恒星間空間からきた彗星の太陽接近前後の変化を捉えた!~すばる望遠鏡がとらえた3I/ATLASのCO2/H2O比~
京都産業大学 神山宇宙科学研究所・研究機構 専門員の新中善晴らの研究グループは、太陽系の外から飛来した恒星間彗星「3I/ATLAS(C/2025 N1)」のコマ中に含まれる酸素原子の禁制線をすばる望遠鏡の可視光高分散分光器HDS で観測し、彗星コマ中の水(H2O)に対する二酸化炭素の(CO2)の存在比(CO2/H2O比)を推定しました。その結果、太陽最接近(近日点)通過の前後で変化している可能性が浮上しました。得られた値は、近日点通過前に宇宙望遠鏡の赤外観測で報告されていた極めて CO2 に富む状態とは異なるもので、3I/ATLASの彗星活動を支配する主要な揮発性成分の組成比が、太陽接近に伴って変化した可能性を示しています。
本成果は、恒星間彗星の表層付近と内部とで、その物質組成が異なる可能性を示唆し、他の星・惑星系で形成された氷微惑星の構造や物質進化を理解するうえで重要な観測的制約を与えるものです。また、太陽系彗星研究で培われた高分散分光データの解析手法を恒星間天体に適用できることを示した点でも意義があり、今後、広視野サーベイ観測によって新たな恒星間天体の発見が期待されるなか、すばる望遠鏡がそれらの物理的・化学的性質の解明に重要な役割を果たすことが期待されます。
この研究成果は、査読付き天文学誌「The Astronomical Journal」に2026年4月22日付(世界時)で掲載されます (Shinnaka et al. 2026, "A post-perihelion constraint on the CO2/H2O ratio of interstellar comet 3I/ATLAS from [O I] forbidden lines")。論文のプレプリントはこちら(arXiv:2603.25002)から閲覧可能です。

研究の内容と成果
本研究グループはこれまで、太陽系彗星の酸素原子禁制線に着目し、観測研究に加えて、理論研究や彗星コマにおける酸素原子の空間分布モデルの開発を進めてきました(関連リンクをご参照ください)。本研究は、こうした太陽系彗星研究で蓄積してきた解析手法と知見を、恒星間彗星 3I/ATLAS という太陽系外起源の天体に適用したものです。これにより、太陽系内外の彗星を同じ観点から比較し、その組成や進化の違いを探る新たな研究展開が可能になりました。
研究グループは、2026年1月7日(世界時)に、すばる望遠鏡の高分散分光器HDS を用いて恒星間彗星3I/ATLASを観測しました。観測時、彗星は近日点(2025年10月29日世界時)を通過し、太陽から離れていく途中で、太陽からの距離は2.87天文単位でした。
本研究では、彗星活動を支配する主要な揮発性成分である二酸化炭素(CO2)と水(H2O)の存在比を明らかにすることを目指しました。CO2 は H2O よりも低い温度で昇華しやすいため、CO2/H2O 比は彗星がどのような環境で形成され、どのような進化をたどってきたかを探る重要な手がかりになります。しかし、CO2 そのものの光は地球大気の影響を強く受けるため、地上から直接測定することは容易ではありません。
そこで本研究では、彗星研究で培ってきた酸素原子禁制線を用いる手法を、恒星間天体 3I/ATLAS へ適用しました。彗星コマ中の H2O や CO2 は太陽の紫外線によって分解され、励起状態の酸素原子が作られます。これらの酸素原子は、より低いエネルギー状態へ遷移する際に特定の波長の光を放ちます。これが酸素原子禁制線であり、地球のオーロラで見られる緑や赤の光と同じ種類の発光です。彗星コマでは、H2Oから生じた酸素原子は主に赤色の禁制線が、CO2 から生じた酸素原子は緑色と赤色の禁制線が同程度の強さで光ることが知られています(図2)。そのため、これらの発光の強さの比を調べることで、彗星コマ中の CO2/H2O 比を推定することができます。

図2:彗星コマ中での酸素の禁制線の発光メカニズム。水分子 (H2O) から作られた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく、二酸化炭素 (CO2) から作られた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度放出するため、赤と緑の酸素禁制線の強度比から彗星コマ中の CO2:H2O の比率を推定できます。(クレジット:京都産業大学)
