2020.08.20
カルチャーヒラギノフォントの「ヒラギノ」は、京都産業大学の近くの「柊野」が由来 !? 命名の理由を調べてみた
あるとき、広告や書籍などに幅広く使用されている書体「ヒラギノフォント」についての噂を耳にしました。それは、ヒラギノフォントの「ヒラギノ」が、本学すぐ近くの地名「柊野」と関係があるとのこと。どうしてヒラギノと名付けられたのか? その噂を解明するため、フォントの開発と販売を手がける株式会社SCREENグラフィックソリューションズの正木洋介さんにお話を伺ってきました。
そもそも「ヒラギノフォント」の由来は?
【千石】本日はよろしくお願いします。早速なのですが、SCREENグラフィックソリューションズさんが扱っておられるヒラギノフォントの「ヒラギノ」が京都産業大学近くの地名が由来しているという噂を耳にしました。本当なのでしょうか?
【正木さん】本当です。日本に限らず、世界的にみてもフォントの名前は、地名から持ってくることが多くあります。例えば「San Francisco」「Osaka」といった地名がフォントの名前に使われています。そのため、新しいフォントを制作する際に、京都中の地名を集めて検討しました。新しいフォントのイメージと、地名の音の響きのイメージを合わせた結果「ヒラギノ」が選ばれました。
【千石】なるほど。「ヒラギノ」の音の響きからなんですね。「柊野を歩いていたらこのフォントを思いついたのか?」とか、「SCREENさんがこの地と何か関係があるのか?」とか、勝手に想像していました。
【正木さん】そうですね。フォントの名前について様々な検討を経て、最終的に京都の会社であることから京都の地名をフォントに付けることとなりました。実は「ケアゲ」(蹴上)「ダイゴ」(醍醐)といった他の京都の地名が、候補にも挙がっていました。結果的に、この2つは他のフォントの名前に採用されています。
【千石】他の地名も候補になっていたんですね。では「ヒラギノ」を選んだ理由はなぜですか?
【正木さん】ヒラギノフォントは「クールでスタンダード、現代的」というコンセプトで開発に着手し、1993年に最初のフォントが発売されました。当時、私自身はまだ入社していなかったのですが、「ヒラギノ」という音の響きは記憶に残りやすく、さっぱりとしていてフラットなイメージがあります。
もし「ダイゴ」だったら、強そうなフォントのイメージがありませんか?
【千石】確かに! 「ダイゴ」は濁音が多いせいか、力強い感じがします。それに対して、「ヒラギノ」と聞くとなんだかさらっとしていそうです。「音の響きのイメージってそんなに重要なのかな?」と最初は思いましたが、実際に考えてみると、音はフォントの方向性を伝える大事な要素なんですね。
「ヒラギノフォント」の特徴はスタンダード!その3つの理由とは?
【千石】ヒラギノフォントはいったいどんな特徴がある書体なんでしょうか。
【正木さん】特徴は何よりも「読みやすさ・スタンダードさ」に尽きます。少し専門的になりますが、3つの角度から理由をお話しますね。
【千石】はい!お願いします!
(1)線同士の区間が均一
【正木さん】まずは読みやすさの点から見ると、線同士の空間を均一にしています。「紫」の字を見てください、丸の部分に一定の空間が確保されていますよね。これは、線と線のあいだの空きが視覚的に均一に見えるようにしているということです。下はいずれもヒラギノフォントの書体シリーズです、見比べてみてください。
【千石】線と線のあいだを均一にすることで、どのようなメリットがあるのですか?
【正木さん】そうですね。あいだを均一にすることで、文字が小さくてもつぶれにくいというメリットがあります。小さな文字でも認識しやすいのです。
【千石】なるほど!それが読みやすさにつながっているわけですね!
