総合生命科学部 伊藤教授らのグループが細胞の働きをモニターする新しいタイプのタンパク質のありかたを解明

― 合成途上で働く「センサー」と「ブレーキ」の組み合わせが遺伝子発現を制御する―

概要

 本来、タンパク質は、合成が完了したのち、完成品として成熟して初めて働きます。その常識を覆す「合成途上で働くタンパク質」が最近注目されています。京都産業大学、京都大学、東京大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究グループ(代表:京都産業大学 総合生命科学部 伊藤 維昭 教授;カリフォルニア大学サンディエゴ校 Kit Pogliano 教授)は、生物がそのような「合成途上で働くタンパク質」を進化の過程でどのように獲得したのかの解明を進め、それらが多様な細胞機能をモニターできることを示しました。

 本研究の成果は2011年3月7日(米国東部時間)に米国の科学雑誌The Proceedings of the National Academy of Sciences USA(米国科学アカデミー紀要)のオンライン版に掲載されました。

背景

 生命活動を進行させる中心的な生体分子であるタンパク質は、遺伝子DNAに書き込まれ伝令RNA に写し取られた設計図(配列決定書)に従った順番でアミノ酸が順次結合することによって作られます。遺伝情報の翻訳と呼ばれるこの反応はタンパク質合成装置であるリボソームの内部で起こり、アミノ酸が並んでひものように重合した、出来かけのタンパク質がリボソーム内部のトンネルを通ってリボソームの外に出て行くことにより進行します。普通は、合成されるタンパク質は、全体が生まれ落ちると特定の形をとり、酵素などとして働きます(図1)。ところが、一群の「合成途上で働くタンパク質」は、リボソームの中で合成過程にブレーキをかける性質があることがわかってきました。そのことにより伝令RNA上のリボソームの動きが制御され、伝令RNAの状態に変化が起こって特定の遺伝子が翻訳されるかどうかの制御がなされることがわかりました。「合成途上で働くタンパク質」は細胞機能を監視して遺伝子発現を制御する「モニター蛋白質」でもあったのです。今回はタンパク質の細胞外への分泌と、細胞膜への挿入過程を監視するモニタータンパク質が研究の対象となりました。

図1 翻訳途上で働くモニター因子

内容

 翻訳にブレーキをかけるタンパク質はリボソームトンネルの内部でブレーキとして働く「アレスト配列」を持っています。一方では、リボソームの外に出た部分にはタンパク質分泌装置や膜挿入装置などの働きを監視するセンサー部位を持っていて、ブレーキをかけるかどうかを決めています(図2)。通常、類似の生化学的性質を共有するタンパク質同士はアミノ酸の並び方も類似していますが、アレスト配列は極めて多様であることが謎でした。本研究では試験管内での無細胞タンパク質合成反応を駆使した実験により、アレスト配列が生物種毎に異なる個別性の高い方式でリボソームに働きかけることが明らかとなりました。また、遺伝子改変による細胞の解析から、アレスト配列とセンサー部位は独立のユニットとして働き得るものであり、元来は異なる調節系由来のセンサーとブレーキを組み合わせても、遺伝子発現調節が可能であることがわかりました(図3)。それぞれの生物種は、固有の機能単位として働くこれらのアミノ酸配列を組み合わせて利用していることが示唆されました(図4)。

図2 モニター因子はセンサー部位とアレスト配列を持つ

図3 センサー部位とアレスト部位の組み合わせがモニター機能を決定する

図4 生物種がそれぞれ固有のモニター因子を獲得する仕組み

今後の展開

 本研究によって、タンパク質合成を停止させるという共通の機構を利用しつつも、それぞれの目的に応じた多様なモニター系が構築可能であり、生物種固有の「合成途上で働くタンパク質」が多様に進化し得ることが明らかになりました。まだまだその働きが突きとめられていないモニタータンパク質やアレスト配列が存在する可能性が浮上しています。本来機能を持たないとされていた合成途上のタンパク質が細胞の状態を監視し遺伝子発現をコントロールしているという意外な事実は最近明らかにされたばかりであり、その詳細はまだほとんど分かっていません。このような機構が生物界でどれほど普遍的に存在し、また、どのような場面で生命活動に利用されているのかを明らかにすることで、生物が刻々と変わりゆく環境の中でどのように自身を適応させ生き延びているのかをより深く理解できるものと思われます。合成途上で機能するタンパク質は、合成が完了してから機能する一般的なタンパク質と、その生化学的性質や挙動などが様々に異なることが分かりつつあります。これらの因子の構造や反応性を追求することにより、タンパク質の機能形態の新事実が次々と明らかになってくるものと期待されます。タンパク質の細胞内動態に関する基礎研究と結びつけて様々な細胞内センサーを人工的に構築したり、特定の細胞機能に影響を与える薬剤のスクリーニングに利用するなどの道につながることも期待されます。

掲載論文名

Recruitment of a species-specific translational arrest module to monitor different cellular processes
(種特異的翻訳アレスト配列による異なる細胞生理機能のモニター)

千葉 志信(京都産業大学)、金森 崇(東京大学)、上田 卓也(東京大学)、秋山 芳展(京都大学)、Kit Pogliano*(カリフォルニア大学・サンディエゴ校)、伊藤 維昭*(京都産業大学) (*責任著者)

 
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