国際関係教員によるニュース解説!(2021年)

今世界で起こっていること、日本との関係、私達の未来について。
国際情勢を知り、世界の諸問題に対する自分なりの理解を深めてほしいと思います。
このコーナーでは、国際関係の専門の教員がタイムリーな話題を学術的に紹介していきます。

首脳会談での振る舞いについて/川島 理恵 教授 2021.06.01

先日ワシントンのホワイトハウスで行われた米韓首脳会談においてハリス副大統領の振る舞いに注目が集まった。韓国のムン大統領と握手した直後に、ハリス副大統領が上着で手を拭うような仕草をする映像が「問題」となった。S N Sなどでその行為の「意味」について様々な憶測が飛び交い、それがフォックスニュースなどで取り上げられた。2018年にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談では、トランプ前大統領が北朝鮮のキム委員長と大勢の報道陣の前で握手を交わす場面があった。その後の報道では、どちらが先に握手を始動したのか、どのぐらいのタイミングで歩み寄ったのかなどが話題となった。ここで注目したいのは、首脳会談という国際関係の重要な場面においても、しばしば人々はそうした些細な振る舞いに「意味」を見出すということだ。

私が専門とする会話分析では、言葉だけでなく身体的な振る舞いや体、顔の向きなどコミュニケーションを成り立たせる様々な要素に着目して分析を行う。人の顔や体は、私たちの重要なコミュニケーションツールである。顔の向きはその人がメインに関わる相互行為の方向を示している。また体の向きを表す肩が向く方向は、その人の活動の指向性(orientation)を示す。例えば、レストランで他の客のテーブルに向かうウエイターを呼び止めた時、そのウエイターは顔の向きだけをこちらに向けて反応(うなづきや目線を合わせる、「少々お待ち下さい」など)をするが、肩は今まさに向かおうとしている客のテーブルの方向に固定していることが多い。それは、顔と体の指向性を分割することで、同時に2つのテーブルの客にとって失礼のないように振る舞っているからだ。その振る舞いは、ウエイターと客という関係性において、適切に振る舞うことのできる「良い」ウエイターというアイデンティティを確立することにもつながっている。つまり私たちは、常に淀みなく言語的にも身体的にも振る舞うことで、相手との関係性を作り上げているのだ。

首脳会談のニュースに戻ろう。ハリス副大統領の振る舞いが取り沙汰されているのには、理由がある。それはその一瞬の手の動きがその場のコミュニケーションに淀みを作ってしまったからだ。コミュニケーション上の淀み。会話であれば沈黙に相当するかもしれない。映画を見ていて恋人同士の会話で「I love you.」という言葉の後に相手が沈黙したらどう感じるだろう。それは恋人同士の関係に何らかの問題を示唆しているように解釈されるだろう。その行為の解釈はその場にいる相互行為の参与者が決めるものである。しかしながら、そうした淀みに私たちは敏感に反応してしまう。それはその淀みが両者の関係性を危うくさせる可能性を持ち得るからだ。

川島 理恵 教授

異文化コミュニケーション、医療社会学、会話分析

Myanmar after the Coup: A Diplomatic Dilemma/パトリック ストレフォード 教授 2021.5.25

On February 1st 2021, the military in Myanmar staged a coup, arresting both the President, Win Myint, and State Councillor, Aung San Suu Kyi. In the months since then, public demonstrations have been widespread, often resulting in a violent military response. On May 21st, Irrawaddy News stated that 810 people had been killed since the coup began.

The democratic transition in Myanmar, like all such transitions, was always a fragile one. The partnership between the National League for Democracy and the tatmadaw (Burmese military) was weak and unstable. Nevertheless, since the transition began in 2011-12, the changes in Myanmar were enormous. The democratic transition included press liberalization and multi-party elections. The international community was relatively quick to respond in a positive manner, supporting the transition with aid and technical assistance. The people of Myanmar finally had hope. However, with the 2021 coup, the democratic transition in Myanmar has clearly taken a u-turn.

In response to the 2021 coup, many in the international community have been calling for sanctions. This is often an ‘easy option’ for states and other institutions that have no interests in Myanmar. Leaders can ‘virtue signal’ and appease vocal civil society organizations. For example, Mekong Watch, a Japan-based NGO, called for the immediate suspension of all Japanese ODA to Myanmar. However, do such moves actually help the people of Myanmar?

Well, this is a very difficult question to answer. The purpose of sanctions is to force another state to follow your will. This is obviously extremely difficult. Therefore, sanctions often do not work. The leaders of states being sanctioned are usually able to protect themselves from the economic pain which is the purpose of the sanctions. The impact of the sanctions therefore hits the citizens.

Back in 1990, the military carried out a similar coup in response to the overwhelming victory of the National League for Democracy in the elections of that year. Thousands of protestors were killed, and the international community responded with sanctions. These sanctions became broader and deeper over the next twenty years. The primary victims were the citizens. For example, because of the sanctions, Myanmar was not able to receive aid from the Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria, and this was despite the fact that Myanmar had the highest number of Malaria deaths in Southeast Asia.

