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スペクトルで見る惑星大気

  • 理学部 教授 佐川 英夫 SAGAWA Hideo

太陽系の大小さまざまな惑星とその衛星たち。中でも大気組成や気象現象はバリエーションに富む。「観測好き」を自認する佐川英夫教授は、最新のスペクトル観測技術を駆使して惑星大気の理解に取り組む。他の惑星の気象が解れば、地球環境の未来像も見えてくる。

南米で通った小学校、漂い続けた学生時代

生まれは岡山県倉敷市ですが、父の仕事の関係で、小学校時代にアルゼンチンで3年間過ごしました。最初は日本人学校に通い、途中から現地校に移りました。

現地校の授業内容は日本よりも簡単で、スペイン語が分からなくても理解できました。先生に当てられて、たどたどしいスペイン語で答えると「なんでそんなこと知ってるの?」と驚かれ、友達からも「頭いいね」と言われました。日本の教科書で習ったことを答えていただけなんですけどね(笑)。

ラテン特有の「仕事はほどほど、人生を楽しむ」雰囲気の中で、開放的な日々を過ごしました。

――惑星研究に関心を持ったきっかけは?

高校時代は物理が好きで、東京大学理科一類に進学しました。ただ、特に研究したいテーマも分からず、進学振分けでフラフラと流れに任せて進んだのが地球惑星物理学科でした。大学院に進むときも研究室が決まらず迷っていたところ、「それならウチに来い」と引き取っていただいたのが中村正人先生でした。

ちょうどその頃、中村先生が金星探査機「あかつき」プロジェクトの主任になられたので、学生も含めて研究室ごと本郷から神奈川県相模原市の宇宙科学研究所(ISAS)に引っ越しました。これが宇宙開発や惑星探査との出会いでした。

〈あかつき〉の打ち上げは2010年ですが、その準備として地上からの観測プロジェクトが岡山の国立天文台岡山天体物理観測所で始まり、私も参加することになりました。中村先生が「君は実家が岡山だから滞在費がかからんだろう」というのが声を掛けて頂いた理由でした(笑)。ここで、波長2ミクロン帯の赤外線を使って、金星大気の観測研究に取り組みました。

――大学院時代の研究テーマは?

長野県の野辺山にある電波望遠鏡を使った金星気象の観測を行いました。当時、日本で金星を電波望遠鏡で観測する研究者はほとんどいなかったので、「自分でやってみたら面白いんじゃないか」というノリで、6基のパラボラアンテナを使った干渉計で観測を行いました。データ解析が難しくて苦労しましたが、他に誰もやっていないという優越感がモチベーションになりました。干渉計という観測技術は今、チリのアルマ望遠鏡でも有名です。

思えば、あまり主体性なく流されてきた感じですが、流れ着いた先で、自分しかできないかもしれない研究を見つけて楽しくやっています。

スペクトルを通して惑星を見る

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太陽系惑星・衛星の大気の様子。左から火星1、木星2、タイタン3、金星4

1: ©NASA/JPL/MSSS 2: ©NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Sergey Dushkin 3: ©NASA/JPL/University of Arizona 4: © NASA

――「観測好き」を自認されていますね。

子供の頃から天文に興味があった――わけではないんです。宇宙や星々の美しさを愛でる感性に乏しくて(笑)。天体から届く光を虹のように波長ごとに分けることをスペクトル解析と呼びますが、私は天体のスペクトルにどういった情報が潜んでいるのかを探ることに関心があるタイプの研究者です。

私たちが目で見る可視光線よりも波長の長い光は赤外線や電波と呼ばれ、同じ天体でも波長が違うと、見え方も観測装置も変わります。例えば、CCDカメラなどのセンサーでは可視光を粒子として検出しますが、電波観測では光を波として扱います。また、電波観測は昼間でも可能ですから、可視光とは違った視点を提供してくれます。

特に太陽系惑星の大気に興味があり、惑星や衛星ごとの特徴的な気象現象や大気組成の違いに注目しています。大気物理・化学のメカニズムは共通しているはずなのに、現れ方が異なるのはなぜか――その問いが研究の原動力です。大学院時代に取り組んだ金星には特別な思い入れがありますが、現在は木星、火星、土星、タイタンなど幅広く研究対象としています。

新たな観測に挑む

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開発中の〈GARNET〉
――現在、特に取り組んでいる研究は?

大気中の「微量成分」の観測研究に取り組んでいます。例えば地球大気中のオゾンの量は少ないですが、有害な紫外線から地上の生態系を守るうえで重要ですよね。こうした、少なくても重要な分子が他の惑星にどれくらいあるのかを、様々な波長で観測しています。

他の研究者があまり使わない波長や解析手法を工夫し、まだ誰も見たことのない惑星大気の姿を捉えることが研究の醍醐味です。オリジナリティが発揮できる領域でもあり、そこに魅力を感じています。

――新しい観測装置を開発中だとか?

現在、神山宇宙科学研究所では近赤外線観測装置「GARNET」を開発中です。コンパクトながら高感度・高波長分解能を備え、神山天文台の荒木望遠鏡クラスでも最先端のサイエンスが可能になるよう設計されています。性能をスペクトル観測に特化した装置で、限られた設備でも高度な観測を実現することを目指しています。

GARNETが完成したら、まず金星大気の大部分を構成する二酸化炭素(CO₂)を調べてみたいですね。CO₂は紫外線が当たると一酸化炭素(CO)と酸素(O)に分解されます。再結合の化学反応は進みにくいので、金星のCO₂は計算上1万年ほどで完全に壊れてしまうはずです。しかし実際には、地球大気の総質量の約90倍も存在しています。何らかの触媒反応がCOとOをくっつけてCO₂の維持に関与しているのでしょうけれど、触媒の大気中の量は非常に少なく、まだ確認できていません。私たちはGARNETを用いて、CO₂の化学反応に関連する大気微量成分の変動を詳細に調べるつもりです。

惑星研究が環境問題を解決する?

――ところで、他の惑星の気象の研究は、我々地球人の生活に何をもたらしてくれるのでしょうか?

この問いに答えることは、研究者として非常に重要です。

台風の研究は市民生活や防災に直結し、過去の知見の積み重ねによって理解が進んできました。しかし、温暖化の進行により、従来の予測が通用しないケースも増えています。今後の環境変化に対応できる台風研究には、より強固な大気物理学・気象学の基盤が必要です。

地球の気温が5度上昇したときの気象現象は地球上では実験できませんが、気温・気圧が高い金星ならその「実験場」となり得ます。また、火星は寒冷で低気圧、木星は地球とは全く異なる環境です。これらの惑星の気象現象を観察・理解することで、地球の気象学的理解も深まります。

他の惑星の研究がすぐに私たちの生活に役立つわけではありませんが、長期的には環境問題の解決に貢献する重要な知見をもたらしてくれるのです。


制作:京都産業大学研究機構研究推進センター
神山Research Profile製作チーム

聞き手:神谷俊郎(URA)
画像編集:新開絵梨佳

2025/11 発行
2026/02 ウェブ公開


理学部 宇宙物理・気象学科 教授

Sagawa Hideo

東京大学大学院地球惑星科学専攻修了。ドイツ・マックスプランク研究所(太陽系研究部門)ポスドク研究員、(独)情報通信研究機構電磁波計測研究センター研究員を経て、2014年京都産業大学理学部に准教授として着任、2020年より現職。2025年より神山天文台長。博士(理学)