図3:恒星間彗星 3I/ATLAS の3本の酸素原子禁制線のスペクトル。上から緑色輝線(557.7 nm)と2本の赤色輝線(630.0 nm、636.4 nm)を示します。各輝線の左側の点線は地球大気の酸素原子禁制線であり、高分散分光観測を行うことで地球の成分と分離できています。(クレジット:京都産業大学)
取得したスペクトルから、酸素原子禁制線の緑色輝線(557.7 nm)と赤色輝線(630.0 nm、636.4 nm)の強度比(G/R比)を 0.339 ± 0.027 と求めました。この値を既存の光解離モデルに基づいて換算した結果、CO2/H2O 比は約0.3~2.1 の範囲と推定されました。一方、先行する宇宙望遠鏡による赤外線観測では、近日点通過前には CO2/H2O比が非常に高い値を示していたことが報告されています。本研究の結果はそれより低い値を示しており、近日点通過を挟んで 3I/ATLAS から放出される揮発性物質の組成が変化した可能性を示しています。
近日点通過前後での CO2/H2O 比の変化は、核表層と内部で揮発性成分の分布が異なることや、太陽接近による加熱・侵食によって活動する層が変化することと整合的です。恒星間彗星が形成された環境や内部構造を探るうえで、本研究は重要な観測的制約を与えるものです。今後、異なる太陽距離での観測結果や、理論モデルとの比較を通じて、恒星間天体の組成進化や形成過程の理解がさらに進むことが期待されます。
本研究の著者には、本学理学研究科の大学院生である辻本 倖さん(物理学専攻・博士前期課程2年次生)をはじめ、神山宇宙科学研究所のメンバーが参画しています。特に辻本さんは、すばる望遠鏡での観測データの取得および解析において中心的な役割を担い、本成果の実現に大きく貢献しました。京都産業大学では、学部生・大学院生を問わず、最先端の研究に主体的に挑戦できる環境を整えています。
研究者コメント
辻本 倖さん(京都産業大学大学院 理学研究科 物理学専攻 博士前期課程2年次生)
恒星間天体という極めて希少な天体に対して、観測と解析を行うことができたことは非常に貴重な経験であり、大きな興奮を覚えました。本研究により、3I/ATLASの組成比の変化をとらえることができたことを大変うれしく思います。今後も恒星間天体の研究を通じて、太陽系外の理解を深めることに貢献していきたいと考えています。
渡部 潤一(京都産業大学神山宇宙科学研究所 所長・特別客員教授)
これまで培ってきた禁制線を用いる成分比の手法が、恒星間天体にも適用可能であり、しかも、太陽接近前後で異なる値を示したことは極めて興味深いことです。これが意味するところを更に深掘りして、様々な可能性を考えられる上、他の恒星間天体でも同じような挙動を示すのか、ぜひ観測してみたいですね。
新中 善晴(京都産業大学 神山宇宙科学研究所・研究機構 専門員)
3I/ATLASは、太陽系彗星ではあまり見られない化学組成など、興味深い特徴が報告されており、恒星間天体研究の面白さを改めて実感しました。今後、サーベイ望遠鏡の本格稼働により、さらに多くの恒星間天体が発見されることが期待されます。そうした天体について、揮発性成分に加えて同位体組成や鉱物組成の測定にも挑戦し、太陽系以外の恒星系における微惑星や惑星形成の実像により深く迫りたいと考えています。
論文詳細
| 題名 |
A post-perihelion constraint on the CO2/H2O ratio of interstellar comet 3I/ATLAS from [O I] forbidden lines (酸素禁制線による恒星間彗星3I/ATLASの近日点通過後におけるCO2/H2O 比の制約) |
|---|---|
| 著者 |
新中 善晴(京都産業大学 神山宇宙科学研究所・研究機構 専門員)※責任著者 辻本 倖 (京都産業大学 理学研究科 博士前期課程2年次生) 河北 秀世(京都産業大学 神山宇宙科学研究所 副所長・理学部教授) 小林 仁美(株式会社フォトクロス/京都産業大学 客員研究員) 渡部 潤一(京都産業大学 神山宇宙科学研究所 所長・特別客員教授) 大坪 貴文(産業医科大学) |
| 掲載雑誌 | The Astronomical Journal |
| DOI | 10.3847/1538-3881/ae578d |
本研究は科研費「若手研究(課題番号:20K14541、研究代表者:新中善晴)」、「基盤研究A(課題番号:JP21H04498、研究代表者:河北秀世)」、「基盤研究B(課題番号:JP23K25930、研究代表者:大坪貴文)」、京都産業大学神山宇宙科学研究所、神山天文台の支援により実施されました。
すばる望遠鏡について
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。