Apart from the terrible impact on the population of Myanmar, the sanctions also pushed Myanmar towards China. Essentially, Myanmar had no choice because other states would not provide any assistance. This was a major concern for many people in Myanmar, and for many people in the region. In fact, it is likely that the increased dependence on China was one of the main reasons why the military began the transition ten years ago. The military wanted to ‘open-up’ to the international community and reduce its dependence on China.

The situation in Myanmar is a serious challenge for the international community. Should we totally cut off all aid and cooperation with the military in Myanmar? Or should we try diplomacy? Myanmar is a very good case study of how states interact with one another- this is the essence of International Relations.

“Level Playing Field”の覚悟/植原 行洋 教授 2021.05.11

近年、“Level Playing Field”というフレーズをよく見聞するようになった。もちろん、どこかの競技場の話ではない。

「公平な競争の場(条件)」という意味で、二国間・多国間関係の文脈において、経済分野で使われることが多い。筆者が関与した案件では日EUEPA(経済連携協定)の際に頻出していた。使い方はこうだ。「EU韓国FTAが先に発効したことで韓国企業と比べて日本企業のEUビジネスが不利になった。“Level Playing Field”となるよう、日本EU間の協定締結を急いでくれ!」

政治家・中央官庁の政治判断や本気度があれば、二国間協定などの締結自体は可能だ。しかし、問題は締結後の履行がどうかである。日EUEPAは発効から2年が過ぎたが、両国間では複数の専門委員会が設置され、定期的に履行状況を確認している。ここで筆者が注目したのは、今年2月に開催された「政府調達」の第2回専門委員会である。EUは交渉時から、EU企業が(日本政府や自治体の)公共調達に“Level Playing Field”で参入できるように強く求めていた。2月の議事録には、委員会開催前から“EU reiterated the concerns”(繰り返し懸念を表明した)とあり1 、今も“Level Playing Field”を巡って攻防が続いている様子が分かる。

実は、EUはこのところ、各国と締結した貿易協定の履行状況の監視強化に力を入れ出している。昨年7月に「首席貿易執行官」(通商総局の次長)を新設し、EUの貿易協定の履行強化(労働者保護、気候変動・環境対策含む)、貿易障壁の申告窓口の運営と障壁調査、WTOや二国間での貿易紛争解決の調整などの役割を担わせた。言わば「貿易協定の監視官」のような存在だ。

EUは、自由で開かれた貿易が経済の発展には欠かせないという信条を有している。二度の大戦で荒廃した地を、再び戦火に巻き込まないための知恵として、単一市場という「経済による相互依存関係」を構築し、その思想を海外にも拡大することで発展してきた。すなわち、自由貿易主義はEUのDNAなのである。しかし、世界の現状に目を向けると、異質の価値観を示す大国がパワーを持ち、世界をかき回している。EUは2020年6月の「貿易・投資障壁報告書」の中で、58カ国で438の貿易・投資障壁(輸入禁止、違法な関税徴収、差別的規制など)があると分析し、最多は中国で38としている。次いで、ロシア31、インドネシア25、米国24、インドとトルコ23と続く。現在のWTOに障壁を解消できる力は残念ながらあまり無い(故にWTO改革の必要性が声高に叫ばれている)。

これらの国々を眺めていると、自由貿易の根幹である“Level Playing Field”の世界への道のりは険しく、“Disorder(無秩序) Playing Field”の世界がまかり通ることにならないか、不安は尽きない。


  1. 外務省(2020),“EU-Japan EPA Joint Minutes of the 2nd meeting of the Committee on Government Procurement between the European Union and Japan for an Economic Partnership”,2021年2月10日.
(出所)European Commission(2020),the EU Trade and Investment Barriers Report ,June 2020.

植原 行洋 教授

国際ビジネス、欧州経済・産業、中小企業の海外展開

岐路に立つ「普遍的価値」-「我々の民主主義」はあるのか/鈴井 清巳 教授 2021.04.20

EUは「価値の共同体」と言われ、「民主主義」「基本的人権」「法の支配」などの人類の普遍的価値を、自ら実現すべき理念として掲げてきた。これらの理念が守られねばならないのは、その実現のために歴史上、多くの人の幸せが奪われ、多く人の命が犠牲になってきたからである。被害者でも、加害者でもあったヨーロッパの人々は、EEC発足の際その誓いを不戦共同体として制度化して、ヨーロッパの域内外での試練を受けつつ、実現に努めてきた。第二次世界大戦後、二度と「人間の尊厳」が蹂躙されぬよう誓ったのは、ヨーロッパの人々だけではなく、「世界人権宣言」や「国際人権規約」などにも見られるように全世界の人々の願いでもあったろう。その意味で、「普遍的価値」であった。