(2)中庸なフトコロ
【正木さん】そうです。次はスタンダードさの観点から解説してみましょう。私たちは「ヒラギノのフトコロ(画と画により生まれる空間)が中庸」と表現します。では、フトコロが中庸とはどういうことか? 空間の幅に注目して、「東」という文字を見てください。真ん中の空間が狭いものや広いものがありますが、ヒラギノフォントは中間を取るようなデザインです。
【正木さん】すっきりとしつつも視認性を確保し、幅広い場面に使えるのが特徴です。
(3)高すぎず低すぎない重心
【正木さん】さらに、重心の位置に注目して、次の3つの「東」を見比べてください。
【千石】確かに、見比べると印象は違います。
【正木さん】左のように重心が高いとクラシックな印象を持ったり、右のように低いと幼い印象を持ったりします。ヒラギノフォントは中くらいのちょうどいい位置に重心が来るようにデザインしています。
【千石】とても細かいですね。思っていた以上にわずかな差なのに驚きましたが、でも確かに違いがあるのはわかります。ただ、正木さんに「ここがポイントです」と解説していただかなければ、違いを見逃してしまいそうです。
【正木さん】確かにとても細かい話なのですが、こういった小さな違いが積み重なって、「読みやすさ・スタンダードさ」を追求するヒラギノフォントができあがるんです。
【千石】なるほど! 小さな積み重ねが大事なのですね!
スマホや道路標識。みんなが見るあの場所でも使われていた!!
【正木さん】このように「読みやすさ・スタンダードさ」を追求した結果、ヒラギノフォントはさまざまな場所で採用されるようになりました。皆さんがよく使っているであろうiPhoneのiOS、MacのmacOSに標準搭載され、高速道路の標識などにも使われています。
たとえば高速道路の標識は、遠くから見て認識する必要があるので、読みやすさという点が評価されました。
【千石】わわ!!高速道路の標識は以前のフォントとヒラギノフォントを並べてみるとわかりやすいですね! ヒラギノフォントに変わり、安定感が増したように感じます。
【正木さん】ほかにも神戸市の多言語案内パネルにも使用されています。日本語だけでなく、中国語の簡体字もヒラギノフォントです。
【千石】1つのフォントで、他の言語もあるとは国際的ですね! 確かに統一感があります。
【正木さん】そして、千石さんが通っている大学、京都産業大学のロゴマーク、これも実はヒラギノフォントが使われています。
【千石】(冒頭のロゴを見ながら)これまでなにげなく見ていた京都産業大学のロゴですが、これから気になってしまいそうです。
フォントに正解はない、「まるでファッションのように」。
【千石】正木さん、フォントの魅力はどこにありますか?
【正木さん】そうですね。コンピュータ画面に表示するにせよ印刷物にせよ、あらゆる広告や出版物はフォントを使い分けることで、ガラリと印象が変わります。フォントそれぞれの世界観があって、使う場所に応じて、使えないフォントはありません。すべてのフォントに、その個性が輝く場所があると思うのです。「このフォントはどこで使えるのかな」と考えるのが楽しいですね。
【千石】なんだか正木さんの楽しそうな語り口に引き込まれてしまいます(笑)。では「このフォントは良さを活かせていないな」と思うこともありますか?
【正木さん】はい。世の中には魅力的なフォントがたくさんあります。ただ、時々「あまり考えずにフォントを選んでいるな~」と思ってしまうことはありますね。イメージにぴったりなフォントを見つけてほしいです!
【千石】まるで服を選ぶような感覚ですね。
【正木さん】確かに、千石さんのおっしゃるように、ファッションに似ているかもしれません。フォントに正解はありません。いろんな種類を使ってみて、伝えたいイメージに合わせたフォントを見つけるために興味を持って、目を養ってくれると嬉しいです。表現したいことに合わせて、フォントを着替える。ファッションのように楽しんでほしいですね。
【千石】なんだかフォントが身近に感じてきました。
【正木さん】「フォントの世界」というと少し身構えてしまうかもしれません。しかし、みなさんが毎日眺めているスマートフォンの画面にだって、フォントが使われているんです。フォントは日常生活になじんでいます。
その完成形に行きつくまでには、デザイナーが読みやすさやイメージを伝えるために長い時間をかけて考えています。日常生活で見かける数々のフォント。それらのフォントを創り上げた書体デザイナーがいて、そのフォントを選んで使ったデザイナーがいることを頭の片隅に置いていてほしいな、と思います。
今回は「ヒラギノフォント」についてお話を伺ってきました。
まさか選ばれた理由が音の響きだったとは驚きでしたが、「目」で見るフォントの感覚的なイメージを伝えるために「耳」の感覚を重視して選ぶのは理にかなった方法なのかもしれません。
お話を伺っているなかで、正木さんをはじめとした社員の皆様のフォントへの愛が強いことがビシビシと伝わってきました。取材を通して、私自身もフォントの見え方が変わってきました。まずは、SNSであげる画像や動画を作成する際にフォントを気にしてみます!