総合生命科学部 動物生命医科学科 前田 秋彦 教授

多大な被害が予想される人獣共通感染症の世界的大流行
その発生メカニズムの研究で診断・予防・治療法を探る

 新型インフルエンザやSARSなど人獣共通感染症の世界的流行が社会問題になっている中、蚊で伝播されるフラビウイルスの研究を通して、人獣共通感染症の予防・治療法を探る試みが続けています。

総合生命科学部 動物生命医科学科 前田 秋彦 教授

社会問題化する人獣共通感染症の大流行
懸念される地球温暖化による世界的な感染拡大

前田 秋彦 教授

 人類の病との戦いは長年にわたって感染症との戦いだったとも言い換えられます。ウイルスや細菌、原生動物などが人間の体内に入り込んで発生する病が、これまで人類を悩ませてきました。

 抗生物質の発見など現代医学の発達によって、かつては“死の病”とされた結核をはじめとする多くの感染症に対策が見いだされたのは事実ですが、一方で近年、新型インフルエンザやSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome/重症急性呼吸器症候群/別名:新型肺炎)、O157大腸菌(一般的には腸管出血性大腸菌O157:H7)による集団食中毒事件など、新しく発生したり感染の勢いを取り戻したりした感染症の世界的流行が社会問題となっています。

 これら多くの感染症は動物の病に由来する人獣共通感染症であると考えられています。本来、人の感染症のうち半分以上は他の動物の感染症がルーツではないかと見られているだけに、こうした人獣共通感染症に対する迅速で信頼性の高い検査法やワクチンなどによる防御法、効果的な治療薬の開発は世界的に期待されているところです。

 人への感染を防ぐためには、本来は動物の病気を引き起こすウイルスがなぜ人に移り、発病させるようになるのか、つまりウイルスのそうした“進化”がどのようにして起きるのか、また、単なる感染から流行の形にまで広がるにはどのようなファクターが影響しているのか…といった事柄を明らかにする必要があります。これらが分かれば、現在あるものだけでなく将来発生するであろう人獣共通感染症の対策にもつながります。

 地球温暖化で病気を媒介する蚊の生息地域が広がり、従来南方だけにあった感染症が北の地域にも広がるなど、地球温暖化による流行拡大が懸念されてきた時代だけに、時代の要請とも言える研究テーマです。

 私の研究の基本もここにあります。人獣共通感染症発生メカニズムの解明がそれで、獣医として大学院を修了、米国・テキサス大学で4年間研究生活を送った後、国立感染症研究所で海外から来るウイルス感染症であるエボラ出血熱や腎症候性出血熱を研究、そうした研究の積み重ねの中から見いだしたテーマです。

 特に、蚊によって広がっていく日本脳炎やデング熱・ウエストナイル熱・出血熱、などのフラビウイルス感染症に焦点を絞って、その感染メカニズムを解明することによって、安全で信頼性の高いウイルス検査法の開発や予防・治療法の確立を目指すのが目的です。

 フラビウイルス感染症の病原体であるフラビウイルスは、蚊を介して動物から人に感染、脳炎や脊髄炎・出血熱などの重い感染症を引き起こします。重篤な場合は死に至る、日本脳炎に似た病気です。また、カエル・ワニ・カメ・鳥…など、ほとんどの生物に感染するのも特徴です。

 フラビウイルスが、どのようにして自然界に存在しているのか。また、どのようにして蚊を媒介として動物から人へ感染して発病させるのか。感染地域はどのようにして拡大していくのか…。こうしたさまざまな疑問に対して明確な答えはまだ見いだされていません。

 これらの問題を詳細に検討していくことによって、フラビウイルス感染症の効果的な予防・治療法を確立するため、

  1. フラビウイルスを含む人獣共通感染症の個体レベルでの発症メカニズムの解明。
  2. 各種人獣共通感染症の社会レベルでの流行発生・拡大メカニズムの解明。
  3. 各種人獣共通感染症の予防・治療法の確立。
にまで及ぶ幅広い研究活動を続けています。

蚊媒介性フラビウイルス感染症

フラビウイルスは蚊の媒介により、いろんな動物に感染する。

■蚊媒介性フラビウイルス感染症

研究室での科学的アプローチだけでなく
動物の生態や人間の文化など多方面から総合的に研究

  「人獣共通感染症発生のメカニズム」の研究は始められてまだ100年程度の新しい研究分野です。なぜなら、実験室での科学的アプローチだけでなく、動物の生態や人の営み(社会や文化)など極めて多様で総合的なアプローチが必要な研究分野だからです。実験室の中で病原体がどのように増えていくのかを研究するのは1人でもできますが、こうした総合的アプローチが必要な研究は1人でやるのは難しく、チームで取り組む必要があります。

 例えば、鳥の体内のウイルスが蚊によって豚の体内に入って変化、それが再び蚊によって人に移るといったケースでは、豚と一緒に生活する農村のライフスタイルそのものも研究対象になります。現地の動物の生息状況や生態系にまで立ち入った研究でないと、ウイルスの生態、自然界でのあり方などのダイナミクスは見えてきません。

 また、中国の奥地で発生したウイルスが日本で流行するなど、地理的に極めて広範囲な地域を対象にする場合も少なくありません。中国の患者の血液を採取して日本へ持ち返ることが難しいことなどから、どうしても現地の学者との共同研究の形をとらざるを得なくなります。

 このほか該当地域の文化が大きなファクターになる場合もあります。例えば、ニューギニアの一部の地域に見られるクールー病はその一例です。そこでは、年配者が死ぬとその知識を引き継ぐ意味で、死者の脳を食べる習慣がありました。これが原因となって脳内にプリオンがたまって発病するのがクールー病。牛骨粉を牛に食べさせて起きた狂牛病とよく似た病気です。この病気の解決のためには科学的アプローチだけでなく、そうした社会的背景への対処法が不可欠となります。

 私の研究分野でも国際交流が増えており、私自身も中国の研究者と共同研究を進めています。

フラビウイルスの増殖機構

■フラビウイルスの増殖機構

医療・製薬、食品、環境関連企業との共同研究に
海外展開中の企業での教育面でのサポートも

前田 秋彦 教授

 私の研究室では既に、分子生物学手法を駆使して再感染しないウイルス(ウイルス様)を作成、ウエストナイルウイルスの検査法の開発に成功しています。これによって、これまで難しかった「日本脳炎・デング熱・ウエストナイル熱の見分け」が可能になりました。

 また、ウエストナイルウイルスを細胞に感染させて細胞内で増やし、ウイルスが増えるメカニズムも解明しています。この理論を応用すれば、治療薬が作れます。

 共同研究が期待されるのは人獣共通感染症に限定しない各種感染症の新規診断法、予防・治療法の開発や、各種病原微生物の環境モニタリングなど医療・製薬分野が中心ですが、それだけにとどまりません。

 食品メーカーとは、シカ・豚などの肉によって移るE型肝炎などの食品経由の人獣共通感染症や食中毒を防ぐ研究が可能です。

 また、蚊・ダニの駆除などの衛生分野では環境関連企業との共同研究も考えられます。このほか、海外に支社のある企業へ、感染症に関する基礎的知識を提供するなど教育面でのサポートも可能です。

フラビウイルスのウイルス様粒子

■フラビウイルスのウイルス様粒子

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