しかし、近年、そうした普遍的価値に対し異議が唱えられている。しかも堂々と「我々の民主主義がある」と声高に主張される。「我々の」という言葉は、普遍性を否定するだけでなく、近代西欧で確立されてきた民主主義とは異なった意味・内容を「民主主義」に盛り込む。そして国際政治の原則である「内政不干渉」によって守られた「我々の民主主義」を実施している国(権威主義国家)の数の方が、恐らく普遍的民主主義を掲げる国々(EU構成国、北米、日本など)の数よりも多いであろう。更に普遍的民主主義国にとって悩ましいのは、自国の中に「我々の民主主義国」の強力な指導者の権威主義的政治手法に魅せられて、普遍的理念から逸脱した政策や制度改革を行ったり、「人間の尊厳」を蔑ろにする政治指導者が少なからず存在し、政治を混乱させているという事実である(このことは他人事ではなく、私たちは身近な政治家の一言一句を吟味しなければならない)。同時に、更に悩ましいことは、普遍的民主主義諸国は、経済成長のピークを越え、成長の原動力を、新興国・発展途上国の目覚ましい成長に大きく依存せざるを得ないという事実である。先進民主主義国の人々の生活の豊かさや雇用は、新興国・発展途上国での生産や市場に依存せざるをえないという事実は、このコロナ禍で益々可視化されてきてしまった。

先進民主主義国は、生産だけでなく市場としても、中国に大きく依存しているという事実。現状では中国を欠いたサプライチェーンの構築は不可能であるという事実。冷戦終焉後、先進諸国がグローバリゼーションのもたらす富の増大に酔いしれている間に、人口14億人の大国は、着々と「我々の民主主義」を固め、輸出・FDI主導型経済成長を急速に進め、サプライチェーンで先進民主主義国を「引力場」である中国に強力に引き寄せた上がんじがらめにする戦略を実行してきた。中国市場に大きく依存する自動車産業を抱えるドイツの優れた政治指導者も、世界のアパレルメーカーの首位との差を縮める日本企業のモノ言う経営者も、中国に対しては言葉を濁さざるを得ない。口当たりのよいSDGsやESG投資のスローガンを掲げる社会や企業も、こうした現実の前に、本気度が試されざるを得ない。

「民主主義」「法の支配」「人間の尊厳」といった「普遍的価値」は岐路に立たされ、真価が問われている。

ドイツの国会議事堂前(ベルリン)

鈴井 清巳 教授

国際経済論、EU経済、地域統合

トランスナショナルな反差別運動としてのBLM:対人的な暴力から構造的な問題を考える/
マコーマック ノア 教授 2021.04.09

黒人に対する暴力や差別を告発するBlack Lives Matter (BLM)という社会運動は過去数年間の間に発展し、今では世界中に広がっています。ここでは、この運動が告発する個別的な暴力や差別の問題の背景にある、より大きな構造的な問題や歴史的な問題について、少し解説を加えたいと思います。

BLM運動の近因の一つは米国南部の警察官による黒人に対する暴力事件でした。事件は特定の個人が抱く差別意識の結果であり、その意識はまた米国社会に広く存在する黒人差別の反映でもある、ということができます。しかしながら、この説明ではより深い問題が見えてこない可能性があります。より深い問題というのは、米国における黒人に対する差別には、こうした直接的で対人的なものよりもさらに多くの人により深刻な影響を与えるものがある、ということです。

米国の国勢調査などで使われる黒人というカテゴリーに分類される人々は、例えば白人やアジア人というカテゴリーに分類される人たちに比べて、多くの不利益を被りながら生活しています。例えば就学年数は相対的に少なく、進学率も低い。所得水準も低い。健康状態も比較的悪く、寿命も短い。こうした、教育制度や経済制度や健康保険制度における結果の不平等を、「構造的差別」、あるいは「抑圧」と呼ぶことがあります。どちらかといえば、直接的で対人的な差別よりもこの類の差別の方が、おそらくより多くの人により大きな影響を及ぼしているのではないかと考えられます。

BLM運動は米国から他の国や地域にも素早く広がりました。例えばフランスで主にアフリカ系移民2世や3世の若者を中心に、オーストラリアでは先住諸民族アボリジニーを中心に、ブラジルやコロンビアでは黒人を中心に、BLM運動への賛同と同時にそれらの国における直接的並びに間接的・構造的な差別への抗議運動が現在も展開しています。国や地域の実情はもちろんそれぞれ違いますが、人種差別やそれと連動する暴力に悩まされていることに対する国境を超えた連帯的な意識が現在こうした運動において明確に表示されているといえます。

実は、このような国際的な連帯が確立されていることは、多くの国に共通の西洋的な近代の歴史的体験があることと関係しています。この西洋的な近代は産業化のみならず帝国主義や植民地主義を伴い、それらの支配体制を正当化するために人種差別主義的なイデオロギーが開発されました。上記で言及した国々などでBLM運動が展開していることが意味するのは、そうした帝国主義・植民地主義・人種差別主義やそれらが伴う暴力の問題が依然として深刻な形でグローバルに現象している、ということでしょう。

マコーマック ノア 教授

歴史社会学、比較文化論

Creative commons

  • BLM オーストラリア
    "Black Lives Matter - Melbourne (Australia) Rally" by matt hrkac is licensed under CC BY 2.0
  • BLM ミネソタ州
    Fibonacci Blue from Minnesota, USA, CC BY 2.0
  • BLM ロンドン
    By Katie Crampton (WMUK) - Own work, CC BY-SA 4.0,
  • BLM 福岡
    N. Y. from Hakata-ku Fukuoka-shi, Empire of Japan, CC0, via Wikimedia Commons

