文化学部 教授 植松 茂男

英語はどう学べばよいか、日本人は一体どこから来たのか、言語・文化・アイデンティティーを核として外国語習得のあり方を考える

 社会のグローバル化が進み、英語を社内の公用語とする日本企業も登場し始めています。そんな中、言語が私たちにもたらすものや、言語習得のメカニズムなどを探る研究が注目を集めています。

文化学部 教授 植松 茂男

言語はアイデンティティーを左右する。習得時期によって異なる外国語学習法。

 私の専門は言語習得論(Language Acquisition)。主な研究テーマは、

  1. 言語習得とアイデンティティーの変容の関係
  2. 外国語学習と臨界期
  3. 英語教育学(特に早期英語教育)の3点です。

 「言語習得とアイデンティティーの変容の関係」とは、日本語を話すときは日本語話者の、英語を話すときは英語話者のアイデンティティーになる傾向が見られること。日本語では「いや」と言えない人が、英語だと相手を見てはっきり「ノー!」と意思表示するようになるといったことが起きます。このような場合、言語はその背景文化に影響を受けていると考えられます。いかなるメカニズムでそうなるのか、バイリンガルの子供を対象に探ったことが研究の原点です。
 「外国語学習と臨界期」とは、新たな言語がうまく習得できるかどうかが年齢によって大きく左右される理由の説明の一つです。臨界期(ほぼ思春期の始め頃に相当)と呼ばれる時期を超えると、言語を自然に習得する能力が大幅に低下してしまうと考えられています。例えば、家族ぐるみで米国へ渡って生活したとき、親は会社やコミュニティーで英語に接していてもなかなかうまく習得できないのに対して、臨界期前の子供はあっという間に英語を自分のものにしてしまいます。日本語の方言も同じで、一家である地域に転居したとき、小さな子供はその地域の方言に溶け込んでしまいますが、青年や大人はなかなかそうはいきません。
 言語能力には「話す・聞く」と「読む・書く」の4つの能力があり、「話す・聞く」能力は上述の臨界期を過ぎて中学や高校になってしまうと、なかなか簡単に身につかないと言われています。また自然な文が自由に作れなくなります。それは、大脳、特に言語をつかさどる部位が発達をほぼ終えてしまうからと考えられています。

■言語処理に関わる脳の部位 本庄(2000)p.35より引用

日本人のDNAは世界の縮図 遺伝子・民族・言語に相関関係が

 最近、興味を持っているのは「日本人はどこから来たのか?」を遺伝子から探る研究から探る研究です。近年、遺伝子による人類の起源の研究が劇的に進み、母方の遺伝子をたどれるミトコンドリアや父方の遺伝情報を伝えるDNAの追跡によって、最初の人類が10万年ほど前にアフリカで誕生したことが分かっています。

 そこから人類が大きく分けて3つのグループとして世界各地へ広がって行ったのですが、日本人にはそれぞれに由来するミトコンドリアタイプや、父性ルーツを明らかにするDNAが世界中でも希少なほど確認されています。これは、中国大陸で約1万5千年ほど前から膨張し始めた漢民族が周辺を圧迫、在来の民族が数度にわたって日本に逃げ込んできたことによるのでないかと考えられています。
 日本は森林が豊かで隠れる場所があり、山や谷に隔たれ、隠れやすく共存が可能だったものと思われます。また、温暖な気候、豊富な降雨量、良質なタンパク源が得られる植物相(ブナ科等)、暖流寒流による魚類の多さと漁労技術、国土に占める森林の多さ(棲み分けと住宅材)、稲作…などによって平和共存の道が選べたのではないかとも推測されています。
 大陸では見られない多様なDNAのタイプから考えても、日本語は様々な言葉の合成語ではないかと思われます。また、受容性に富んだ言葉ではないかと思われます。興味深い事実も発見されています。日本と同じく辺境の地にあるチベットに遺伝子的に日本人と似たタイプが残っていることが判明しています。チベット語は日本語と同じく古来はアルタイ語に属する言葉で、膠着語(ある単語に接頭語や接尾語をつけて文法的意味を持たせる構造の言語)の特徴を持ち、「主語+動詞+目的語」ではなく「主語+目的語+動詞」の語順をとります。敬語の存在なども共通しています。言語面からも遺伝子的にも日本は「単一国家、単一民族」ではないと考えられます。従って、われわれの祖先はさまざまな言語や文化を取り入れ、自分のものにしていく名手だったと考えられます。外国語習得にすぐれていたのです。

■ミトコンドリアDNA分岐図と日本人

■日本人の中でのmtDNA比率差(「日本人になった祖先たち」篠田謙一より引用・改変)

英語教育は小学校から!臨界期より前に開始すべき

文化学部 教授 植松 茂男

 最近注目しているもう一つのテーマは日本の早期英語教育です。国際競争力のある次世代を育てなければいけないのにも関わらず、今の教育行政では心許ない限りです。例えば、日本人のTOEFLスコアはアジア29カ国中最下位(北朝鮮を除く)。これは英語教育のスタートが遅いからではないかと考えています。アジアのほとんどの国が小学校1年あるいいは3年生から英語の教育を開始しているように、臨界期を迎えるまでの小学校の段階で英語教育を取り入れるべきです。その際に大事なことが母語を作り上げる教育も並行しなければならないと言うことです。母語が貧弱であると、知性の健全な発達が阻害されます。
 日本では群馬と静岡で、英語で教科を教えるイマージョン教育を実施している小学校があります。学年が進むと共に英語と日本語の比率を変えていく教育法で、小1は英語2割ほど、小6では英語が9割。かけ算の九九など日本の優れた教育法も英語で教えますが、科目内容の復習テストは全教科日本語でやります。これが大きな成果を上げています。
 もっとも、これまで度々問題視されてきた日本の中学・高校の英語教育にも優れた面があります。「読む・書く」能力に関しては極めてレベルが高く、帰国子女たちも日本の大学入試の英語の問題が高度な内容であることに驚きます。欧米人でも知識人しか読まないような英文を読みこなし問題を解く日本の学生の能力は極めて高く、生活の中で学ぶのが「聞く・話す」、学校で教えるのは「読む・書く」だと改めて割り切れば正しい在り方だと言えます。
 ちなみに、臨界期を過ぎた大人が外国語を身に付けるコツは、まず「困ること」。必死になって英語を使わないといけない状況に自分を置くことです。また、分析・問題解決能力は臨界期を超えた大人の方が優れていますので、文法を理解しながら学ぶとか、複雑な文章を読む、ビジネス文書を書くことなどに力点を置くのがよいかもしれません。
 そして何より、言語コミュニケーションは究極には話の中身に左右されます。ビジネスに必要とされる「交渉力」も一義的には「英語能力より母語能力」に左右されます。TOEIC等の英語力指標で測れるものではありません。「日本人英語」であることを気にせず、中身を充実させ、「自分の英語」で臆せずどんどん話せばよいのです。そのようにして積極的にコミュニケーションを図れば「聞き取り能力」も必ずや向上することでしょう。

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