの方々との幅広い交流を通して、社会に有益な施策の実現を目指すものとして、平成25年4月に設立されました。設立とその後の活動が主要各紙で報道されてきたことは、当研究所に対する社会的な注目の高さとニーズの大きさを示すものと受け止めています。
犯罪現象をめぐって、学問的な基盤に立ち、有効でかつ正義に適う施策を探求することと、社会的に受入れ可能な施策を多くの市民や実務家と語り合うことを可能にすることの両面に、研究所として取り組んでいかなければならないと考えています。

(2)「警察学」研究の必要性

警察は社会安全の重要な担い手であると同時に、他の組織以上に適正な統制が強く求められます。過剰な介入を排し、かつ必要な介入を確保することは、市民の強い要望です。 日本では、警察に関する学問的な研究の蓄積に乏しく、それだけ研究の必要性は高いものがあります。当研究所は、「警察学」という名を冠した日本における初めての研究所として、多くの方々から期待されており、警察行動の実態の解明と警察の統制の在り方の研究を含めた警察学研究の先導者としての役割を果たさなければならないと考えています。

2 子どもの非行防止等に関する研究と関係者の交流の場の設定

(1)社会学的調査の実施

当研究所では、設立以来、「子どもと安全」、取り分け「立ち直り支援を含む子どもの非行防止」をめぐる問題を、当面の主要な研究テーマとしてきました。
現在、京都市教育委員会と学校及び地域の方々の協力を得て、先進的な取組みを行っている複数の中学校と小学校、困難を抱えつつ取組みに当たっている中学校を対象に、地域社会との関わりや社会参加意識・規範意識の強化などの面に着目した社会学的調査を実施しています。実践と理論の双方に立脚しながら、子どもの非行防止に役立つ新たな知見を生みだし、社会に広く情報発信していく予定です。

(2)実務の取組み状況等の調査と共有化

子どもの非行防止、問題を抱えた子どもへの働きかけとして、様々な地域で様々な組織や人々による優れた取組みがなされています。各地の取組みを調査し、その中から有益なものを見出して紹介し、共有化を図るとともに、共通する要素・課題を見出し、理論化していくことが研究所にとっての重要な課題です。
研究所では、優れた実務家や研究者を招いた研究会を、関係機関の参加を得て開催するほか、地域のネットワークを含めて10数か所の調査をしてきました。その一部は、研究所の発行する『社会安全・警察学』に掲載し、他の地域、組織等の方々に紹介しています。

(3)シンポジウムの開催

様々な機関を結び、交流の場を設定すること、そしてそれらを通じて新たな知見を生み出すことは、研究所にとって重要な任務だと考えています。 平成25年6月に、設立記念シンポジウムとして、「子どもの非行防止と立ち直り支援-社会の安全のための研究と実務の協働-」を警察・教育・行政・司法関係者、地域のボランティアの方々など多数の参加を得て、開催しました。異なる地域、組織、そして行政のトップから現場までの立場の方たちが一堂に会したことは画期的なものと評されています。
平成26年10月には、本研究所の設立1周年を記念し、国内外の研究者を招いて「現代社会と少年非行対策の新潮流」と題するシンポジウムを開催しました。合わせて、「ネット社会と少年非行」をテーマにしたワークショップも開催しています。
研究の結果、子どもの非行防止には包括的なアプローチが必要であり、養育上の課題を抱えた家庭に対する支援を含めた幅広い施策が求められること、多くの機関の連携が不可欠であること、類似した施策でも担当者のレベル等によって大きな差異があることなどが明らかとなってきました。極めて先進的な施策を講じている自治体の関係者や、高いレベルを有する担当者らを招いて、「子どもの非行防止日本一を目指して」と題するシンポジウムを平成27年1月に開催し、文字通り「日本一」と言える包括的な行政の施策や高いレベルでの取組みの在り方を示すもの等を網羅的に明らかにすることができたと考えています。

3 警察をめぐる研究等

(1)警察組織に関する研究等

研究会を開催し、警察史、外国における警察学の現状、外国における警察組織管理などについて研究者が発表し、場合によっては実務家の参加も得て、討議を行ってきました。その成果の一部は『社会安全・警察学』に掲載しています。
平成26年3月には、イギリス内務省係官を招き、ミニシンポジウム「社会安全のための警察と市民の間の情報循環」を開催しました。「警察の情報公開と市民の関係を考える珍しいシンポジウム」として注目され、警察組織の最上位管理者をはじめ、メディア関係者らも出席し、全国紙でも広く紹介されました。
なお、この結果も踏まえ、京都府警察と当研究所員とが話し合い、京都府警察のホームページに関して、他の警察との比較等を行う調査研究を当大学法学部法政策学科の学生が行い、その成果を提供しています。