正戦論の現在/山本 和也 准教授 2021.03.02

戦争を考察する哲学の中には、戦争を正しいものとそうではないものに分ける考え方があります。正戦論と呼ばれます。近現代国際関係全般と同じく、この正戦論も西洋思想と深く結び付いています。 その起源は4-5世紀に遡ります。本来キリスト教は戦争とは距離を置く思想ですが、同教がローマ帝国の公認宗教になると、ローマはキリスト教によって戦争を正当化していきました。例えば、教父である同時代のアウグスティヌスは、帝国内の不正行為者を罰するように、支配者が外部の不正行為を罰する戦争は正しい戦争であると考えました。

中世から近代にかけては、トマス・アクィナスやグロティウスといったさまざまな人々が、スコラ哲学や自然法思想を用いて正戦論に解釈を与えていきました。その過程で正戦論は宗教思想から世俗思想へと変化していきます。そして、どういう条件があれば開戦は正しいといえるのかを定めたJus ad bellumと戦闘中における戦争の正しい戦い方を定めたjus in belloという2つの原理体系がやがて整備され、正戦論は現代に至っています。

近代における戦争の世俗化の中で、一時期、正戦論、特にjus ad bellumへの関心は下火になりました。しかし20世紀以降、ナチスの残虐行為、資本主義と社会主義のイデオロギー対立、そしてアメリカの軍事行動の正当性が内外から問われたベトナム戦争を経験し、20世紀後半には正しい戦争への関心が再び高まっていきました、そして21世紀のイラク戦争と新たなテロリズムの台頭によって、現在ではさらに正戦論への関心は膨らんでいます。

20世紀後半の正戦論への新たな関心においては、jus ad bellumの中の「正統な理由」(具体的には攻撃に対する反撃[自衛]であること)とjus in belloの中の「戦闘員と非戦闘員の区別」(戦闘員のみ意図的に攻撃してよいということ)という2つの原理を軸に議論が活発に行われてきました。

この現代版正戦論が当初唱え始められた1970-80年代の考え方では、不正な侵略国と正当な反撃国との間の戦争であったとしても、いったん戦争が開始されれば、どちらの側の戦闘員も戦闘員である以上、攻撃対象となりまた両者の関係はいわば決闘のように対等であるとされました。他方市民に関しては、彼らが非戦闘員である以上、どちらの側の市民に対しても攻撃は許されないというものでした。

しかし1990年代以降、特に21世紀に入って、この考え方にする反論が盛んに行われています。その考えてもみてください。侵略国は言わば不法侵入してきた泥棒のようなものです。泥棒と家の住人の立場のどこが対等でしょうか。住人は泥棒に対して(適切な範囲で)抵抗する権利を持っていますが、泥棒は住人の適切な抵抗に対して反撃する権利を持っていません。また、侵略国の兵士を個々に見た場合、自国の政府が家族を迫害することを恐れた結果、半ば強制的に戦場に駆り出された戦闘員もいるかもしれません。この戦闘員が持つ道義性は少なくとも泥棒と全く同じとは言えません。では侵略国の市民はどうでしょうか。侵略を扇動した市民には多少なりとも責任があるはずです。確かに、反撃国の戦闘員に殺害されるほどの罪ではないかもしれませんが、何らかの罰を受けるに値する者もいるかもしれません。このように、この反論の主眼は、戦闘員と非戦闘員として人々を機械的に分けるのではなく、個々人の責任の状態に応じて関係者を区別しなければならないというところにあります。

従来の主張は伝統主義、その批判は修正主義と呼ばれています。伝統主義は戦争の実際を考えれば現実的な考え方であり、現在の国際法とも近い立場です。これに対して、戦争中に戦闘員や市民を個別に識別し、その責任の大きさに合わせて対処を変えるということは、残念ながらほとんど不可能です。にもかかわらず、修正主義の主張を支持する人々は、ますます増えています。これはおそらく、国籍・戦闘員・性別・その他の「属性」ではなく、個々人そのものに基づいて、人々を判断しようと努める現代社会の趨勢に、修正主義の考え方が適合しているからでしょう(というよりも、そうした趨勢の影響を受けて修正主義の考え方が台頭してきたのでしょう)。

新たな正戦論が、戦争の責任を国家や組織にとどめずにこれまで免責されていたような人々にまで帰する点は重要です。近代における戦争は、あたかも個人とは直接関係のない国家の営みであるかのように扱われることが多くありました。しかし新たな正戦論は、21世紀の我々に対して、個人の問題として戦争に向き合うことを今後より強く求めていくことでしょう。現代正戦論の両者の立場は以下の2冊に集約されています。

  • Michael Walzer, 2015 (1977), Just and Unjust Wars, fifth edition, Basic Books.
  • Jeff McMahan, 2009, Killing in War, Oxford University Press.

