経営学部 ソーシャル・マネジメント学科 佐々木 利廣 教授

ソーシャル・ビジネスモデルがスケールアウトするプロセス

地域活性化、環境リサイクル、就労支援など、さまざまな社会課題をビジネスの手法で解決するソーシャル・ビジネスが注目されています。ソーシャル・ビジネスは通常、企業やNPO、さらには行政など複数のセクターの協働により成立します。ある地域で複数のセクターの協働により成功したソーシャル・ビジネスのモデルを、他の地域に移転しうまく着地させるためには何が必要なのでしょうか。

単独では解決できない課題の増加


図 クロスセクター協働とスケールアウト

 地域格差や地域の疲弊、環境問題、就労支援などの社会課題は、どのように解決すればよいでしょうか。このような課題はもはや、行政はもとよりNPOや企業単体では容易に解決できないことが明らかになっています。求められるのは、複数のセクターが手を携えて課題解決に取り組む協働です。
 社会課題の解決を本業の中に取り込んで事業拡大を図り、その過程でNPOとの協働を視野に入れる企業が増えています。NPOも単独活動の限界を悟り、長期的な関係を結べる企業と手を組むようになってきました。そんなNPOを行政は、単なる業務委託先として使うのではなく、共に課題解決に当たるパートナーとして扱う。こうした協働が具体化した地域ではイノベーションが生まれています。
 そうした地域に共通するのが、協働ソムリエとも呼ぶべき仕掛け人の存在です。核となる人物が、周りをうまく巻き込んでビジネスに繋げています。そのキャリアを尋ねると、都会でさまざまなビジネス経験を積んで、地域に戻ってきた人が多いようです。彼らが、都会にはなく、地元の人が見過ごしている地域の良さを再発見し、ビジネスを通じて地域活性化につなげています。山形県新庄、青森県八戸、大分県別府、長野県塩尻などでそのような事例が見られます。私は、異なった組織が協働するこの仕組みと過程を研究しています。

市長がイニシアティブを取った塩尻モデル

 複数のNPOが集まり、行政さらには企業も巻き込んで情報交換しながら協働しているモデルが、長野県塩尻市にあります。NPO同士が寄り合って、お互いの悩みを打ち明けたりすることは通常はまずありません。ところが塩尻では、就労支援にあたるNPO法人ジョイフル、聴覚障害児の支援などを行うNPO法人長野サマライズ・センター、環境教育に取り組むNPO法人わおんの三者が常時交流しています。
 この体制のベースとなるのが、現在の塩尻市長である小口市長が「協働」を公約に掲げて当選し、市全体を協働の町にする協働ソムリエの育成に取り組んだことです。市長の明確な方針が行政スタッフのスタンスを変え、NPOとの付き合い方が変わり、核となる人物が現れて協働が進みました。このように、行政のトップが明確な方向性を打ち出し、その方向で実際に動く人物が出てくることが重要です。

ソーシャル・ビジネスモデルのスケールアウト


八戸屋台村「みろく横丁」

 行政主導ではなく、個人や地域の組織が始めた動きが、やがて行政を含む複数のセクターを巻き込んでイノベーションを起こした事例があります。八戸の環境対応型屋台村「みろく横町」と別府のオンパクモデルのケースです。こうしたソーシャル・ビジネスの成功モデルを、他の地域にスケールアウトするためには、何が必要なのでしょうか。
 八戸の屋台村は、一市民が環境対応型という独自の思想に基づいて考え出したモデルです。環境対応型ソーシャル・ビジネスは、中心商店街の活性化、環境対応、独自のインキュベータシステムなどからなる7つのコンセプトに基づいて立ち上げられました。市内にある230坪の敷地に、地元八戸の食材を扱う26の屋台が出店し、町ににぎわいを醸し出しています。開業当初から、スローフードの考えを全国に広げることを活動目的としており、屋台村方式を全国に広げるために全国屋台村連絡協議会を設立しました。既に鹿児島から北海道まで18軒の屋台村が参加しています。
 八戸屋台村モデルはソーシャル・ビジネスの成功事例として知られ、全国から数多くの視察があり移転要請も引きも切らずあります。移転要請を受けると、キーマンが必ず現地に出向いて環境をチェックするので、実際に移転OKが出るのは2割程度です。屋台村の仕組みそのものは簡単であるとはいえ、移転に成功するためにはキーマンによる判断が必要なのです。
 一方、オンパクとは温泉泊覧会の略称であり、温泉観光地・別府で生まれた「地域の・地域による・地域のための体験見本市イベントの集積」を表す言葉です。元は別府の活性化を推進するために集まった、数名の社会起業家を中心とした活動でした。これが地域における持続可能な環境魅力の創造を目指すオンパクモデルとして標準化され、全国40ヶ所に移転されています。
 八戸屋台村モデルとオンパクモデル、いずれも他地域への展開に成功している事例ですが、その方法論には次の通り違いがあります。

人を動かすためには、人がカギになる

  ある地域で成功したソーシャル・ビジネスモデルを、他の地域に定着させる方法は、大きく二つに分けられます。一つは徹底的にマニュアル化することです。マクドナルドやコンビニの出店のように、必要事項を可能な限り明示化し文章に表すことで、移転を促進します。経済産業省は、このマニュアル方式を支援しており、オンパクも似たようなやり方を取っています。ただしマニュアル通りにやれば良いというものでもなく、成功しているのは地域の状況に合わせて微調整ができているところであり、そうした地域には請負人となる人物がいます。
 一方で、マニュアルを使うのではなく、伝道師のような人物が動くことによって移転を推進するやり方があります。八戸屋台村モデルがこれにあたり、伝道師が必ず移転先に出向いて、そのフィロソフィーを伝えることで移転を成功に導いてきました。伝道師が動く理由は、ソーシャル・ビジネスモデルを成功させるためには文章化できない暗黙知が重要だとの考えがあるからです。
 マニュアルモデル、伝道師モデルのいずれの場合も、忘れてはならないのが、仕組みだけを作っても成功には結びつかないことです。仕組みの中で動くのは、結局は人です。そして人を動かすのは、やはり人の力です。オンパクモデルも成功しているところには、必ず請負人が活躍しています。
 地域でのソーシャル・ビジネスモデルによるイノベーションは、いくつかのパターンがあります。今後は、より多くの事例研究を通じて、イノベーションが起こるプロセスやスケールアウトが起こる段階でのキーファクターを抽出し、その知見を地域振興に活かしたいと考えています。

経営学部 ソーシャル・マネジメント学科 佐々木 利廣 教授

1974年 明治大学政治経済学部経済学科卒業
1980年 明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得
1984年 京都産業大学経営学部助教授
1989年 ノースカロライナ大学チャペルヒル校客員研究員
1991年 京都産業大学経営学部教授
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