(2)治安上の重要なテーマに関する講演会の開催等

サイバー犯罪に関して、アメリカのNCFTA(法執行機関、民間企業、学術機関を構成員とした非営利団体)の責任者らを招いた講演会を平成25年9月に、インターポールのIGCI(インターポールのサイバー犯罪対策専門組織)のアシスタントダイレクターらを招いた講演会を平成27年12月に開催しました。このほか、京都府警察との共催で京(みやこ)サイバー犯罪対策協議会を開催し、研究所員が基調講演を行っています。
テロに関して、平成27年9月にフランスから警察学研究の専門家を招き、警察大学校の警察政策研究センター等との共催で、「変容する国際テロ情勢への対応」と題したフォーラムを開催しました。当研究所の招いた専門家の講演は、フランス国内における移民系子弟の社会的疎外感の問題がイスラム過激思想への傾倒と同国内でのテロ行為への企図につながっていることを指摘したもので、あたかも翌月に生じた同国内の同時テロを予見したようなものでした。
このほか、犯罪社会学の著名な研究者を招いて、「現代社会における犯罪予防とコミュニティ」と題した講演会を平成26年12月に開催しています。
また、平成27年度には、後述する新たな研究プロジェクトを視野に入れて、配偶者間の暴力に関するフランスでの取組み、児童虐待に関するアメリカでの取組みなどについての研究会を開催してきています。

(3)警察学に関するフォーラムの開催

平成25年6月に、警察政策学会社会安全政策論部会と共催で、「社会安全政策論と警察学の今後」と題したフォーラムを開催しました。当時の所長であり警察政策学会社会安全政策論部会長であった渥美東洋が特別講演、当時副所長であった田村が基調講演をし、当所員も参加してディスカッションをしています。

第2 新たに開始する研究

1 研究の枠組とプロジェクトの名称等

科学技術振興機構の社会技術開発センター(RISTEX)が平成27年から始める研究開発領域「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」に応募していたプロジェクトが同年11月に採択されました。
プロジェクトの名称は「親密圏内事案への警察の介入過程の見える化による多機関連携の推進」(研究代表者:京都産業大学社会安全・警察学研究所長田村正博)で、研究期間は、平成27年11月9日の採択から3年間(平成30年11月まで)となっています。

2 研究プロジェクトの目標

児童虐待や学校内の事案には警察を含めた多機関の連携が必要ですが、児童相談所や学校にとって、警察は理解が困難で、連携の難しい相手であると認識されています。特に、刑事事件としての介入がどのようになるかが分からないため、警察への情報提供にはためらいが生じがちですし、その一方で誤解や過剰な期待が抱かれる場合もあります。
本プロジェクトは、児童虐待や学校内の事案に対して、警察がどのような場合に、どのような要素を考慮して、刑事事件としての介入を行うのかを解明し、関係機関の側の警察の介入に対する知識、問題点の認識や期待と照らし合わせた上で、児童相談所や学校側が警察の刑事事件としての介入の内容や意図を理解し、予測できるようにするものを開発することにより、警察を含めた多機関連携が円滑になるようにすることを目指します。

3 研究体制

新たに、警察調査の実績のある吉田如子氏を専任研究員として迎えました。本学の教員である研究員及び他大学教員である客員研究員とともに、本研究に取り組みます。警察、教育及び児童相談行政の責任者であった方々(現役を含む。)にも参画を得ています。

4 成果物の予定

警察側と他機関側(児童相談所、学校・教育委員会等)双方の協力を得て、それぞれの職員を対象とするインタビュー調査を行います。警察幹部だけでなく、警察と他機関との接点にある人(人事交流者、スクールサポーター等)も重要な対象と考えています。
調査結果は、関係機関向けの「警察の刑事的介入等の行われ方と考慮事項」及び「警察の刑事的介入予測シート」、警察と関係機関双方に向けた「警察の刑事的介入後の対応の現状とグッドプラクティス」としてとりまとめることを予定しています。
これらに加え、規範的研究として、外国の例の調査を含めた研究を行い、関係機関調査や警察側調査において表される規範的な見解を踏まえつつ、「警察の刑事的介入の在り方」をとりまとめる予定です。感情的な論議に流されないための幅広い論議がメディア関係者を含めて行われるための基礎となるものを目指します。
PAGE TOP