山本 和也 准教授

政策科学(主に国際政治を対象)

コロナ危機下の日本経済-現状と展望-/横山 史生 教授 2021.02.26

2021年に入って新型コロナウィルス感染症流行(COVID-19パンデミック)発生から1年が経過したものの、終熄に向かう明確な見通しはまだ立っておらず、世界のほぼすべての国・地域の人々の日常生活を含む様々な側面で大きな影響が生じている。本稿では、「コロナ危機」が経済活動に及ぼす影響という側面に注目し、2020年の日本経済に関するいくつかのデータに即して現状を把握・整理した上で、今後の展望について考えてみたい。

2020年には、日本国内での様々な商品の生産・販売・消費という基本的・実体的な経済活動の規模を表す実質GDP(国内総生産)は約530兆円であり、前年よりも約26兆円減少したため、経済成長率はマイナス4.8%となった。実質GDPがマイナス成長を記録したのは2008年米国発の世界金融危機(いわゆる「リーマン・ショック」)の影響を受けた2009年以来11年ぶりのことであり、マイナス幅もその時に匹敵する深刻な状況である(図1)。

実体的な経済活動の規模を表す実質GDPがこのように減少した一方で、金融面での経済活動の代表的な指標である日経平均株価指数(東京証券取引所第一部に上場されている約2200社の企業の株式の個々の売買取引価格をもとに算出される数値)は、2020年前半には下落したものの、2020年後半には上昇に転じ、2021年2月半ばにはほぼ30年ぶりに3万円台を回復した(図2)。コロナ危機により実体経済が縮小する中での株価上昇という、一見矛盾しているように思われ、実体経済とかけ離れたアンバランスなバブルではないかと指摘されることもあるこの現象には、いくつかの背景がある。まず、2020年以後、飲食・宿泊・観光・交通関連のような業種の企業ではコロナ危機によって業績が悪化した一方で、いわゆる「巣ごもり消費」の増加によって電気機器製造業や小売業、ネット関連業の企業の業績が改善したほか、中国経済の回復によって日本の自動車関連部品や半導体などのメーカーの生産・輸出は、実はかなり回復しているのである。

また、株式の売買取引は、現時点での企業業績や実体経済の動向を反映する一方で、それらが今後に回復するか悪化するかに関して、一定の合理的な判断に基づく将来予測を織り込んで行われる面もある。COVID-19に有効なワクチンの国民への接種が今後に順次実施されることが見込まれているため、それが順調に進んでパンデミックが終熄に向かえば経済・社会活動全般が回復し、株価がさらに上昇するのではないかという、楽観的な観測も出てきている。そういう期待に基づいて株式売買を積極的に行う投資家層が一定数存在することも、「日経平均株価3万円台回復」の背景となっている。このほか、コロナ危機による景気後退を金融面から下支えする目的で日本銀行が金融緩和政策を実施し、日本経済における様々な金利の水準が史上最低水準となっていることから、銀行預金や債券への投資による収益が極めて小さいため、投資家がより大きな収益を得られる可能性の高い株式への投資を拡大していることも、大きく影響している。

ただ、日経平均株価指数の対象となっている企業(約2200社)の大半(約1900社)は資本金10億円以上の規模の大手企業であるため、業績が悪化した業種であっても経営体力がまだ保たれている場合が多い。つまり、「日経平均株価3万円台回復」という現象は、バブルとまでは言い切れないものの、日本経済全体の中では一部の、恵まれたセクターの動きを示すものに過ぎないとみることもできる。日本に存在する企業の大半は、資本金や従業員数が小規模のいわゆる「中小企業」である※1。日本経済全体として景気が好調な時期においても、個々の企業の経営状態は、大手企業よりも中小企業の方が苦しい場合が多い。コロナ危機のように経済情勢が悪化する中では、その違いがより大きく現れる。様々な規模の企業の経営陣が自社の経営状態について良いと受け止めているか悪いと感じているか(これを「業況判断」という)を公的かつ大規模なアンケート調査によって把握するために、日本銀行が「全国企業短期経済観測調査」を3か月(=四半期)ごとに実施している(通称として「日銀短観」と呼ばれる)。その最新結果(2020年12月実施・発表)によると、大企業・中堅企業・中小企業のいずれにおいても業況判断指数※2が2020年前半に大幅に悪化しており、同年後半以後にはやや回復しつつあるものの、中小企業ではかなり低い数値が続いており(図3)、日経平均株価指数の高値更新とは異なった様相を示している。

コロナ危機の経済活動に対するマイナスの影響として、失業率が2020年以後に上昇していることも見逃せない(図4)。日本の失業率は諸外国と比較すると低いとはいえ、政府から支給される雇用調整助成金によって中小企業が従業員を解雇せず休業状態にとどめることができているため、失業率が極端に上昇せずに済んでいる面がある、との指摘もあり※3、実際にはかなり大きな影響が生じているのが現実だとみるべきであろう。

様々な商品の生産・販売(海外への輸出も含む)・消費の規模の全体としての減少(つまり、GDPのマイナス成長)、中小企業を中心とする民間部門の業績・経営状況の悪化、潜在的な失業率の上昇といった、コロナ危機による日本経済への深刻なマイナスの影響に対応するための努力は、官民それぞれの立場の様々な主体による取り組みとして展開されている。その中で、上述の雇用調整助成金も含めて、政府および地方自治体による公的な対応の重要性は大きい。そのための公的な資金の手当てを行うのが、国家予算(政府財政)の役割である。2020年度(2020年4月~2021年3月)分の国家予算は、2020年3月に成立した当初予算に加えて、コロナ危機への対応措置を盛り込むために2020年4月、6月、2021年1月の3次にわたり国会審議によって補正予算が編成された。その結果、2020年度全体の歳出額は約176兆円と、例年(2010年代にはほぼ毎年、約100兆円で推移していた)にない大規模なものとなった。その財源としては、民間の個人や企業が負担する所得税、法人税、消費税などの税収の総額はコロナ危機のマイナスの影響によって減少しているため、大半を政府による借金である国債によって調達せざるを得ず、2020年度の国債発行額は約112兆円と、過去最大規模にまで増加した(図5の棒グラフ)。

これにより、今回のコロナ危機以前から拡大を続けている日本の財政赤字は、さらに悪化することになる。政府がこれまでに発行した国債は順次、一定期間経過後に返済されるが、現時点で未返済であり将来に返済しなければならない金額の総額を「政府債務残高」といい、その金額が現時点での日本のGDPと比較してどの程度の大きさであるかを示す指標が「政府債務残高の対GDP比」である。2020年度に巨額の国債発行が行われた結果、政府債務残高の対GDP比は2020年度末(2021年3月末)時点で177%と、他の先進国と比較して非常に高いレベルの規模に達する見込みである(図5の折れ線グラフ)。

それを承知の上でコロナ危機対応のために巨額の財政支出を行わざるを得ないのが現下の状況であるが、仮に近い将来に事態の終熄が得られたとしても、いったん発行した国債は将来の一定の時点で利子支払いおよび返済を行わなければならないし、平常時に必要な経費の支出も続けなければならない。であれば、結局は、たとえば消費税率のさらなる引き上げや所得税の累進性の強化(すなわち富裕層など高額所得者への課税の強化)、社会保障費の歳出の見直し・削減という形で、国民や民間企業が新たな負担を受け入れざるを得ない局面が到来する可能性が高いと考えられる。いま現在は、コロナ危機の事態の緊急さと深刻さの中で、そのような将来図に思いを馳せる余裕がない面もあるが、政府はそのことを自明の前提としているはずだし、であればなおさら、市民および民間企業の立場でもそのことにもう少し意を配る必要性は大きいといえる。

いま現在、大手企業は一定の収益を上げていること、またコロナ危機下であるがゆえにこそ様々な分野でオンライン化やグリーンリカバリーへの動きが進展していることに再度立ち返ってみるならば、それを好機ととらえて、経済社会で活動する諸主体が従来型のビジネスモデルの枠内にとどまるのではなく、先端技術開発や新規ビジネスモデルの模索を進め、コロナ後の経済環境が到来した暁における飛躍に備える地道な努力に注力すべきではないだろうか。そうすることが、市民および民間企業のセクターの内部における所得格差・資産格差の拡大を抑制しつつ、セクター全体としての担税力を高めることにつながり、コロナ後に政府セクターが取り組むべき財政再建を円滑に進める素地を形成することにもなろう。そのような展望にとっては、待ち望まれるコロナ危機終熄後の社会は「コロナ無き社会」ではなく「コロナ的なるものと共存する社会」とならざるを得ないとの認識もまた、重要となるものと思われる。


※1. 中小企業庁によると、2016年時点の日本国内の企業総数約359万社のうち99.7%に当たる約358万社が「中小企業・中小規模事業者」(資本金の額が、製造業では3億円以下、卸売業では1億円以下、小売業およびサービス業では5千万円以下の会社)である。

※2. 日銀短観における「業況判断指数」は、経営状態が「良い」と回答した企業数から「悪い」と回答した企業数を差し引いた数の、回答企業総数に対する百分比である。たとえば、回答企業総数1000社、「良い」300社、「悪い」700社の場合、業況判断指数はマイナス40となる。

※3. 東洋経済オンライン「経済最前線の先を見る」(2021年2月21日)

横山 史生 教授

国際金融論、国際貿易論

イスラエルとアラブ諸国の国交正常化をめぐって/北澤 義之 教授 2021.02.01

2020年の後半、アラブ4か国(UAE、バハレーン、スーダン、モロッコ)はイスラエルと次々に国交正常化を決めた。1948年にイスラエルが独立すると、アラブ諸国はこれと対立し、長年中東の紛争の焦点となった。その点からは、アラブとイスラエルとの和平は、歓迎すべきことだろう。しかし今回の合意の経緯やパレスチナの処遇などを考えると、手放しで喜ぶことはできない。

アラブ諸国とイスラエルの関係正常化

国交樹立アラブ諸国 イスラエルとの関係正常化 アラブ側の主な動機 仲介国
エジプト 1979年3月(和平条約締結) 戦争コスト・シナイ半島返還 米国
ヨルダン 1994年10月(和平条約締結) 安全保障・経済 米国
UAE 2020年8月 経済・技術 米国
バハレーン 2020年8月 経済・技術 米国
スーダン 2020年10月 テロ支援国家解除・経済支援 米国
モロッコ 2020年12月 西サハラ問題 米国

出所:筆者作成

最近の米国主導のイスラエルとの和平に関して、UAEやバハレーンは、これまでもイスラエルとの交流に前向きな国家と見なされており、それほど違和感はない。しかし、イスラエルとの関係改善には消極的であったスーダンに、テロ支援国家リストからの削除や経済協力と引き換えに関係正常化を促したことは、トランプ政権の大統領選挙のための外交的実績作りの印象が強い。
国際社会への影響に注目すると、安保理決議242(1967)のイスラエルによるパレスチナへの占領地返還という国際的義務が回避されたまま、政治的取引で和平が進められている。従来は、イスラエルが占領地返還は和平後のアジェンダであると主張するのに対し、パレスチナ人やアラブ諸国は、和平の条件として上記決議の実施を求めていた。一連の和平ラッシュに対して、パレスチナ側は強く反発し、以前の勢いは衰えたとはいえイスラエルの強硬策に反発する大衆の動向も気になるところだ。
イスラエルとアラブ諸国の「和平」が真の和解になるためには、イスラエルが占領地問題への入植政策を国際的約束にどう近づけることができるか、アラブ諸国政府が和平の目的をどのように国民に説明していくかが必要になってくるだろう。

北澤 義之教授

中東地域研究・国際関係論(ナショナリズム)

WFPにノーベル平和賞/河原地 英武 教授 2021.01.18

昨年(2020年)、ノーベル平和賞が国連世界食糧計画(WFP)に授与された。WFP(World Food Programme)は食糧支援活動を展開する国連機関で、世界最大の人道支援機関でもある。選考委員会は授賞理由として「国際的な連帯と多国間協調の必要性がかつてないほど求められている」なかで、WFPが「飢餓との闘いに努め、紛争の影響下にある地域で和平のための状況改善に向けて貢献し、戦争や紛争の武器として飢餓が利用されることを防ぐための推進力の役割を果たした」と評価したのである。さらに、新型コロナウイルス禍によって飢餓に苦しむ人々が急増していると指摘し、「ワクチンができる日まで、食糧こそが混沌に立ち向かう最も良いワクチンだ』とのメッセージを発した。

この授賞理由のなかで、特に「国際的な連帯と多国間協調の必要性」という文言が重要だと思われる。今日の世界では自国の利益を優先する風潮が強まり、国際的な団結や連携が軽視されがちだからだ。ノーベル平和賞受賞の有力候補と目されていたWHOの場合も、あまりに中国寄りだとの批判からアメリカのトランプ政権が離脱を表明した。現在、各国で新型コロナに対するワクチンの開発が進められているが、これも「ワクチン開発競争」、さらには「ワクチン争奪戦」へとエスカレートしかねない情勢で、結局置き去りにされるのは飢餓や紛争に苦しむ途上国であろう。

国際政治をみても、中国の著しい勢力拡張をどう抑えるかが中心課題となり、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」構想にしても、実際には「対中封じ込め策」の意味合いが大きいことは周知の事実であろう。世界は対立とブロック化の様相を呈しつつあるように思われる。こうした情勢下では、最も脆弱な地域にしわ寄せが行き、新たな飢餓や貧困を招くという悪循環に陥らざるを得ない。国益を第一とする国家に任せておくかぎり、この悪循環を断ち切ることは難しいだろう。だからこそWFPのような国際機関が重要なのである。

そもそもWFPとはどのような機関なのだろうか。次のWFP公式ウェブサイトをご覧いただきたい。具体的な活動内容を知ることができる。

かいつまんで説明すると、飢餓のない世界を目指して1961年に設立された国連の機関である。本部はイタリアのローマに置かれ、職員の数は約1万7000人だが、その9割は支援対象地域(80ヶ国以上)に赴き、場合によっては命の危険にさらされながら活動している。日本人職員も46名いるそうである。活動資金は各国からの任意拠出金や、民間企業、社会団体、個人などによる寄付によって賄われ、2019年には約80億ドル(8470億円ほど)の資金を集めた由だ。近年は内戦が続くシリアやイエメン、また、ミャンマーで難民化した少数民族ロヒンギャなどへの食糧支援活動が行われている。

WFPは独自に5600台のトラック、30隻の船、100機近い飛行機を保有し、食糧にとどまらず、医療機器や医療従事者の輸送なども行っているとのことで、新型コロナ禍により各国の輸送がストップしているあいだも、自らの運搬手段で必要物資の補給を続けてきた。国際輸送の「プロ集団」として、緊急事態時にも頼りになる存在なのである。

このような活動をみれば、たしかにノーベル平和賞に価する活躍だといえる。この受賞によってWFPがますます注目されることを望むが、かならずしも楽観はできないのが現実だ。WFPによれば、世界では9人に1人にあたる8億人以上が飢餓に苦しんでおり、紛争の増大によりその数は増える一方である。2015年以来内戦が続いているイエメンだけでも、人口2900万人のうち約1000万人が飢餓の危機にさらされているという。先にも述べたように、WFPは80ヶ国以上で、約1億人に食糧を供給しているが、パンデミックの影響もあって、この支援対象国だけでも2億6500万人が食糧不足に陥る見込みだ。このままでは焼け石に水ということになりかねない。WFPがいくら頑張っても、自ずと限界はある。飢餓を招いている根本原因に対処しないかぎり光明は見出せないだろう。

根本原因とは第一に地域紛争。それに地球環境の変動も食糧危機の一因になっている。さらに新型コロナウイルスの感染拡大が拍車をかけたように思われる。それゆえ国際的な取り込みが不可欠である。自国優先の国家だけに任せて解決できる問題ではないのだ。WFPなど様々な国際機関、APEC、ASEAN、EUといった国際地域機構、さらには市民社会組織や多国籍企業などの「脱国家的主体」の連携がますます重要性を増している。スタンリー・ホフマンという国際政治学者が『国境を越える義務(Duties beyond Borders)』と題する著書を書いているが(1985年に三省堂から邦訳が出された)、われわれ個々人もまた「国境を越える義務」がありはしないか。そんなことを考えている。

河原地 英武 教授

ロシア政治、安全保障問題、国際関係論

コロナ禍を契機に:グリーン・リカバリーと持続可能な社会の構築に向けて/井口 正彦 准教授 2021.01.07

2020年を表す漢字は「密」であった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に流行する中で、多くの人たちの活動が制約された年だった。学生の中にも、長期留学のために頑張ってきたが断念せざるを得なかった人や、新しい学生生活を楽しみに入学してきた一年生も、オンライン授業という異例の授業形態に戸惑ったことだろう。

COVID-19の蔓延は国際社会にも大きな影響を及ぼしたことは言うまでもない。国連のモハメッド副事務総長が、コロナ禍によって数百万人が貧困に逆戻りしているとの危機感を示したことは世界に衝撃を与えた。※1 追い打ちをかけるように、国連開発計画総裁アヒム・シュタイナー氏も2009年の世界金融危機などと比べても、COVID-19はこれまでの動向を一変させてしまうかもしれない、という見解を述べている。※2 実際に、世界の教育、健康、生活水準を総合した尺度である人間開発指数(HDI)において、測定を開始した1990年以来、初めて後退する可能性があると予測され、国際社会の行く末が案じられている。※3

持続可能な社会の構築を目指して2015年に採択された、持続可能な開発目標(SDGs)も例外ではない。「SDGs報告2020」によると、COVID-19の蔓延により、「世界の貧困はこの数十年で初めて増加し、新たに7,100万人が極度の貧困へと追いやられる」ことをはじめとして、「医療の混乱により数十年の進歩が逆戻りする恐れがある」、「教育分野の数年分の前進が帳消しになる」といった悪影響が報告されている。※4

このように、国際社会に暗い影を落としつつあるCOVID-19の世界的感染拡大は、今後、持続可能な社会を構築する上で障壁となり続けるのだろうか?その答えは、NOである。むしろ、このコロナ禍を「契機」として、より持続可能な社会の構築を目指す動きにも目を向けなければならない。よくよく考えてみれば、「コロナ禍前の世界」は、環境汚染が進み、社会的経済的格差も是正されない歪んだ世界であったとも言える。このような世界にあえて戻すのではなく、今後はこれまでよりもより良い社会へと変革していこうという動きが世界各地で広がっている。

このような動きは、「グリーン・リカバリー(green recovery)」と呼ばれる。この最たる例が2020年5月に欧州委員会から発表された欧州復興計画の一つである「Next Generation EU」の創設であろう。「次世代のための復興と準備(repair and prepare for the next generation)」を掲げ、総額で7,500億ユーロ(約90兆円)の大半を「グリーンディール」(環境を保全しながら経済成長を目指す、新たな成長戦略)関連に当てている。※5

フランスでは、コロナ禍にあっても環境分野への投資を継続し、再生可能エネルギー事業のさらなる推進を表明している。※6 ヴォクリューズ県では、電力の価格を一定期間国が保証する「固定価格買い取り制度」の拡充が後押しとなり、ブドウ畑に人工知能を搭載した太陽光パネルが設置された。※7 太陽光パネルで発電された再生可能エネルギーを売電することで、設備投資分が回収できるばかりか、気象状況によって自動で角度を調整する太陽光パネルが、強烈な日差しや雹に弱いブドウを守り、品質や生産量を確保する。このような再生可能エネルギーの推進と地元の産業維持を両立させた動きは、持続可能な社会経済システムへと導く起爆剤になるだろう。

「ひとは痛い目を見ないと行動に移せない」というが、この痛みを、今こそグリーン・リカバリーの契機とするべきではないだろうか。

  1. NHK「国連SDGsコロナで後退『数百万人が貧困に逆戻り』危機感示す」最数アクセス日:2021年1月5日(本稿の参照資料すべて同様)
  2. UNDP駐日代表事務所
  3. UNDP(2020) ‘COVID-19 and Human Development: Assessing the Crisis, Envisioning the Recovery’.
  4. 国連広報センター「SDGs報告2020」
  5. European Commission, ‘Europe’s moment: repair and prepare for the next generation’ .
  6. The economic times, ‘France approves 1.7 GW of wind and solar power projects’.
  7. NHK「環境で経済成長を:ヨーロッパの新戦略」
 

井口 正彦 准教授

グローバル・ガバナンス論

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